下町風情あふれる東京・谷中で観光客や七五三を迎える子どもたち、結婚式の花嫁などを乗せて車を走らせる人力車・音羽屋。こちらに週2回ほど「出勤」している看板ネコがいると聞き、さっそく訪ねてみた。ネコの名前はミーちゃん。JR日暮里駅にほど近い路上に常駐する人力車の中を覗き込むと、ミーちゃんが気持ちよさそうに昼寝をしていた。
お客さんが来ると、ミーちゃんは一緒に人力車に乗って町を巡る。しゃべらないガイドさん? 小さな旅の同伴者? 感じ方はそれぞれだが、ミーちゃんが音羽屋の立派な一員であることは間違いない。
「ミーは基本的に火曜と金曜に連れてきます。最近はミーの指名で予約してくださる方もいらっしゃるんですよ」と近藤ルミさん。全国でも珍しい女性の俥屋さんだ。
ミーちゃんと近藤さんの出会いは数年前。ある日、近藤さんが人力車の常駐場所のすぐ近くの路上で子ネコが捨てられているのを見つけた。
「生まれてすぐに捨てられたらしく、見つけた時は片手に乗るほどの大きさでした。首に傷があったので、すぐに動物病院に連れて行ったんです。傷が治ったら誰かに引き取ってもらおうと思っていたら、先生に世話がんばってね、と哺乳瓶を手渡されてしまって……」
子ネコを家に連れ帰った近藤さんは3時間おきに起きてミルクをやるなど必死で世話をした。あまりにもか弱かったため、周囲は「この子はもう、生きられないのではないか」と心配したが、みるみる元気に成長した。
最初は里親を探そうと思っていた近藤さんだが、いつのまにか離れがたくなり、そのまま飼い猫となったのだという。ミーが大きくなってからは、週に何度か、仕事場に連れてくるようになり、今は週2回、お客さんの膝にちょこんと乗って、一緒に町を巡っている。
ところで、人力車というと浅草や京都の観光地を思い浮かべるが、谷中のような下町では、いったいどのような利用システムになっているのだろうか。
「お客様の行きたい場所を回ることもできますし、だいたいの要望を聞いてこちらでコースを決めることもあります。近い場所であれば乗り捨てもOKなので、上野駅で降りる方もいらっしゃいますよ」と音羽屋代表の圓岡一司さん。気になる料金は10分あたり1,000円と思いのほかリーズナブルだ。
谷中には史跡が多く、見どころは尽きないが、2,30分ほどの乗車でも十分に楽しめる。最近は、篤姫ブームによって、谷中霊園の徳川慶喜の墓、13代家定と天璋院の霊廟(非公開)がある寛永寺などが人気が高いとか。そのほか、ネコ好きの人には、谷中のネコグッズショップなどを回るコースが好評だという。
「人力車に乗っている途中に『ちょっとお店で買い物がしたい』、『神社にお参りしたい』というときは車を降りて大丈夫ですよ。そのくらいは料金の時間に入れずに待ってますから」と、サービスも太っ腹だ。
ではここで、百聞は一見にしかず、と人力車に少しだけ乗せてもらうことに。「ちょっと怖い……」と思ったのも最初だけ。人力車は予想以上に安定して乗り心地がよく、視界がぱっと開ける。
「人力車に乗ると、だいたい身長2mくらいの人の視界と同じになるんですよ」と近藤さん。スイスイと谷中の町並みを駆け抜けるのはなかなか爽快だ。膝の上のミーちゃんは、大人しく抱っこされたまま。自宅に飼い猫がいる人でも、「ミーちゃんのように長時間ずっと抱っこさせてくれるネコは珍しい」と言って喜ぶこともあるという。
ミーちゃんは町を散歩する人たちにも人気で、「ネコが人力車に乗ってる! 」と注目の的になることも。乗る前は、「人力車に乗るのは、ちょっと目立って恥ずかしいかも」と思ったが、一度乗ってしまえば、あまりの乗り心地のよさにそんなことはまったく気にならず、ミーちゃんを通じて見知らぬ町の人と会話するのもまた楽しい。
圓岡さんによると「うちは地域の人と足並みをそろえて営業していることが特徴。町のみなさんととてもよい関係なんですよ」とのこと。町の子どもが話しかけたり、店の人が挨拶したりと、人力車がすっかり町になじんでいる。
ミーちゃんにとっては、人力車が「自分の居場所」で、近くまで連れていくと、自分から人力車に飛び乗るそうだ。
年始は七福神めぐりで賑わう谷中界隈。ミーちゃんと一緒に人力車に乗って、一味違った谷中巡りを楽しんでみてはいかがだろうか。
音羽屋
料金 : 10分あたり1000円。コースなど詳細は応相談。
予約可能だが、予約をしなくても、空いていればその場で乗せてもらえる。谷中から近い場所であれば、送迎も可能。