漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今朝、徒歩圏内にコンビニが出来て狂喜乱舞するが、駅にあるような規模の小さい店舗だと知ってがっかりする、という夢を見た。
こんな人としてスケールが小さすぎる夢を見るほど私はコンビニが好きなのである。
そんなわけで今回のテーマは「スーパーマーケット」だ。
コンビニはヘビーユーザーなのに対し、スーパーマーケットは1週間に一度、ヒドい時は2週間に一度しか行かない。
何故ならスーパーは面倒くさい。
売り場が広いので、探しているものがなかなか見つからないし、何より息が上がり途中で座り込んでしまう。
かなりの確率でレジに並ばなければいけない。
自分でレジ袋に商品を詰めるため、シュークリームを圧殺してしまう。
大量に買うので持って帰るのが大変。
冬は寒い。
そして何より、コンビニに比べ甘いパンのラインナップにワクワクが足りない。
以上の理由で、スーパーにはあまり行きたくない。
行く理由は、肉魚野菜はさすがにコンビニで調達できないのと、安いからだ。
つまり、ズボラで面倒くさがり、さらに金にゆるい人間ほど、スーパーを厭い、コンビニを好む傾向にあると思う。
シビアな人間になると毎日スーパーのチラシをチェックし、最安値のものを買いに行くと言うが、とても真似できない。
つまり低収入の上に支出が多いという、倍プッシュである。
経済格差というのは、単純に収入だけではなく、こういうところでもついているのだろう。
山男には惚れるなよ、と言うが、それより結婚相手としてはコンビニの甘いパン好きの方を警戒した方が良い。
だが、行くスーパーは一番近いところではなく俺たちの「THE BIG」と決めている。
まずBIGが何かわからない人間に同情を禁じ得ない。
言わずと知れた「BIG麻」のBIGだ。
今のは撤回する、出禁にされては本当に困る。
BIGとは21世紀の焼き畑農業、田舎の生活の全てを担っていることでお馴染みのイオン系列のスーパーだ。
イオンのスーパーと言えば、マックスバリュだろうと思われるかもしれないが、これだから田舎者以外は困る。
BIGはマックスバリュよりさらに低価格帯のスーパーだ。
特に冷凍食品の安さは、白米と冷食を箱にぶち込んで「弁当」と言い張っている人間にとっては救世主(メシア)と言っても過言ではない。
また、私の主食であるパスタも1キロが200円ぐらいで買えてしまう。 これと塩さえあれば、1週間ぐらい生き延びられてしまうのではないか。
ただし私は上級国民なので、1キロ200円のパスタに2食入り160円のペペロソチーノソースを合わせるという、毎日お誕生日のような贅沢食いをしている。
むしろ私がパスタ生活をやめると我が家のエンゲル指数は上がってしまうのだ。
他にも、動物の死骸なども軒並み安い。
クックドゥー的なものを使うことに苦言を呈するような奴もいるが、仮にそれを禁じたとしても、不安になるほど安いタレ付きの動物の死骸に、冷蔵庫に死蔵されていた野菜を混ぜただけという「死×死」の「手作り料理」が出てくるだけだ。
むしろクックドゥーさんの方が遥かに美味くて安全だ
よってBIGの安さを知ると、他スーパーでは高いと感じてしまい買う気にならない。
まさにBIG麻のように魅力的かつ依存性のあるスーパーなのだ。
今のは、なしだ。
ともかく私は、食材と生活用品の買い出しはBIGと決めており、贔屓にするあまりイオンの株主にまでなってしまった。
イオン株を一定数以上保有すると「オーナーズカード」がもらえ、これを買い物時に提示すると、買い物額の数%が還元されるのだ。
今やっている還元制度をすでに無期限で通年やっているのだ。
ただし、株ゆえに、還元額より、下落による損額の方が遥かに大きい、という怪現象が起こることもある、と言うか起こった。
しかし、田舎に住む以上、イオン系列の店は死ぬまで使うと言っても過言ではない。いつかは取り返せるだろう。
むしろイオン株の損を取り返すだけの人生、とも言える。人生に目的を与えてくれたイオンには感謝だ。
このように、節約するならスーパーというのが定説だが、より得をしようとして損失を出している、というケースもある。
安いからと言って、いらないものまで買ったり、1人暮らしなのにビッグダディ家級の食材を買って9割腐らせていたりしたら、逆に「散財」と言える。
またいくら卵が安いからと言って、それを5時間かけて買いに行くのが得なのかという話である。
得というのは、決して数字だけではない、金をかけることで、時間という資産を守れたり、100円多く出すことでクオリティオブライフが上がったり、ということもある。
スーパーを利用するのも良いが、たまにはコンビニにも行って新しい甘いパンを買ったり、"伊右衛門スパークリング"のような、見えている地雷に果敢に挑戦してみたりすることも大事なのではないだろうか。