今回のテーマは「名刺」だ。
私は会社員時代には永遠の木っ端事務員であり、コミュ障によくいる「新卒社員にも敬語おばさん」だったため、もちろん名刺を持たされる機会など皆無だったのだが、フリーランスとしてもいまだに名刺は持っていない。
もちろん、漫画家でも名刺を持っている人は少なくない、むしろフリーランスこそ名刺が重要だろう。
会社員の時は「その場に存在するだけの簡単なお仕事」で賃金をいただいていたが、フリーランスというのは仕事をした分しか金がもらえない上に、基本的に仕事を自分で発生させる光合成みたいなことができない、まず誰かに仕事をもらわなければいけないのだ。
よって、まずは名前を覚えてもらうことが重要だ。
クライアントが「誰でもいいから殴りてえな」と思った時、名刺を渡していれば「あいつがいた」と思い出してもらえるかもしれないし、名刺には連絡先も書かれているので、その足で殴りにいくことができる。
フリーランスにとって名刺交換は会社員以上に大切なことだろう。それにもかかわらず、私はいまだに名刺を持っていない。
何故かと言われたら、まず肩書きが「無職」だからかもしれない。謙遜ではなくマジで「名乗るほどの者ではない」からだ。
「無職」と書かれた名刺を持つのも面白いかもしれないが、おそらく面白いのは本人だけだろう、そんな名刺を渡されても「転売目的の商品を買う列に並べ」という依頼以外、頼む仕事が見当たらない。
漫画家やライターという肩書きの名刺を持ってもいいのかもしれないが、その肩書きは職業としてあやふやすぎる。
漫画家の定義があるとすれば、漫画で生計を立てている人のことだろうか、漫画というのは打ち切りとか休刊とかイレギュラーなことが頻発するため、「漫画家」という名刺を100枚作った後に漫画連載数ゼロになって使えなくなる可能性もある。
もちろん漫画家には、連載はなくともこれから連載を始めるために漫画を描いている期間というのもあるのだが、東大にいくために浪人している状態で「東大生です」と名乗ったら怒られるように「漫画家と名乗っていいのかわからない時」というのがあるのだ。
また、ライターという肩書きは「何をやっているのか説明するのが難しい」という欠点がある。
漫画家なら「○○という雑誌で××という漫画を描いています」と言えば「知らね」という顔はされるものの、一応の説明はつく。
その点ライターは「インターネットで文章を書いてます」などと言っても、まず「それでお金がもらえるの? 」というところから始まってしまう。
漫画家やライターだけではなく、フリーランスの肩書きというのは会社員に比べると、イマイチ「説得力に欠ける」のである、
そして説明した結果「それって無職だよね? 」という顔をされるので、だったら最初から無職と名乗ったほうが話が早かった、ということである。
よって私は「無職」という肩書きを、ギャグとして、まして自虐として使っているわけではない、むしろ誇らしい気持ちで名乗っている。
他のどの職業よりも説得力があり、全世界共通で使えるからだ、英語で無職を何というかは知らないが、「ノージョブ」と言えばわかっていただけるだろう。
それに、人との会話をどれだけ減らすかに命をかけている者としては、無職という肩書きはすごく使える。
「今日はお仕事お休みですか? 」と聞かれ「無職です」と答えると、目に見えて相手の口数が減るのだ。「社長」なんかよりよほど相手をビビらせることができる。
このようにプライベートでは「無双」と言っていいほど万能な「無職」だが、ビジネスの場ではあまり使わないほうが良い気がする。
まず名刺に「無職」と書いてある時点で「あ、こういうのを面白いと思っちゃうセンスなんだ」とわかってしまうため、とてもクリエイティブな仕事が来るとは思えない。
そして私が名刺を作っていないのには、そもそも交換する機会がほとんどない、という理由がある。
名刺交換どころかまず人間のいるところに行かないからだ。
どうしても打ち合わせがある時は、しょうがなく出かけて名刺をもらうこともあるが、自ら「交流の場」に赴くことは絶対にない。
大体、この時期になると出版社が忘年会としてパーティを開いたりする。
出版社のパーティというのはホテルなどで催され、豪華で有名なところもあるのだが、その豪華なパーティのどこに自分が存在すればいいのか皆目見当もつかないので、無職になり、時間が自由になった今でも「全欠席」を貫いている。
所在のない場所で食うローストビーフより、自分の部屋で食うペペロソチーノ、それを忘れると、人はトラウマを作るのだ。