漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
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今回のテーマは「出世」である。

連載始まって以来の「無関係」がやってきた、と思ったが、あながちそうではないかもしれない。

  • 出世

たしかに、会社組織での出世には全く無縁であった。この季節になると、会社員の夫から「今日内示が出た」と逐一報告されるのだが、私は「左様か」と言う他なく、未だに正解の顔がわからない。

しかし「出世」という言葉をあまり使わないだけで、漫画家含む人気商売ほど、何かとバトルバトルしている仕事も珍しい気がする。

ただ、会社の出世争いと言うのは大体、相手は社内の人間と決まっている。たまに出世争いに勝った勢いで、タクシー運転手に場外乱闘を挑んで逮捕されるエライ人などもいるが、おおかた対戦相手の目星はついているものだ。

しかし、漫画家の戦う相手というのはよくわからないのだ。

雑誌で連載しているなら、他の連載作品が対戦相手ということになるのかもしれない。しかし、他作品より人気がある漫画を描くのは重要だが「他作品をライバル視」してもしょうがないのだ。

つまり、人気のある作品が「野球チームが9人揃う展開」になったからと言って「じゃあ俺は次週27人揃える」とやっても無意味なのだ。

会社での戦いならライバルの動きは常にチェックしておかなければいけないが、漫画の場合、他作品の動向を見て自分の動きを決めるわけにはいかない、『ゴルゴ13』が『To LOVEる』を意識しても絶対良い方向にいくわけないのだ。

すなわち、漫画の戦いというのはボクシングのような直接対決ではなく、マラソンなのだ。

競技自体は相手よりむしろ己との戦いだが、順位はしっかりつく、といった感じだ。ボクシング形式でいこうと思ったら「他作家の指を折る」という物理攻撃しかない。

それより漫画家が意識すべきなのは、一緒に走っている者ではなく、沿道で旗を振っている観客、つまり「読者」である。

漫画家マラソンにおいて、あの旗を振っている人の存在ほど重要なものはない。

漫画家マラソンの場合、旗を振る人間の数が少ないと、どれだけ走者が「まだ走れるっす」と言っていても、強制棄権させられる。

逆に、旗振りの数が多いと、その風力で「100万部」とか「アニメ化」とかのゴールテープを切ることができるのである。

だから、走りながらも漫画家は沿道を意識しなければならない、どれだけ自分に旗を振ってくれる人間を増やすか、増えた後も、振る手が惰性になり、止まらないよう、新しい展開を考えていかなければならない。

しかし、旗を振る人の希望もそれぞれである、あまりそればかり意識しすぎると、コースを逸れて樹海にいたとか、目の前に4tトラックがいた、ということもあるし、最終的にどこを目指していたのか、何と戦っているのかさえわからなくなる、ツイッタラー状態になることもしばしばだ。

だが最近は、そもそもこの正統派マラソンコースで走らない作家も増えてきているような気がする。

昔なら、出版社が用意した雑誌という大会で走るしかなかったが、今では「俺はここで勝手に1人で走らせてもらう」と、出版社を通さず独自で活動している作家も増えた。

また、媒体も紙だけではなく、WEBというある意味無限のスペースができたので、大会数も増えた。

その分、選手数も増えてしまったため、漫画界は飽和状態とも言えるが、雑誌で描けなければ即廃業だった昔に比べれば、生き残る術が増えたと言えるかもしれない。

ただ生き残ってない奴は死んだ、ということである。「死んだ人の声」は当然聞こえないので、今も漫画家はメチャクチャ死んでいるのかもしれない。

私も、言うまでもなく公式大会での順位は低いため、普通にいけば餓死である。

よって声がかかればどんなに小さな仕事でもあんまり断らない。「限界集落の寒中水泳大会」のような、さらに人口が減りそうなものでも、タダかガチャが1回も回せないような金額でなければ大体受けている。

内容にもあまりこだわらない、昔は漫画だけ描いていたが、今はこのような文章の仕事もやるし「金をやるから殴らせてくれ」という仕事も、金額と相手のガタイ次第で「応相談」のレベルである。

これは作家業界だけのことではなく、収入を得る術というのは、昔に比べてかなり多様化している気がする。

出世の目的が収入を得ることだとしたら、必ずしも出世だけが収入を得る方法ではなくなってきているので、昔より「出世」にこだわる人間が減ったのかもしれない。

多様化の社会と言われるように、生きる術も多様化しているので、公式大会コースで棄権になったとしても、悲観してはいけない。

ただやはり、コースを外れて死んだ奴の声は聞こえないだけなので、「コースアウトで死んだ奴も多分いる」という点は忘れず走っていきたい。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。