この6月は、香港、英ロンドン、ポーランド・ワルシャワ、オランダ・アムステルダムを訪問する機会がありました。この4つの地域のうち、公共交通機関でいわゆるオープンループを採用しているのがロンドンとアムステルダム(香港はバスの一部)。これらの都市での取材を踏まえて、オープンループについて考えてみます。

  • 英国中央銀行のイングランド銀行と王立取引所

    英国中央銀行のイングランド銀行(左)と王立取引所(右)。あまり今回の内容とは関係ありません

便利なタッチ決済、海外でも電車に簡単に乗れる

日本でも、公共交通機関におけるクレジットカードのタッチ決済対応が広がっています。とはいえ、関東圏ではまだ採用例が少ないのが現状です。こうしたクレジットカードのタッチ決済による交通機関の乗車システムをオープンループといいます。先駆けとなったのは英ロンドン。2012年のロンドン五輪で海外からの観光客需要を見込んで導入が検討されました(当初はバスのみ)。

  • ダブルデッカー

    ロンドンの街中を走る、おなじみダブルデッカー

  • タッチ決済で乗車

    クレジットカードのタッチ決済に対応。もちろんスマホでの決済(Googleウォレット)にも対応。カードは海外利用に便利なSony Bank WALLET

ロンドンのオープンループは2014年9月には地下鉄にも拡大。当初は2012年末までに対応という発表だったので、延期になっていたのでしょうか。いずれにしても、現在はロンドン中をタッチ決済で移動できるようになっています。対応するのはバス/地下鉄/トラム/ケーブルカー/ロンドン内のほとんどの国鉄とされています。

  • ロンドンの地下鉄の自動改札機

    ロンドンの地下鉄の自動改札機。いくつか種類があり、これは恐らく比較的新しいタイプ

  • タッチ決済の表示

    リーダー部には大きくタッチ決済の表示

ロンドンでは、日本のSuicaのようなチャージタイプのOysterカードもありますが、クレジットカードやデビットカードのタッチ決済で乗車できるため、日本からの旅行者はこちらを使った方が楽でしょう。

  • 古いタイプの改札

    これは古いタイプの改札でしょう。タッチ決済対応なのは変わらないので、スマートウォッチでも支払えます(写真はPixel Watch)

基本的には都度払いで、入場時に改札にタッチし、退場時に改札にタッチすれば料金が確定します。上限価格が設定されているので、「1日パス」などを買う必要はありません(上限価格は1日パスや7日パスの料金を超えないように設定されているようです)。

ロンドン地下鉄の改札での処理スピード。動画の数字はタイムコード(29.97fps)で1秒13フレームなので、処理時間は1.43秒ということになるでしょうか

  • ロンドンの地下鉄

    ロンドンの地下鉄。上限価格があるので、安心して何度も地下鉄やバスに乗って移動できます。今回の乗車での1日の最大料金は14.90ポンドでした

地下鉄とバスの組み合わせでも上限価格があるので、安心して乗車して色々な場所に移動できます。たくさん乗る分、何度も改札を通過するので、タッチするだけで乗降できるのは快適です。ただ、相変わらず改札の反応が遅いのは気になりました。

  • トイレ入り口

    ちなみに欧州はトイレに入るのもタッチ決済。スマートウォッチなら現金を取り出す手間もスマホも取り出す手間もなく、緊急事態でも素早く駆け込めます。日本だと無料なのでその必要もないのですが

オランダでは、チャージ式のOVチップカードと呼ばれるカードがあります。顔写真付きの個人カードや匿名カードも発行できるようで、街中で見ていると顔写真付きのカードを使っている人をよく見かけました。

  • オランダ・アムステルダムの運河と自転車

    オランダ・アムステルダムといえば運河と自転車

  • オランダの鉄道駅の入場記録端末

    アムステルダムの空港は鉄道駅直結。自動改札機はないのですが、入場記録用の端末が設置されています。無賃乗車にならないよう忘れずにタッチしておきます

  • アムステルダムでの入出場

    アムステルダムでも、基本的には入出場でタッチをして運賃を確定します

  • アムステルダム市内から少し離れた国鉄駅のタッチ端末

    アムステルダム市内から少し離れた国鉄駅に行くと、もともと信用乗車だったようで、空港駅のようなタッチ端末だけがありました

  • 端末にタッチ

    忘れないようにタッチしておきます

  • 車内検札

    国鉄(NS)で乗車した鉄道は2等客車なので予約や席指定は不要でしたが、途中で検札がありました。タッチで入場していたので、検札係の持つ端末に入場に使ったカード(この場合はスマートウォッチ)をかざします

  • アムステルダム市内のトラム

    アムステルダムの街中を走るトラム

トラムでは厚紙のようなカードを使っている人も見かけました。どうやらチップが入っているようで、1時間もしくは1日(24時間)の利用ができるようです。

  • トラムでタッチ決済

    トラムもクレジットカードのタッチ決済に対応

  • チケット販売

    アムステルダムのトラム内には車掌のブースがあり、1日券などのチケットも販売しています。購入はクレジットカードのみ

オープンループの対応に関しては、2022年にはアムステルダムのすべてのバス/トラム/地下鉄で使えるようになった模様。鉄道の改札機はロンドンよりも新しいタイプで、バーコードタイプのチケットにも対応しています。

