2024年にスタートした新NISA。2014年のNISAスタートから10年の節目で大幅に進化したこの制度は、証券業界における一大イベントとして注目を集めていました。本連載でも新NISAの開始直前に、PayPay証券の番所健児社長に制度への期待とPayPay証券の戦略を聞きました。今回は、新NISA開始から半年が経った現在の状況を、改めて同氏に聞きました。

  • PayPay証券の番所健児社長

    PayPay証券の番所健児社長

PayPay証券における新NISAの影響

新NISAは、つみたて投資枠と成長投資枠の2種類の投資枠に対して、年間360万円(それぞれ120万円と240万円)を非課税で投資できるという制度。非課税保有期間は無制限で、限度額は1,800万円。「証券業界では過去最大のニュース」と番所社長が言うとおり、業界注目の制度です。

  • 日本証券業協会によるNISA口座の状況(2024年3月末時点)

    日本証券業協会によるNISA口座の状況(2024年3月末時点)。全体の口座数は順調に拡大しています

新NISAの制度開始直前の時点で、PayPay証券では申込件数が10万口座を突破しており、想定以上の成果だったとしていました。制度が開始されてフタを開けてみると、開設件数は30万口座を突破。「他社と比べても急速に拡大している」とは番所社長の弁です。

証券業界では楽天証券とSBI証券が二強で、PayPay証券は新NISAの口座開設が好調で第3極としての立場を確立できたというのが番所社長の評価です。実際に、月次の口座開設数ではSBI証券と楽天証券に次ぐ数字になっていると言います。口座数も117万口座まで拡大し、前回の取材時の80万口座から順調に増加しています。

従来、「資産運用が難しいという全世代に共通するペインポイント」(番所社長)のために貯蓄から投資への動きが進んでこなかった状況が、新NISA制度によって大きな動きが生まれ、PayPay証券でも「95%以上の人が初めての口座開設」(番所社長)だと言います。

とはいえ、集計時期が異なるので直接比較できる数ではありませんが、SBI証券では総合口座が1,300万口座、NISA口座が累計500万口座。楽天証券もそれぞれ1,000万口座/500万口座をそれぞれ超える数を稼いでいるため、独走する2社に対しての差は大きくなっています。

それでも番所社長は、「ユーザーベースが大きい」と改めて強調します。それは決済サービス最大手のPayPayという「一丁目一番地を押さえている」という点が強みになっているということです。PayPayのユーザー数は6,400万人おり、ポイント運用の利用者は1,700万人を超えています。こうしたユーザーがアプリ内から簡単に証券口座を開設して資産運用を開始できるというのがPayPay証券の強みです。

番所社長は、PayPay証券は他社と異なり、ユーザー獲得においてマーケティングコストをかけずに済むPayPayユーザーからの獲得がメインとなっており、それもポイント運用があるからだと話します。実際、口座開設の9割以上がポイント運用利用者だったそうです。ポイントを使ってまずは投資に触れてみて、それからNISAに移行するという動きが多いようで、番所社長は「意味のある動きで、まだまだユーザー獲得は拡大していける」と自信を見せます。

ちなみに、ポイント運用を利用するユーザーは「相当数の割合が証券口座を持っていない」そうで、番所社長は「利用者のかなりの割合が見込み顧客と考えている」とのことです。

現在の倍の60万口座の達成は「時間の問題」

こうした状況で、ユーザー数の伸びは変わらず伸び続けると番所社長は予測しており、現在の倍となる60万口座の達成は「時間の問題」で、もっと高い目標を掲げていると言います。

現在の30万口座のPayPay証券のNISA口座ですが、単につみたて投資枠を購入して放置している人だけでなく、成長投資枠に向けて日本株や米国株といった個別株を積極的に購入している活発なユーザーも多数いるそうです。

番所社長は、PayPay証券では100円から買付ができ、金額指定で個別株を購入できる点が支持されていると分析。著名企業の株を低価格で購入できることも利用の拡大につながり、毎日数百円を積み立てる人、お試しで買付をする人、本格的に資産形成をする人と、様々なユーザーがいるようです。

当初からPayPay証券は現役世代(20~50代)の利用が多く、その傾向は現在も変わらず全体の95%程度の比率を維持。30~40代で一定の資産を持っている人もPayPay証券を利用するようになっているのが「ポジティブサプライズ」だったと言います。そうした資産を持っている人でも投資になじみなく、証券口座を持っていなかった人も多いようです。

