欧州では、キクレジットカードでの寄付に対応する教会が増えています。教会内にクレジットカードの決済端末が置いてあり、寄付金額を選んでクレジットカードをタッチする、というパターンを見かけます。
日本では、神社仏閣での寄付において、キャッシュレス化はあまり進んでいません。宗教法人への寄付と言えば、日本では「お賽銭」という形が最も身近で一般的でしょうが、そもそも法制度上の問題もあってキャッシュレス化が難しい側面もあります。
そうした中、PayPayが一部の寺社でお賽銭での利用に対応しました。PayPayが対応を開始したことで、今後お賽銭のキャッシュレス化が進んでいくかもしれません。
PayPayのお賽銭はビジネスアカウントで
PayPayは、2024年8月にビジネスアカウントをスタートしました。これは従来の加盟店とは異なり、「物やサービスの購入」を伴わない資金移動を行うための法人向けアカウントです。
これと同様のパターンが個人間送金で、購入を伴わない「決済ではない」資金移動で、C2Cで個人同士が送金を行う場合は従来のPayPayアカウントで利用することができました。同じことを法人で可能にするのがビジネスアカウントで、B2C/C2B/B2Bといった個人・法人間の資金移動が可能になります。
こう言ったケースでは加盟店とは異なる審査が必要になる、と話すのはPayPay 事業推進統括本部 マーチャント戦略本部 サービス企画部 部長の柤野太希氏。とくに寄付行為は対価があるわけではないので、いっそうのリスク対策が必要になります。ビジネスアカウント自体は寄付行為だけを目的にしているわけではないので、寄付団体や宗教法人以外にも門戸が開かれていますが、そのぶん問題のある事業者が入り込まないような審査体制が必要になるわけです。
PayPayでビジネスアカウント提供の準備が整ったことで、まずはユースケースの一つとして寄付での利用をスタートさせました。年末年始にあわせて、さらにお賽銭への対応を進めたと言います。
寄付とお賽銭の扱いは微妙に異なっており、寄付はオンラインのみでお賽銭はオフラインのみという設計になっています。これは現状のニーズに合わせた結果で、とくにお賽銭について、寺社から「足を運んでほしい」という声が強いことのが理由のようです。
ちなみに、宗教法人でも資金移動の内容によってビジネスアカウントか決済の加盟店かが分かれるそうです。基本的に宗教行為は非収益事業なのでビジネスアカウント、物販のような収益事業は加盟店の登録になるとのこと。そのため、仮にPayPayをお賽銭以外に(非収益事業の)祈祷料などで利用したい場合は、ビジネスアカウントを利用することになるそうです。
このように、ビジネスアカウントと加盟店アカウントは、そもそもアカウント自体が異なります。加盟店アカウントの場合は入金タイミングを選択できる場合もありますが、ビジネスアカウントでは現状月1回の入金になり、1回の資金移動ごとに手数料が発生して、その手数料分が引かれて入金されることになります。
逆に言えば、月額利用料金などは発生しないため、お賽銭のように頻繁に利用がないという場合でも固定費は発生しません。
柤野氏は、ビジネスアカウントについて「もう1つPayPayを作るようなもの」と表現。従来とは異なる審査・管理体制、新たなアカウントの設計などが必要で、収益化なども検討した結果の投入になりました。
まずは第1弾として、お賽銭を含む寄付への対応となりましたが、今後も「購入を伴わない、決済ではない」資金移動におけるニーズを検討して、サービスを強化していく考えだとしています。
稲毛神社がPayPayのお賽銭を導入した理由
こうしてスタートしたPayPayのお賽銭。2024年12月末の時点では、神奈川県の稲毛神社、京都府の熊野若王子神社/大本山本能寺、東京都の浄土宗大本山増上寺/天恩山五百羅漢寺、大阪府の総本山四天王寺/加美菅原神社、愛知県の東別院という8社寺での導入が発表されています。
今回、そのうちの1つである神奈川県の稲毛神社で、宮司の市川和裕氏に導入の経緯を聞きました。
市川宮司は、「お参りされる方が多ければ多いほど神様の力が増して、その増した神様の力によって我々はさらに良い人生が送れる」という考え方があるとのことで、参拝客の増加は重要だと話します。
