三井住友カード/Visaなどが注力する公共交通機関向け決済サービス「stera transit」。順調に拡大を続けており、2024年度には180社が対応する予定となっています。まだまだ拡大は継続する見込みですが、さらに次の一手として、MaaS方面に力を入れていくというのが、stera transitの戦略です。
2025年度には全国でクレカのタッチ決済による交通乗車が可能に
三井住友カードが開催した「stera transitシンポジウム 2024」は、交通事業者を対象としたイベントです。昨年よりもさらに多数の参加者が集まったようで、業界における関心の高さが伺えます。
登壇した三井住友カードの大西幸彦社長によれば、2023年度に120社まで拡大したstera transit採用事業者は、2024年度末には180社に達する見込みで、さらに2025年度には230社が導入を予定しています。
この時点で、stera transitを導入した事業者は42都道府県にまたがることになり、ほぼ全国をカバーすることになります。2024年度末には、大手私鉄16社/地下鉄8社の52%の駅でタッチ決済に対応し、2025年度末には70%まで拡大する、としています。
特に関西圏では、大阪・関西万博の開催に合わせて、Osaka Metro/近鉄/阪急/阪神の各社が対応。相互直通にも対応して、780駅で利用可能になるといいます。それに対して、少し遅れた首都圏では430駅で利用可能になる見込みで、大手私鉄/地下鉄での実験が進められています。
課題の1つは、やはりJR各社の動向でしょう。大西社長は、「交通事業者の中でも色んな決済が共存していくことだと思うので、JRが検討する時期が来ればいいなと考えている」と言葉を濁しており、早期のstera transit導入はなさそうです。
stera transitはMaaSプラットフォームに
stera transitがスタートした当初の2020年頃は、インバウンドに対処するためということで採用を進めた事業者が多かったため、空港線などでの採用が進みました。しかし、最近はそれに加えて地域交通の課題の解決策としての導入も増えてきていると大西社長。
そのための1つの展開が「MaaSプラットフォーム(仮)」の提供です。これを「stera transitを通じた全国にまたがるサービスの基盤作りとして構築する」と大西社長は言います。MaaS(Mobility as a Service)で複数の交通機関の組み合わせや移動と関連した消費行動を連携させていくことで、移動の利便性向上や地域や社会課題の解決に繋げていくための手段だと大西社長は説明します。
stera transitという全国共通のクラウド基盤に加え、移動から買い物/飲食/アクティビティなどの決済でも使われるクレジットカードという組み合わせは、「MaaSともっとも相性のいい交通決済手段ではないか」と大西社長は指摘します。
それに向けて、三井住友カードはMaaSサービス向けのアプリを開発し、交通事業者やほかのMaaS事業者が自社サービスに組み込むなどして、stera transitに接続していく形を目指す考えです。
従来のMaaSサービスでは、1日や数日単位の乗り放題チケットを提供。また電車・バスなどの乗車券と、観光施設やイベントのチケットなどを組み合わせる企画乗車券も一般的です。
通常、そうしたチケットはスマートフォンに表示したQRコードを見せたり、リーダーにかざしたりすることで使用します。そのため、鉄道事業者は自動改札機にQRコードリーダーを増設していますし、バス事業者もカメラ付きのクレジットカードリーダーを設置した運賃箱に対するニーズが高まっています。
これに対して、stera transitのMaaSプラットフォームを組み合わせると、そうした企画乗車券などの情報をクレジットカードに紐付けられます。
stera transitは交通機関乗車の際、リーダーにタッチしたクレジットカードの情報をクラウドで認証しています。その際に紐付けられたMaaSサービスのデータを活用することができるわけです。
これによって、例えば電車に乗って降車した駅からバスに乗り、万博会場に入場する、という旅程がセットになった企画乗車券があったとして、クレジットカードに紐付ければすべて1枚のクレジットカードをタッチしていくだけで利用できることになります。
まずはフェーズ1として、企画券などのサービスを2025年3月から提供する予定。その後は順次機能拡張を進めていくといいます。
国主導でピカピカのMaaS 2.0
