漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
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今回のテーマは「食器」だ。

食器には特にこだわりがない。結婚する時ニトソで一通り揃えて以来買い足してないし、むしろ貰うなどして増えた気さえする。

形やデザインに関しても、底が抜けていたり、傾斜がキツすぎて食い物が滑り落ちたりしなければ何でも良い。

よって、夫が結婚式の引き出物カタログで「焼き魚皿」を頼んだ時は大そうたまげた。

結婚式の引き出物カタログというのは「自ら買うほどではないが、ちょっと欲しい物を選ぶ」ことでお馴染みであり、結局食い物を選ぶことでも良く知られている。

ともかく私には「皿」を選ぶという発想がなかった。

我が家に皿が1枚もなく、テーブルにラップやバナナの葉を敷いて食っているというならわかるが、そんなことはない。

それまで焼き魚は普通の丸皿に乗せて出していた、皿の直径が2センチしかなかったというわけではなく、ちゃんと魚は収まりきっていたはずだ。

それに焼き魚の皿というのは、長方形の細長い形をしている。魚以外だと、まるごとバナナを乗せるしかない汎用性に欠ける皿であり、その皿を使う意味と言ったら、魚やまるごとバナナが「映える」ぐらいのものである。

私には「器」にこだわる心がないので「鼻毛カッター」などを差し置いて「皿」を頼んだ夫には大そう驚いた。

しかし、その魚皿だが、あまり出番がない。

皿が割と立派なため、我が家のレギュラーである塩ジャケでは、尺が余り、逆に塩ジャケが貧相に見えてしまう。

しゃらくさいカフェなら、料理に対して皿がデカいのはオシャレなのかもしれないが、家庭の食卓において「量が少なく見える」のは致命的である。

いかに少ない手数でおかずがたくさんあるように見せるかが勝負なのだ。ちょっと小さめのビキニパンツを穿いた方が男としての器のデカさを証明できるのと同じだ

今のところこの皿に負けないのは「サバ」ぐらいのものだ。サンマも良い勝負をするが、私がサンマを買うのは内臓と頭を取ってある奴だけなので、ほぼ「サバ専用機」となっており、相変わらずほとんどの魚は丸皿に乗って登場している。

幸い、夫は皿を頼んだ割には「魚は魚皿で食いてえ」という強いこだわりがあったわけではないようで、魚が何皿で出てこようと特に文句は言わない。

もしかしたら、魚皿に私の十八番「あった野菜を焼肉のタレで炒めた奴」を乗せて出しても特に問題はないのかもしれない。

夫が料理どころか食器にまで口を出す奴だったらたまらないとは思うが「器」を大切にする心も大事だとは思う。

食器というのは極論を言えばなくても良いものである、ラップや新聞紙でも良いし、なんだったら鍋から直接食っても良いのだ。

しかし、それはあんまりだという心から、人は食器を使うのだ。

それだけではない、指毛を剃ったり、服を着るのも、必ずしも必要なことではないが、人間社会で人間として「やっていく」気があるからやるのだ。

つまりそういうことが「どうでも良くなる」というのは人間としてヤバいサインなのである。

どうでも良くなると、人は指毛を剃らなくなり、そしてペットボトルをトイレ代わりにしはじめる。

若干飛躍したが、食器など、ないならないで良い物に神経を配れるというのは人間としては健康な証である。

しかし、指毛を剃る意欲や服を着て外に出る元気はあっても、食器は使いたくない、という時はある。

なぜなら食器には「洗う」という動作が付随するからだ。

その面倒くささを考えると、つい「俺は人間をやめるぞー!」と、鍋から直でうまかっちゃんを食ってしまうのである。

これは誰にも責められることではない、人間をやめるほど食器洗いは面倒くさいのだ。

だが、最近では「食器洗い機」という画期的なものがある。うちにもあるが大変便利であり「これを導入することで共働き家庭の夫婦喧嘩が6割なくなり、さらにドラム式洗濯機を導入することにより12割なくなる」と言われている。

食器洗いというのは面倒故に、どちらが洗うかチキンレースになりがちである。その攻防戦のストレスと食器洗い自体から解放されることから、ほぼ大多数の家庭が「食器洗い機を買って良かった」と言っている。

しかし残念なことに「食器洗い機を買うか否かでまずケンカする」という、愚かな人間らしい報告も上がっている。

確かに決して安価なものではないので簡単には買えないというのもわかる。しかし話し合いの過程で「うちのおふくろはそんなもの使わず仕事と家事を両立していたのに、何故それができないのか」という、修復不可能な滅びの呪文が発せられてしまうこともあるという。

いつの時代も「うちはうち、よそはよそ」、実家と言えど「よその家」なことは忘れてはいけない。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。