日産自動車はコンパクトSUV「ジューク」の後継モデルとして「キックス」を日本に導入した。欧州で発売となった新型「ジューク」はスタイリッシュなSUVクーペで、デザインだけで考えれば、こちらを日本でも売って欲しかったという人もいるかもしれない。なぜ日産は、ジュークではなくキックスを日本に持ってくることにしたのだろうか。
見た目だけなら「ジューク」を選ぶかもしれないが…
6月24日に発表となったキックスは、日本の道でも扱いやすいボディサイズや電動パワートレイン「e-POWER」の全車搭載などが好評を博し、発売から1カ月あまりで月間目標の5倍となる約1万台の受注を獲得した。キックスと入れ替わる形で、日本ではジュークの販売が終了となった。
ジュークというクルマそのものが消滅したわけではなく、欧州では昨年、新型が発売となっている。しかし日産は、日本向けのブランニューモデルとしてキックスを選んだ。この決断については賛否両論があった。ただ、そういった意見の多くは、写真で両者を見比べた印象をもとにしたものだと思っている。筆者も、スタイリングだけならジュークを選ぶ。
キックスとジュークはコンパクトSUVである点こそ共通しているものの、それ以外の部分、例えばコンセプトやパッケージング、メカニズムなどは異なっている。こうしたことにも目を向けなければいけないと思う。
発表の場も違った。ジュークの初代は2010年にパリでお披露目され、現行型は2019年にロンドン、パリ、ミラノ、バルセロナ、ケルンの欧州5都市で同時に発表した。キックスは2016年にリオデジャネイロでデビューし、このほど日本に導入となったマイナーチェンジ版は今年、バンコクで公開された。
どちらも海外で発表しているが、ジュークは欧州、キックスはブラジルやタイといった新興国であるところが違う。メインのマーケットが異なるのだ。
その後、キックスは北米や中国などに販路を広げる。生産地を見ると、ジュークは英国に限られるのに対し、キックスはブラジル、メキシコ、中国、タイと分散しており、カバーするマーケットがはるかに大きいことがわかる。
今の日産デザインを反映しているのは?
次に実車を見ていくと、まずはパッケージングの違いに気がつく。この違いこそ、日産が日本市場で売るコンパクトSUVをジュークからキックスにスイッチした理由だと考えている。
初代ジュークのデザイナーはクルマのコンセプトについて「SUV+コンパクトスポーツカー」と説明し、たくましい下半身とクーペのような上半身の融合を目指したと語っていた。最近、複数のプレミアムブランドが登場させているSUVクーペのパイオニアとなったクルマの1台だ。
当時は今ほどSUVがポピュラーではなく、このクラスの日産SUVはジュークだけだった。トヨタ自動車「C-HR」もホンダ「ヴェゼル」も、まだこの世に存在しなかったのだ。メジャーなジャンルではなかったから、日産は大胆な形を提案できたのかもしれない。そしてジュークの成功は、ヴェゼルやC-HRなどにとっては誕生のきっかけにもなったはずだ。
しかしその後、SUVはあらゆるクラスで急速に普及し、多くのユーザーが乗るようになった。支持された理由のひとつに、背の高いボディならではの使いやすさがあった。多くのユーザーは、SUVに実用性を期待するようになったのだ。
キックスは、こうした需要の変化に合わせて開発されたSUVだと思っている。ジュークに比べるとキャビンをスクエアに近づけたスタイリングは、実用性重視という感じがするからだ。
ボディサイズはキックスが全長4,290mm、全幅1,760mm、全高1,610mm、ジュークが4,210mm×1,800mm×1,595mm。ジュークに比べ、キックスは長さと高さに余裕がある。この違いも、日産がキャビンの広さや使いやすさを重視したことを物語っている。しかも、幅はジュークほど広くないので、日本の道路事情に合ってもいる。
日産も、余裕があればジュークとキックスの2車種を同時に販売したいところかもしれないが、1車種に絞るのであれば、多くのマーケットでそうしているように、万能性の高いキックスを選ぼうと決めたのではないだろうか。
実車を見ると、キックスのフロントグリルは2019年8月にマイナーチェンジしたミニバンの「セレナ ハイウェイスター」に似ているし、サイドビューやリアビューはひとまわり大きなSUVである「エクストレイル」を思わせる。
たしかに、デザインはジュークのほうが個性的だ。しかし、今の日産ファミリーの一員であることが分かりやすいのはキックスのほうである。それでいて、前後フェンダーの張り出し、前傾姿勢を強調するサイドのキャラクターライン、斜めの線を多用したリアビューなどにより、躍動感を出していることも伝わってくる。
「キックス」導入の決め手は広さと使いやすさ?
インテリアデザインもキックスからはジュークほどの個性を感じないが、ソフトパッドやステッチを配したインパネ、ピアノブラック仕上げのセンターコンソールやルーバーまわりなどにより、新興国向けに生まれたという出自はあまり気にならない。
ただし、2種類あるインテリアカラーのうちオレンジタンのほうは彩度が強めで、多くの日本人は、もう少し落ち着いた色調を望むのではないかという気もした。
前席の着座位置は高めで、角張ったキャビンや低めのインパネを含めて、いかにも取り回しがしやすそうだ。有機的なフォルムを持つジュークでは、ここまでの扱いやすさは求められないだろう。
しかも、後席は身長170cmの人なら足が組める。着座位置は前席よりさらに高めで見晴らしがいい。それでも、ヘッドクリアランスには余裕がある。ドアも四角くて乗り降りしやすい。
新型ジュークにはまだ触れたことがないので断定はできないが、写真で判断する限り、使い勝手はキックスが上になりそうだ。ジュークを1リッターだけ上回る423リッターの容積を持つ荷室は、スクエアで開口部も広い。
日本にキックスを導入した理由としてはパワートレインも挙げられる。ジュークは1リッター直列3気筒ガソリンターボと7速デュアルクラッチトランスミッションの組み合わせであるのに対し、キックスは1.2リッター3気筒ガソリンエンジンで発電した電気で走る「e-POWER」となる。
ジュークのパワートレインはSUVクーペ的なキャラクターに合っているし、欧州のように平均速度が高めの道を小気味よく走るのに向いている。しかし、それよりも平均速度が低い日本のような地域で、力強さと経済性を両立できるのはe-POWERのほうだろう。
どちらも現状は前輪駆動しか用意がないが、e-POWERは「ノート」がそうであるように、後輪駆動用モーターを加えれば前後輪を結ぶプロペラシャフトを追加しなくても4WDが作れる。4WD需要が高い日本ではこの点もメリットだ。
もっとも、パワートレインについてはジュークへの搭載も可能なはず。キックス日本導入の決め手はそれよりも、今の日産SUVの本流を行くパッケージングやデザインだったと考えている。