公共交通機関における課題として、収益悪化や人手不足が深刻化している……と話すのは国土交通省総合政策局モビリティサービス推進課課長で物流・自動車局旅客課の土田宏道氏です。
国交省の調査では、特に人口5万人未満の都市で、地域の公共交通機関が減少する不安の声が多いそうです。土田氏は「移動を巡る課題は、特に地方部を中心に深刻さを増している」と言います。
土田氏は、国としてもデジタル化を進めることで利用者の利便性、生産性向上を通じて公共交通機関を維持することが大事だとしています。その解決策のひとつとして、MaaSによって公共交通機関の面的な利便性向上が図れる点を挙げます。
もともと公共交通機関をはじめとした「移動」というのは「派生事業と言われている」と土田氏は指摘。これは、(通常は)移動自体が目的ではなく、目的地に行くために移動するためで、その意味では複数の移動手段、目的地のサービスとも連携することで付加価値が高められる、と土田氏は話します。
その手段がMaaSであり、国交省では19年からMaaSに関する52のプロジェクトに対して支援を実施。今後はさらにそれを進化させていきたい考えだと言います。出発地から目的地までデジタルで繋ぐというだけでなく、目的地における観光/買い物/医療/介護など生活に根付いたサービスと結びつけることで付加価値が高まることを目指します。
こうしたMaaSによって様々なデータが得られることから、これを活用することも重要なポイントです。土田氏はこうした移動データを自治体が活用することによって、どこに人が集まっているか、混雑しているエリアに対して道路を整備する、公園を作るといったインフラ整備を含めた街作りに貢献すると見ています。
「5年間、国としてMaaSに取り組んできたが、正直ちょっと手詰まり感がある」と土田氏は言います。国の支援はあくまで地域や事業者の提案を補助する形で、地域やビジネス的な制約があったそうです。
結果として、国交省が期待するMaaSの形で展開できているプロジェクトは少ないと土田氏は述べています。そのため、「MaaS 2.0」という仮称で来年度予算を要求。従来よりも優れた、「ピカピカ」(土田氏)のMaaSプロジェクトを国主導の直轄事業で作り上げたい考えを示します。
事業者や地域からのデータ提供も受けて、MaaSアプリとして提供。これによって今までにないサービスが提供できる、と土田氏は強調。このサービスを活用することでさらに高度で網羅的なデータが得られて、地域交通の課題解決に繋がることを目指します。
複雑な都心の路線から離島の水牛車までタッチ決済で
すでにクレジットカードのタッチ決済を導入した交通事業者として、東急電鉄やみちのりホールディングス/福岡市/琉球銀行も登壇しました。例えば東急ではキャッシュバックキャンペーンを実施したことで乗車件数は約200%、ユニークユーザー数は約300%伸長し、特に渋谷や横浜といったターミナル駅中心に、外国人旅行客以外にも利用されているそうです。
同時にスタートしたQ SKIPサービスでは、乗り放題パスや入場券やグルメきっぷなどが付帯した企画券を販売。販売枚数は右肩上がりとのことで、従来の時期企画乗車券に対して30%以上がQ SKIPに移行しているそうです。
みちのりホールディングス傘下の茨城交通では、2024年7月のキャッシュレス決済利用が、クレジットカードで3.0%、QRコード決済で3.6%になり、順調に伸びているとのこと。特に現金と独自ICカードからの移行が進んでいるそうです。
湘南モノレールは国交省の支援を受けたMaaS実証プロジェクトを実施。神奈川県の藤沢・鎌倉地区のオーバーツーリズム対策として、観光客やインバウンドの行動変容に向けたデータ活用を図る意向です。他にも、新潟県の佐渡汽船は、佐渡金山の世界遺産登録を受けて観光客増が見込まれることから、島内全体のキャッシュレス決済のインフラ整備など、佐渡金山ならではのユニークな取り組みを検討していきたい考えです。
早くからタッチ決済に対応してきた福岡市地下鉄では、実証実験が終了して今年4月から本格導入を開始。障害者割引や子供料金、1日上限キャップ制にも対応。今後は1カ月最大12,570円の上限キャップ制を提供します。
タッチ決済の利用は、2023年4月には3,000件弱だったところ、今年7月には1日1.5万件にも達しています。福岡市地下鉄の乗車件数は1日48万件なので、全体の3.1%に達しているそうです。
面白いところでは、タッチ決済利用の多い韓国/アメリカ/タイからの観光客の動向を調査すると、タイの観光客のみ、川下りで有名な福岡県柳川市の利用が多かったそうです。これは、福岡県がタイ向けにPR動画をYouTubeに掲載した結果とみており、こうしたデータ活用が今後の観光政策などにも有効そうです。