オランダの国鉄(NS)がクレジットカードのタッチ決済に対応したのは今年の1月で、これでおおむねアムステルダム全体がオープンループ対応となったようです。2023年中には年齢による割引料金などにも対応する予定だとしています。

実際に試してみると、改札機の反応はロンドンよりも高速で、トラムの反応はやけに良い印象でした。

アムステルダムの改札機はQRコードにも対応しています。16フレームなので0.53秒でしょうか。ロンドンに比べて高速ですが、立ち止まる必要はありそうです

お次は香港。オープンループで不便のなかったロンドン/アムステルダムに対して、香港はオープンループ対応が予定されているものの地下鉄に乗るためにはチャージ式のOctopusカードが基本。スマホアプリに対応したことで、使い方が楽になってはいます。iPhoneのApple Payに登録してチャージ。あとはiPhoneをかざせば地下鉄やバスに乗車できます。

  • 香港の自動改札機

    香港の自動改札機。これは空港駅で奥の2台はQRコードに対応しています

  • iPhoneにOctopusを入れて乗車

    iPhoneにOctopusを入れて乗車

問題はワルシャワです。ここでは久しぶりに紙のチケットを購入。チケット購入にはクレジットカードが使えて、タッチ決済でも購入できました。そのため1日券を購入して対処。鉄道やバス、トラムも共通チケットなので、乗り換えでいちいち購入する必要はなく、そのままチケットが利用できるのは便利でした。

  • ワルシャワの夜景

    ワルシャワの夜景

  • ワルシャワの券売機

    ワルシャワの券売機。クレジットカードのタッチ決済には対応しています

  • ワルシャワの改札。隣の人はスマホで購入したチケットをかざしているようなのですが、一発で通れない人が続出。理由はよく分かりませんでした

  • 紙のチケットを挿入

    筆者は紙のチケットを挿入。券売機を通ったチケットを受け取って改札を通過します

ワルシャワはゾーン制を採用しているので、1日券でも同じゾーン内の場合とゾーンをまたぐ場合で値段が変わります。ただ、どこからどこまでがどのゾーンか、というハードルの高い調査が必要。恐らく海外から日本に来る観光客も同様に悩んでいるのだろうと想像できます。

  • ワルシャワ市内のトラム

    ワルシャワ市内を走るトラム

  • 車内の券売機

    車内に券売機もあり、こちらもタッチ決済対応

  • 市中のタッチ決済端末

    オープンループは遅れていても、街中ではだいたいタッチ決済が使えます

  • 教会の寄付もタッチ決済対応

    教会の寄付もタッチ決済対応

翻って日本の対応は?

オープンループは普段日本で使っているクレジットカードやデビットカードがそのまま交通系ICカードのように使える点がメリットです。今どきは多くのカードがタッチ決済対応ですし、日本から持っていったクレジットカードでそのまま鉄道、トラム、バスに乗車できます。

利便性という点ではSuicaなどの交通系電子マネー以上です。Suicaは物理カードを購入する必要もあって、その手間もありますし、言語バリアのある旅行者は券売機で購入するのも一苦労です(ワルシャワの券売機のように)。

Suicaカードを買えたとしても、今度は残高が足りるようにチャージをする必要があり、足りるかどうかも分かりづらく、チャージしすぎたら今度は旅行後に余ってしまいます。

筆者の手元にも残高が微妙に残ったOctopusカードや台湾EasyCardが複数あります。余っても次回の旅行で使おうと思うのですが、いざとなると持っていくのを忘れて結局買い直したりするわけです。

Octopusは今回の香港でiPhoneに取り込んだので、残高をiPhoneに移行できました。日本発行のクレジットカードでチャージもできたので、今後は使いやすくなりそうです。

ただ、これはAndroidユーザーには使えない手法ですし、Suicaで同じ手法が使えるかというと、海外版iPhoneにSuicaを発行できても、海外発行のクレジットカードでチャージができない可能性があります。

公式サイトにも「海外で発行されたクレジットカード、及びデビットカード・プリペイドカード等は、原則として登録・利用できません」と記載されています。どの部分に問題があるのかは明らかになっていませんが、モバイルPASMOでも海外発行のカードに非対応としており、根深い問題である可能性があります。

その代わりにJR東日本では、訪日観光客向けに「Welcome Suica」を発行。物理カードですが、デポジット不要。ただし払い戻し不可で、チャージはやはり日本円の現金のみです。

半導体不足の影響で6月2日から無記名のSuica/PASMOの発行を一時停止している中、海外向けには物理カードのWelcome Suicaぐらいしか手段がないというのも問題です。せめて「券売機で海外発行のクレジットカードで切符が購入できる」「モバイルSuicaで海外発行のクレジットカードに対応する」といった取り組みを進める必要があるでしょう。

もしそれができない、もしくはしたくないというのだったら、改札におけるクレジットカードのタッチ決済に対応してほしいところ。2025年の大阪・関西万博を1つの区切りとするならば急ぐ必要もあります。

すでに関西・九州ではタッチ決済対応が進んでいます。JR東日本が今後どういった対応を進めるのか。Suicaの海外発行クレジットカード対応と改札のタッチ決済対応にどれだけ本気で取り組むのかが注目です。