今回のテーマは「兄弟喧嘩」である。

正直、このテーマは時期尚早ではないだろうか、なぜなら、兄弟喧嘩はこれからが本番だ。幸い親はまだ健常だが、これから確実に介護問題、葬式、墓、家、土地と、喧嘩できる要素目白押しの乞うご期待であり、うまくいけば殺傷事件も起きる。

だが、現時点では昔はテレビのチャンネル争いでよく喧嘩していた、などという鼻から脳漿(のうしょう)が垂れて来てそれを手でかんでしまうくらい、つまらない話しかできない。

私は兄とのふたり兄妹だ。年は4つ離れている。そして兄はどちらかと言うとおとなしい性格だ。なので喧嘩といっても、ほぼ全部私がふっかけたものか、兄がとっていた菓子を勝手に食ったか、前のコラムで書いた通りドラクエのデータをコピーした時だけだし、それもお互いが小学生ぐらいの時までだ。

世の中には4種類の兄弟がいる。仲のいい兄弟、悪い兄弟、どちらでもない兄弟。あと、やきもち焼きで美少女な妹やイケメンで過保護な兄など、二次元にしか存在しない奴だ。

数えたわけではないが、多分一番多いのは「どちらでもない兄弟」ではないだろうか。そして、これは異性の兄弟になるとさらに多くなる。私と兄もそうだ。仲が悪いわけではないが、特に話すこともない。現に、思春期頃から兄とまともに会話した覚えはあまりない。

多分、そういう兄弟ほど冒頭で言ったような「何か」が起こった時、今までコミュニケーションが取れてなかった分困ることになると思うし、今まで喧嘩もろくにしたことがないのに、一気に犬神家みたいになる恐れがある。私が池に垂直に突き刺さった状態で発見される日も遠くないかもしれないが、今ではない。やはりこのテーマは5年早かった。

しかし、兄はちゃんとした人である。

私が穴という穴から脳漿が垂れているので、大体の人がちゃんとして見える。そして親が私に何か頼むということはほぼなかったが、兄はいろいろと頼まれていたような気がする。どう考えても信頼度が違う。

それに兄はブレない人だ。私が何とかデビューしようと、自慢の天パーを金髪にして眉毛は黒いままでいたのに対し、兄は中学生の頃から、えなりかずきみたいな恰好をしており、今でもえなりかずきみたいな恰好をしている。携帯電話を持ち始めたのもここ数年のことであり、とにかく時流とか人がしてるから、とかには流されない人だった。

唯一、兄もそういうところあるんだ、と思ったのは彼が中学生の頃。ドラマ「家裁の人(主演: 片岡鶴太郎)」の影響で突然家庭菜園を始めた時だけだ。周りがこぞって、邪気眼に目覚め、黒龍波を放っていたであろう年頃に、激渋である。

しかし、兄が親にとって「娘と違ってできた息子」かというと、それも違う気がする。確かに、兄は私のように、担任が突然家庭訪問にきたり、新卒で入った会社を8カ月で辞めた上にメンがヘラッたり、突然漫画家になったりはしなかった。

しかし、彼は大学卒業後、相当な期間フリーターであった。「派手さはないが、大事な所はきっちり抑えた親の心配のさせ方」だ、いぶし銀の業である。ここでも私と兄の性格の差が出ている気がする。

だが兄のすごいところは、そのアルバイト先を一度も変えず、契約社員になり、そしてついに、2015年あたり正社員になったのだ、それも、西日本では結構有名な企業のだ。よく、「求人票に『正社員登用あり』と書かれていたが、嘘っぱちだ」という嘆きを聞くが、あれは多分嘘というわけではないのだ、ただ、それに10年ぐらいかかるという話であり、そうなる前に大半の人は危機感を覚えて辞めてしまうからなれないのだろう。

このように、結局親にとっては私たち兄弟は等しく心配の種だったのかもしれないが、ベクトルが違った。男ひとり、女ひとり、さらに「静と動」の心配を味わえる、うちの親は全くもってうまい子供のつくり方をしたと思う次第である。

しかし、兄も正社員になり、これで親の心配はなくなったかというと、うちの親はわれわれがどうなろうと永遠に子どもの心配をし続けるだろう。親には私の作家業のことはほぼ話さないのだが、親は親で私の作品を追っているらしく、少し前にエッセイ集「負ける技術」を読んだ、と言われた。

一番見られてはまずいものである、なぜなら家の話とか、もっと端的に言うなら「母親に性病扱いされた話」とかが載っているからだ。しかし、母の感想はその中に書かれている「インプラント手術」をしたことに対する心配のみだった。

もう大丈夫だから心配するなよ。そう言ってやりたいのも本当の気持ちだが、全然大丈夫じゃないし、まだ心配もしてほしい、簡単にいうと困った時は金を貸してほしい、と思っているのも残念ながら事実だ。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。