地方銀行としてカード関連ビジネスに力を入れる琉球銀行は、「交通系の事業に参入したかったが難しかった」(琉球銀行・川上康会長)そうです。それまで独自ICのOKICAはありましたが、三井住友カードと提携し、stera transitが交通系にベストな選択肢として取り組みを開始しました。
まずは観光系路線バスで実証実験を開始。コロナ禍だったこともあり、非接触決済による感染対策の一環でもあったそうですが、現金利用削減による運転手の負荷軽減や観光客の利便性向上も企図してました。当初は、毎回オーソリゼーションまでを行う決済方式だったので、決済しようとすると5~10秒ほどの時間がかかっていたそうですが、乗車時と降車時の2タッチ方式で処理時間を短縮して本格導入。
2023年以降は順次、西表島や名護市、八重山エリアなどでサービスを開始。石垣市や竹富町では路線バスや船舶にも一斉導入をしました。船舶では、機材を潮風などから守るために可搬式にしてビニールのカバーを付けるなどの対処をして展開したそうです。
今年度はさらに宮古島、沖縄のモノレール(ゆいレール)への導入に加え、由布島の水牛車にも導入する計画だそうです。2025年度には沖縄本島の主要路線すべて、宮古島の路線バスすべてに導入を計画しています。
クレカのタッチ決済だけでないstera transitの広がり
今後は、マイナンバーカードと連携することで年齢割引や居住地に応じた割引を導入するといった、カードの属性情報を活用したサービスも展開していきたい考えです。これは三井住友カードの大西社長も提案しており、マイナンバーカードを使うことできめ細かなサービスを提供できるようになります。
こうしたサービスは、すでに群馬県前橋市が「MaeMaaS」としてSuicaとマイナンバーカードを連携させて年齢や居住地に応じたサービスを提供しています。stera transitがクラウド側でマイナンバーカードの属性情報とクレジットカードを紐付ければ、同様のサービスが実現できます。
メニューに応じて10代/20代といった年代のみ、都道府県のみといった具合に制御すれば、詳細な個人情報を取得せずに必要なデータだけを得ることもできるでしょう。
これは、共通のクラウド基盤を提供するstera transitの強みにもなります。首都圏の鉄道利用者がクレジットカードとマイナンバーカードを連携させて普段使っているとして、地方に旅行にいった際に乗ったバス路線でも同様の割引サービスを自動で受けられる……といった可能性があります。
これはMaaSサービスでも同様です。乗車券や乗船券、入場券などが含まれるMaaSチケットを購入して、決済に使ったクレジットカードに紐付け。マイナンバーカードを紐付けていれば属性に割引が受けられる、というサービスが提供できます。
三井住友カードはこうしたサービスをメニュー化して、事業者が任意に選んでサービス設計できるように提供していく考えです。
こうしたサービスは、既存のMaaS事業者とも共存できる仕組みでもあります。stera transitのMaaSプラットフォームは、あくまでクレジットカードを使う形なので、従来のようにQRコードを使うMaaSチケットと併用できるわけです。大西社長は、「我々がMaaS事業者になろうというわけではない」と話しており、あくまで既存事業者が自社サービスに組み込むなどして利用するプラットフォームを提供する形だとしています。
従来のMaaS事業者の場合、QRコードを読み込むだけでなく、スマホ画面に表示されたチケットを目検でチェックするというものも多く、特別な機材が不要な反面、偽造チェックを含めて現場にも一定の負担がかかります。
逆にstera transitの場合は、対応したクレジットカードのリーダーが必要になるため、どこでも導入できるわけではありません。そうしたことから、例えば交通機関の乗車にはクレジットカード、観光地の入場券にはQRコード……といった使い分けができれば利便性は高そうです。
既存のMaaS事業者のサービスなどに組み込めるstera transitのMaaSプラットフォームの場合、こうした使い分けもできる可能性があります。加えて、三井住友カードが提供するデータ分析サービス「Custella transit」を組み合わせて、交通だけでなく決済を含めた幅広いデータ活用が可能になります。
今後、公共交通機関だけでなく、MaaSという面で広がるサービスに対して、stera transitが広く関わってくることになりそうです。