実際、日本の証券口座数は4,546万口座ありながら残高が1円以上の口座は2,771万口座(日本証券業協会の調査による)であるため、多くの人は証券口座を持っていない、または活用していないという状況は明らか。この状況に対して新NISA制度の開始は大きなインパクトに繋がっていると番所氏は言います。

  • インターネット取引口座数の推移

    日本証券業協会によるインターネット取引口座数の推移(2024年3月末時点まで)

毎月30万円の投資までは税制の優遇を受けられるわけで、番所社長が「新NISA制度を使わない理由がない」「ほとんどの働いている人が優遇の対象になる」という制度。この盛り上がりが、PayPay証券の拡大にも繋がっています。

PayPayの金融アプリ化も進む

このようにPayPay証券はPayPay利用者の取り込みによって拡大を図っていますが、こうしたPayPay証券の拡大はPayPayの利用拡大にも繋がっているのでしょうか。

番所社長は「PayPayはこれまで決済アプリだったが、金融アプリへと発展していくことを狙っている。そうした中で、資産運用をしているのはロイヤリティの高いユーザー」だと指摘します。

特につみたて投資は長期間にわたって使い続けることになるため、PayPayユーザーの囲い込みに繋がります。こうしたエコシステムの拡大に加え、PayPayを決済のたびに起動することで、そのまま投資を行うパターンや、投資の運用状況を確認するためにPayPayアプリを起動してそのまま決済サービスを使うようになるという、PayPayアプリの利用を促進する効果もあるようです。

手数料ゼロ円への追随は「検討していない」が、投資信託は手数料なしで購入可

なお、大手証券が手数料ゼロ円をアピールすることも多い中、PayPay証券では取引において手数料が発生します。この点について番所社長は、「(手数料ゼロ円が)そもそも持続可能なのか」との疑問を示します。既存のユーザー基盤があり、すでに一定のリスク商品で収益を上げているような場合に、新NISA口座獲得のために手数料をゼロ円にすることはありえるとしつつ、番所社長は「NISA口座単体では持続可能ではないのではないか」と話します。

PayPay証券では、ストック型の資産運用業として、持続可能なモデルから手数料を設定しているとのこと。ただ、まずは資産形成を始めようとする人は投資信託を買い付けることが多いそうですが、PayPay証券では投資信託は購入時手数料をゼロ円としています。

つまり、初めて資産運用をするような利用者にとっては、他社と同様に手数料ゼロ円で取引ができると番所社長は言います。個別株の取引では手数料が発生しますが、それは金額指定で買える手軽さなどのPayPay証券のサービスに対する手数料として設定しているとのこと。あくまでも「他社に追随して手数料を無料にすることは検討していない」(番所社長)という姿勢のようです。

モバイルファーストでの事業展開で他のネット証券と差別化

PayPay証券は、モバイルを前提としたモバイルファーストで事業を進めています。番所社長はUIやUXに注力している点を強調していますが、新NISA開始以降、ユーザー数が急拡大しており、「見立ては間違ってなかった」と語っています。

ちなみにPayPay証券では社員も自社サービスのヘビーユーザーで、社内のSlackチャンネルにアプリのフィードバックが日々寄せられているとのこと。要望や意見を開発者が吸い上げてアプリの改善を重ねているほか、ユーザーへのアンケートによる改善も行っているそうです。

番所社長が「毎週少しずつ変えている」と話すほど、多くの改善を続けており、そうした点も支持を受けているのだと言います。自ら多くの情報を集めてPCで投資をするユーザーはネット証券を利用するのに対し、PayPay証券はモバイルを利用して必要な情報を分かりやすく表示して欲しいと望むユーザーから支持を得ているというのが番所社長の分析です。

こうしたPayPay証券のビジネスモデルは、いわば「薄利多売」と言ってもいいかもしれません。番所社長も、大規模な取引を行うトレーダーによって収益化を図るモデルではなく、長期の資産運用で広く薄く収益を上げるという「新しいビジネスモデル」だと話します。「1人あたりの収益性、コストは他社とは違う。1人あたりの利益は順調に伸びており、収益化には向かっている」と番所社長は言います。

PayPayとの連携によるマーケティングコストの少なさだけでなく、内製による開発コストの削減などのコストの低さもPayPay証券の強みで、PayPayのユーザー基盤を活用した利用者の拡大が継続すれば黒字化に繋がるというのが番所社長の判断です。

政府が目指すNISA口座数3,400万という目標について、番所社長は「達成は確実」と見ており、それだけの口座数の伸びにおいて、PayPay証券でナンバーワンを目指すとして、「数百万口座は達成するという心意気でやっています」と意気込んでいました。