漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「インフルエンザ」だ。
「インフルエンザ罹ってる?」
そうコールして、オーディエンスから「罹ってる~!」とレスポンスが返って来たら大ごとである、そのライブハウスはパンデミックが起こる。
インフルエンザに罹ってる奴は外に出るな、会社も数日休めと強く言われるようになったのは意外とごく最近であり、今ですら守らない、守らせない奴は大勢いる。
ライブなら周囲の迷惑顧みず行ってしまう奴がいるのはまだわかるが、会社に「ただの風邪っすから」と噓をついてまで来る奴がいる、と言うのは完全にクレイジージャパンである。
わざわざクレイジーな外国に行かずとも、日本にはこういったクレイジーどころが山ほどあると思うので、それを取材して番組にすれば良いと思う。
その点、私は、フリー(無)ランス(職)の引きこもりなので、インフルエンザに罹っても、菌をまき散らすことだけはない。
バイオハザードが起こっても、私がゾンビになっただけで完結してしまうのでドラマにならない。
しかし、フリーランスがインフルエンザに罹ると、ある意味会社員よりも仕事が休みづらいのだ。
おそらく「インフルエンザになったので、今月は連載を休ませてください」と言えば、休めないことはないと思う。
「ダメだ」と言ったら、俺たちはすぐツイッターに書いてしまうから出版社側も面倒くさいのである。
しかし、先方が良いと言っても、自分が休載したくないのである。
楽しみにしてくれている読者のためとかではない、何故ならそれはいないからだ。
だからと言って、楽しみにしてくれている読者の幻覚のためでもない。
固定給の会社員ならインフルエンザで休んでも、おそらく給与にそこまで影響はないと思うが、フリーランスというのは、仕事を休めばその分無収入なのだ。
よって、インフルエンザが治っても、今度は餓死の危険性が出てくるため、そう簡単には休めない。
逆に言えば、収入に無影響な会社員は遠慮なく休めば良いと思う。そこまでして行く理由が本当になさすぎる。
私が、インフルエンザになったのは過去1回しかない。
幸い症状はそこまで重篤ではなく、原稿も落とさなかったが、やはりインフルエンザに罹っている時というのは、平素では考えられない行動を取ってしまうので注意が必要だ。
私がインフルエンザに罹っている時にした奇行と言えば「コクリコ坂」を見たことである。
テレビで放送しているのを、チャンネルを変えずに最初から最後まで見てしまった。
コクリコ坂と言えば「ゲド戦記」で悪名高い宮崎吾朗監督の作品だが、私はゲド戦記を見ておらず「命を大事にしない奴はぶっ殺す」「『ぶっ殺した』なら使っても良いッ!」という名言しか知らないので、そこで敬遠していたわけではない。
私は青春コンプレックスが強すぎるため、どれだけ面白くても、日本の中高生が主役で、恋愛が絡むような作品はティーンズラブ以外見られないのだ。
それを、チャンネルが変えられる状況で変えもせず、最後まで見たというのは狂っていたとしか言いようがない。
やはりインフルエンザの時は、狂っているのだから外に出るべきではなく、まして仕事などしていいわけがない、狂人に仕事をさせても良いことは1つもない。
しかし、狂っていたとはいえコクリコ坂は見て良かったと思う。
映画自体も結構面白かったし、私の青春コンプレックスの正体が「若者の恋愛」ではないということがわかったからだ。
思い返せば、私が高校生の時は、すでに乙女ゲーマーで、二次元の男を食い散らかしていたので、三次元の男とつきあいたいなどとは微塵も思っていなかった。
よって、コクリコ坂も、主人公たちの恋愛についても、我が心は不動であった。
しかし、「学生たちが一致団結して取り壊されようとしている古い建物を守ろうとする」姿には正気でいられなかった。
私は協調性がないため、学生時代「みんなで1つのことを成し遂げ泣いたり笑ったりしよう」というイベントに全くグルーブできなかったのだ。
ここで「自分そういうの興味ないんで」と不参加を決め込めるタイプだったらまだ良いのだが、私は孤立が怖いので「参加」自体はしてしまうのだ。
だが結局「ただいるだけ」だし、みんなの感動にも全く乗れず、疎外感しか感じない。
つまり完全な孤立より厳しい「集団の中の孤立」をしてしまうのだ。
よって、コクリコ坂を見たら「自分はこの建物を守る活動に一応は参加しているけど画面には全く映らない奴だな」と思えてつらくなった。
その内、お前らの青春に俺を巻き込むんじゃねえという怒りに変わってくる。
恋愛は今でも二次元の男としているので全く問題ないが、協調性は未だにない。
よって私は学生の恋愛ではなく学生が強調する姿を避けていたということである。
これがわかっただけでもコクリコ坂を見て良かった。
これからは、恐れず、もっとティーンズラブ漫画を読んでいきたいと思う。