電車に乗る際の決済システムとしては、Suica/PASMO/ICOCAなどの交通系ICカードが全国を網羅しています。最近はこれに加えて、クレジットカードのタッチ決済を使った三井住友カードやQuadracらのstera transitが勢いを増しています。
この連載の第3回でも公共交通機関のタッチ決済について取り上げてましたが、このたびついに首都圏でもstera transitの導入事業者が登場したので、改めてこのサービスを紹介します。
首都圏でもタッチ決済で電車に乗れる
stera transitの基本的な説明はここでは控えますが、当初の三井住友カード+VisaのコンビにJCBが加わり、対応するカードブランドが拡大。今ではVisaとJCBだけでなく、JCBが提携するアメリカン・エキスプレスやダイナースといったブランドも使えるようになっています。
当初は茨城交通の高速バスから採用がスタートしたstera transitですが、鉄道としては京都丹後鉄道の採用が最初でした。その後は、関西の南海電鉄、九州の福岡市地下鉄などと関西・九州方面でエリアを拡大。首都圏ではまだバス路線が中心で、横浜市営バスや京急・東急バスなどが対応しています。
公共交通機関におけるクレジットカードのタッチ決済対応は、もともと海外からのインバウンド需要を想定していました。空港からの路線や観光路線での導入が多かったのもそれが理由でしたが、コロナ禍でインバウンド需要が激減。それでも先を見越して導入事例が増えてきており、インバウンド需要の回復の兆しが見えてきた今後は利用の拡大が期待できます。
首都圏では、2023年夏から東急電鉄がクレジットカードのタッチ決済に対応を開始する計画で、田園都市線からまずは対応する予定です。そして首都圏で最初に対応した鉄道路線となったのが神奈川県藤沢市の江ノ島電鉄。当初から同線15駅全ての駅、すべての改札口での対応となっています。対応するクレジットカードブランドはVisa/JCB/アメリカン・エキスプレス/ダイナース/ディスカバーで、銀聯/マスターカードは順次追加となっています。
江ノ電がカバーするエリアは、コロナ禍以前は「沿線住民の居住地でありつつ、年間数千万人という観光客が訪れる、全国的にも極めて珍しい路線」(江ノ電)だといいます。結果として、特定の曜日/時間帯に乗降客が殺到して電車が遅延したり、慢性的な渋滞で軌道が塞がれての遅延・運休が発生したりしていたそうです。
江ノ電もさまざまな対策をしてきましたが、ハード面での対策には限界があるとして、コロナが終息して観光客が戻りつつあるタイミングでソフト面での対策が必要と判断。観光客の分散化、沿線住民の公共交通機関利用促進を図るなど、課題解決のためにタッチ決済導入を決めたとしています。
江ノ電でのタッチ決済の特徴としては、無人駅の対応が挙げられます。実は最初の京都丹後鉄道でも無人駅があり、同線では車内にリーダーを設置して対応していました。江ノ電では、これまでも交通系ICを無人駅にも設置していて、新たにタッチ決済用のポール型のリーダーを設置して無人駅でも利用できるようにしました。
取材をした江ノ電の江ノ島駅は有人駅ですが、改札の一部が無人で、これまでは自動改札機を設置していました。そこに新たにポール型のタッチ決済用リーダーが設置されています。このポール型改札機は南海電鉄でも使われており、自動改札機と連動させてフラップが開閉していましたが、江ノ電では自動改札機と連動させずに、自動改札機側の人感センサーをオフにするという構成になっています。
つまり、交通系IC用の自動改札機は常に開放状態で、交通系ICで乗車する人はタッチして通過、タッチ決済で状差はする人は自動改札機を通過してからポールのリーダーにクレジットカードをタッチする、という形になります。
このため、入出場が信用乗車のような体裁となっています。これまでも無人駅間であれば同様だったので、交通系ICの改札機と連動させるよりもトータルでのコストを考慮したということでしょう。
それ以上に、クレジットカードに対応する点を江ノ電では重視しました。江ノ電では、コロナ禍以前には多くの観光客が詰めかけ、特に外国人旅行者が有人窓口に長蛇の列となっていたそうです。さらに同エリアは特定の時間帯に自家用車の旅行者も詰めかけることで、慢性的な渋滞が発生。それに巻き込まれる形で2019年度には400本の運休も発生したそうです。
クレジットカードのタッチ決済に対応することで、窓口の行列がなくなって人員を別の業務に振り分けられるようになり、混雑解消に繫がることを江ノ電では期待しています。キャンペーンを実施するなどして混雑時間帯を分散して平準化することや、地域のクレジットカード加盟店と連携することによる地域経済の活性化も狙います。加えて、自動車利用から江ノ電に誘導することによる渋滞緩和も目的としています。
地域加盟店との連携は、イギリスで実際の効果が出ているとのVisaの報告もあり、日本での事例として今後の注目点です。江ノ島周辺は、さすがに観光地ということでクレジットカード対応の店も多いようでしたので、「江ノ電にクレジットカードのタッチ決済で乗車したら飲食のカード決済で割引(その逆も)」といったキャンペーンをすることで、江ノ電への誘導も図れそうです。パーク&ライドの割引などによる誘導も可能でしょう。
今回はタッチ決済への対応だけですが、中国を始めQRコード決済が主力の国もあります。現在もデジタルチケットでQRコードには対応しているという江ノ電ですが、コード決済での乗車対応については、今後の課題として検討していくとのことです。
クレジットカードのタッチ決済では、チャージが必要な交通系ICの弱点をカバーすることで、国内観光客の取り込みも狙います。江ノ電では交通系ICの利用が約9割ということですが、観光客は通常、江ノ電の定期券を持たないため、電車賃が都度払いになり、交通系ICへのチャージが必要になります。
そのため、残高不足で改札機に滞留したり券売機で切符を買うために長蛇の列になったりといったことが発生していたそうです。クレジットカードのタッチ決済だとチャージ不要なため、国内観光客での利用にもメリットがあるとしています。
ちなみに今回もマスターカードは非対応のままですが、「だいぶ(対応まで)近づいてきた雰囲気はある」と三井住友カードは話します。とはいえ、まだ「年内に対応したい」という状況は変わっていないようです。
クレジットカードのタッチ決済というと、交通系ICとの比較でスピードに差があることを心配する声もありますが、実際の利用ではほとんど差はありません。クレジットカードのタッチ決済の場合はスマートフォンを使った方がわずかに速くなる傾向にあり、その場合はさらに差が縮まります。観光客の多い江ノ電でも、一般的な使い方で気にする必要はないでしょう。