リクルートがデジタル給与払いに対応しました。国内ではPayPayに次ぐ2社目となり、リクルートのサービスを利用する事業者に対してサービスを提供していく考えです。リクルートのデジタル給与サービスの特徴について、同社に話を聞きました。
「COIN+」にデジタルマネーで給与支払
リクルートは、「Airビジネスツールズ」として、様々な業務アプリを提供しています。POSレジの「Airレジ」、決済サービスの「Airペイ」、オーダーシステムの「Airレジオーダー」、シフト管理の「Airシフト」などといったサービスのなかに、「Airワーク 給与支払」があります。
さらに、リクルートと三菱UFJ銀行が出資するリクルートMUFGビジネスは、決済ブランド「COIN+」を提供しています。このシステムを使ったアプリとしては同社の「エアウォレット」に加えて、無印良品のアプリに組み込まれた「MUJI passport Pay」もあります。
今回のシステムは、この「Airワーク 給与支払」と「COIN+」の連携によって実現しています。給与自体は「COIN+」での支払いとなり、「COIN+」のフロントエンドである「エアウォレット」でQRコード決済をするといったことができます。残高は共有されるため、「MUJI passport Pay」での支払いに使うことも可能です。
「Airワーク 給与支払」の側では、従来の支払口座に加えて、「COIN+」に給与を支払うという設定が出てくるようになります。
「Airワーク 給与支払」自体は、事業者が導入して給与支払の即払いを実現するWebサービスですが、支払い口座として「COIN+」が追加されるだけで、簡単に事業者はデジタル給与払いに対応できるというわけです。
もちろん、デジタル給与払いは事前の労使交渉が必要で、事業者や労働者が勝手に設定することはできません。ただ、こうした事前の課題をクリアしたあとは、すぐにデジタル給与払いに対応できるというのが特徴です。
もともとこの「Airワーク 給与支払」は、銀行口座においても即払いを可能にするというもので、2023年4月からサービスを提供していました。銀行口座に加えて、新たに「COIN+」でも給与の即払いが可能になるわけです。「支払手段が『COIN+』になることで、より速く、より安い手数料で給与の支払や受け取りができる状態を目指す」と渡辺氏は話します。
PayPayが2024年8月にデジタル給与払いに対応してから4カ月。第2号となったリクルートですが、対応するためには厚生労働省による審査をクリアしなければなりません。審査自体は、厚労省からの質問に答える形で進められていったそうです。提出した書類に対して質問を受け、差し戻された資料を修正するなど、かなり綿密な審査だったようです。
PayPayとの差がどの辺りにあったのかは不明とはいえ、渡辺氏は、デジタル給与払いが月1回の給与支払を想定していたところ、リクルート側が月1回に限らない、即払いの仕組みで書類を提出したため、審査に時間がかかった可能性はある――と予想しています。
デジタル給与払いの利用意向を調査した同社のデータによれば、年代によって開きはあるものの、給与をデジタルマネーで受け取りたいという人は1~3割程度ということで、渡辺氏も多くの人が選択するというよりは、選択肢が増えるといった位置づけだと言います。ただ、スポットワークの拡大で都度払いのような多彩な給与受け取りのニーズは高まっているとみています。
「Airワーク 給与支払」は、飲食や小売業界でアルバイトの給与支払の管理で使われている例が多いそうです。すでに銀行振り込みでも即払いに対応しているため、デジタル給与払いに対応したこと自体は、事業者側にとって大きな負担増とはならないようです。
もともと「Airワーク 給与支払」の仕組みは、「既存の勤怠システムとデータ連携し、現時点でいくらの給与となっているか」を労働者が確認できるようになっています。その情報を元に労働者は「今日、1万円の給与を受け取りたい」といった申請ができます。これらの処理は全てリクルート側が代行して支払いを行い、その結果を事業者側に送信しています。
つまり、即払い自体はリクルートが行っており、事業者側は最終的に1カ月分の手数料と代行分をリクルートに支払う、という流れです。労働者が即払いをしていない給与があれば例えば月末に残りをまとめて支払う、といった形になります。
「即払い」といっても、「日払い」とは異なるのがこの「Airワーク 給与支払」です。渡辺氏も、システム的に日払いは可能なものの、あまりそういった使い方は想定していないとしています。どちらかというと、月に数回、任意のタイミングで給与支払いを求める、というニーズを想定しているようです。さらに、社会保険料など、毎月の源泉徴収を確保する必要性もあるため、即払いができるのは月間給与の70%までとなっているそうです。
利用料金として即払い利用者1人当たり330円(月額)、即払い1回ごとに110円の手数料が発生し、それがリクルートの収益となります。これには銀行振り込みの手数料なども含まれています。「COIN+」の場合も、同様に1回ごとに即払い手数料として110円が発生しますが、実質即払い手数料が無料となるキャンペーンも実施されるため、手数料が安価になります。ちなみにこの手数料自体は、事業者負担か労働者負担かを選択できます。
渡辺氏は、実は事業者側のメリットはあまり多くはないと話します。110円の手数料が無料キャンペーンで安くなりますが、特に大きなメリットに繋がるわけではないとしています。
労働者側にとっては選択肢が増えるという点がメリットです。「COIN+」は対応する銀行口座への出金が無料で行えるため、「エアウォレット」を使うことで登録した銀行口座に自由に出金できます。
2つの銀行口座を登録していると、「COIN+」を経由する口座間の送金も無料で行えるため、労働者が口座を使い分けられ、投資用口座と生活費口座を分けている場合など、入金先を自在に変更できます。これまでだと、1つの銀行口座に振り込まれていた給与は、送金すると手数料がかかるのでわざわざ給料日に下ろして預け替えるといった人もいました。
最近は、「ことら送金」で無料の銀行間送金もできますが、「COIN+」へ入金されれば、手動ではあるものの、アプリを使って対応口座に自由に送金できます。こうした点では、労働者側にメリットがありそうです。
もちろん労働者は、従来の銀行口座への給与振り込みを選んでも問題ありません。というより、「Airワーク 給与支払」の仕組みでは、労働者側が給与受け取りの申請や振り込み先をその都度選択する形なので、銀行口座も「COIN+」も使い分けられます。事業者側はまとめてリクルートに支払いを行うので、どちらにしても手間は発生しません。
渡辺氏によれば、即払いを事業者が採用することで求人に対する応募が増えるという調査結果があるそうです。人手不足もあってスポットワークを利用する人も増えていますが、スポットワーク事業者を経由せずに、以前のアルバイトや現在のアルバイトの友人といった、ツテを頼ったスポットワークを利用する飲食店はそれなりにあるそうです。
そうした場合に、「Airワーク 給与支払」に登録することで、臨時のスポットワーク的にアルバイトに入ってもらっても即時の給与支払ができるという点は、求人に対する訴求ポイントになるかもしれません。
渡辺氏も、一斉にデジタル給与払いが進行するという予測は立てておらず、一部のニーズに応えるための取り組みだとしています。
政府の規制改革推進会議は、2024年12月25日に公表した中間答申において、デジタル給与払いの見直しの検討について言及しています。その中で、銀行口座を持たない外国人などの労働者でもデジタル給与払いを利用できるようにする方向性が示されています。これは、デジタル給与払いが当初から想定していた方向性で、一定のニーズがありそうです。
この答申の中では、デジタル給与払いを提供する事業者の要件も緩和する方向性が示されており、現在の審査通過の2社+申請中の事業者2社という4社だけでなく、さらに決済サービスも増えるかもしれません。
もちろん、給与を保全するという安全性の確保の必要性はいうまでもありませんが、今後もデジタル給与払いの動向は注目です。