今回のテーマは「運転」だ。
私は「運転or餓死」でおなじみの田舎住みであり、元気があっても車がなければ何にもできないため、周りはどの家にも大体一家に一台ではなく、免許持ってる奴の数だけ車がある。

「車がないと何にもできない」の中にはもちろん「仕事」も含まれている、地方の人間のほとんどは車通勤であり、「仕事で電車を使う」というのは免停を食らっている奴か車掌ぐらいしかいない。

よって私も会社員だったころは、毎日車を運転していたのだが、無職になってからはあまりしなくなった。

どのぐらいしなくなったかというと、会社員時代は1カ月に3回ぐらいガソリンを入れていたのが、無職になってからは3カ月に1回ぐらいしか入れなくなった、完全に数字が逆転している。

まず、1カ月のうち半分は家から一歩も出ないうえに、車で5分以上かかるところには冠婚葬祭以外で行かないようにしているせいなのだが、そもそも車なんて運転しないにこしたことはないのだ。

冒頭、田舎で車がない家なんてない、的なことを言ってしまったが、実はうちの実家は車がない家だった。

今はあるのだが、初めて家に車が来たのは私が20歳の時で、その理由は「車がないと就職が決まった会社に通勤できないから」である。

それまで我が家は、徒歩とチャリと1時間に1本がデフォルトの公共交通機関とで全てをやりすごしており、その3つで行けないところは「地球上に存在しない」と思うしかなかった。

何故、我が家が長らくそういう家だったのか、ちゃんと聞いたわけではないが、おそらく親父殿の方針だったのだと思う。

私の両親は慎重な人である、何故その2人から漫画家などという迂闊な職業につく娘が生まれたのか謎だが、特に親父殿は何事においてもまず最悪の事態を想定するし、危うきには近づかない。

つまり我が家は、親父殿の「車に乗ると事故る、よって乗らない」という信念のもと車がなかったのではないだろうか。

実際、母親は常にチャリで行ける範囲で働いていたのだが、親父殿も子どもにまで「就職はチャリ範囲」を課すほど横暴ではなかったため、私の就職を機に我が家には車が来た。

そこから方針はグズグズになって、母も兄も車を運転するようになり、今や実家には母用と兄用の2台の車がある。これは、最初に言った通り、免許を持っている人間の数だけ車がある状態である。

つまり親父殿だけ、未だに一貫して車を運転しないし、そもそも免許すら持ってないのだ、ちなみに家族が運転する車にすら乗らない、さすが信念の人だ。

その親父殿に対し、そんなこと言っていたら、どこにも行けないし、何もできねえ、と思うこともあるが、ある意味では正しい、とも思っている。

車に乗る以上、事故る可能性があるというなら、公共交通機関だって同じことだ、しかし運転するとなると「加害者になる可能性もある」ということになる。

犯罪と聞くと、9割の人間が被害者になるほうを想像するだろうし(残りの1割は私の担当などだ)、一生犯罪を起こす気もない人がほとんどだろうが、車というのはその気がなくても一瞬の不注意でカジュアルに犯罪者になれてしまうツールなのである。

しかし「今日、人を轢くかもしれない」とイチイチ考えていたら働きにも行けず結局は餓死だ、よって田舎の人間は毎日「今日は人を轢かない」側に賭けて出勤しているのだ、アカギもビビるギャンブル狂しか存在しない。

その点、車を運転しなければ、車に轢かれることはあっても轢くことはないのだ、よって道路交通法上「絶対加害者にならない」という「生涯一歩行者」を貫いている親父殿は、ある意味正しいと思っている。

だが私は今、親父殿をも超えようとしている、歩行すらしない「引きこもり」だ。

引きこもりというと、社会の害悪のようだが、これ以上、無害なものはない、何せ人と接しないので加害することがないうえ、そこら辺をうろついて車に轢かれ、この世に無駄な加害者を作り出すこともない。

つまり私は引きこもり続けることで、この世から犯罪を減らしているのである。

また、私のように何をやっているのか全く不明な中年が頻繁に外を歩いていたら、徘徊か泥棒の下見と思われて近所に不安を与えてしまう、よって部屋から出ないことで町内の治安も守っているのだ。もはや引きこもりというのは現代のヒーローと言っても良い。

引きこもりというのは、自分にとっても安全だが、他人にとっても安全なのだ、少なくとも毎日、朝の眠い時間に車という名の凶器で町中を走る田舎の会社員よりは安全だ。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。