そうした参拝の環境整備のためにもお賽銭の存在は重要で、キャッシュレス化はお賽銭の選択肢を増やすために採用したとのことです。もちろん、「業界の中でも否定的な意見はあります」と市川宮司。
ただ、「昔は現金がなくて、お米とか大根とかの農作物や海産物が御奉納されていました。絵馬も、馬を神社に奉納していた名残」(市川宮司)だそうで、それが時代の変遷で現金にかわったのだから、現金が電子的なマネーに変わったとしても、「物から現金にかわったときの方がインパクトがあったはず」という考え方だそうです。
参拝客からは「違和感がある」という声もあるそうですが、あくまで選択肢を増やすということから導入を行ったということです。
ただ導入の理由は選択肢を増やすというだけではなく、他にも2つの理由があるそうです。1つは現金取り扱いコストの増加。もともとお賽銭には、集めて整理し、それを金融機関に運んで入金するという手間がかかります。加えて、最近は現金の入金に手数料が発生する金融機関も増えました。市川宮司もこの点でコストが増えていることを課題として挙げます。
もう1つが、これも現金コストの問題ですが、「お賽銭泥棒」への対応だと言います。何とも罰当たりな話ですが、実際にお賽銭を狙う泥棒は発生していて、お賽銭箱を撤去したり、破壊されないような頑丈なカバーをしたり、さらに数時間ごとの回収をするといった工夫が必要になっているそうです。
定期的な回収も人手の問題で難しいことから、キャッシュレス化で少しでも現金の扱いが減ることを期待しているようです。
ただ、お賽銭というのはもともと財布の中の小銭を投入するパターンが多く、電子マネーを実際に利用する人はそれほど多くはないのでは、というのが市川宮司の見立てです。
お賽銭泥棒を含む現金コストの問題は、他の寺社でも問題のようです。柤野氏もそうした声は聞いているそうで、PayPayの手数料は妥当という声もあったとのこと。ただし、地場の金融機関では、寺社からの現金入金の手数料を無料化しているところもあるそうです。そういう対応を受けている場合、お賽銭には税金もかからないため、投じられたお賽銭がまるまる寺社の収入になっていました。そこに新たに手数料が発生することを課題に感じている場合もあるようです。
電子的なお賽銭の先行例
電子的なお賽銭という意味では、先行しているものにみずほ銀行の「J-Coin Pay」アプリがあります。このアプリでは寄付に関しての規約もありますが、そもそも銀行によるアプリなので、PayPayのような資金移動業者とは条件が異なります。そのため、早くからお賽銭に対応できていました。
「J-Coin Pay」でも寄付に使えるのは銀行口座からチャージした残高で、J-Coin LiteアカウントのマネーであるJ-Coin Liteコインは寄付には使えません。このあたりは、マネーロンダリング対策もあって、現金化ができないようになっているわけです。
また、2010年代には楽天Edyと楽天ペイが、一時的にお賽銭に対応していました。これは東京の愛宕神社で、お正月だけの限定でした。楽天創業の地の神社ということで限定的に実施されたそうですが、現在はこの対応は行われていません。
現在、金融審議会の「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」では、前払式支払手段における寄付の利用が可能になるよう検討が行われています。寄付先の限定や1回あたり1~2万円に限るといった制限を設けることなどを想定しているようです。
こうしたキャッシュレス化の取り組みは進んでいます。稲毛神社では、これまでキャッシュレス決済事業者からの提案がなかったことから導入をしていなかったそうで、他の事業者からの提案があれば導入していくということです。
稲毛神社ではインバウンドの参拝客は多くないそうですが、昨今は外国人観光客が多い施設もあるでしょう。その場合はクレジットカード対応の方がニーズには適しているかもしれませんが、いずれにしても、「お賽銭のキャッシュレス化」については、寺社側にも利用者側にも一定のニーズはあると言えそうです。
PayPayの導入でキャッシュレス化の認知やニーズが高まれば、来年以降、こうした取り組みが加速するかもしれません。