マツダの「アクセラ」改め「MAZDA3」は、メカニズム以上にデザインに注目が集まっている。この類い稀なる形はどのようにして生まれてきたのか。チーフデザイナーとの対話をもとにつづっていきたい。

  • マツダ「MAZDA3」のファストバック

    マツダの新型車「MAZDA3」。画像は「ファストバック」(ハッチバック)、ボディカラーは「ソウルレッドクリスタルメタリック」

ルーツは2台のコンセプトカーにあり

5月24日に発売となった「MAZDA3」。以前から予想されていたことではあるが、2017年の東京モーターショーに展示された「魁コンセプト」ほぼそのままの姿で出てきた。ボディサイドにキャラクターラインがほとんどない姿は、量産車とは思えないほどだ。

  • マツダ「魁コンセプト」

    2017年のコンセプトカー「魁(カイ) CONCEPT」(魁コンセプト)

このデザインはどのように生まれたのか。チーフデザイナーの土田康剛氏に聞くと、マツダが以前から掲げている「魂動デザイン」の深化の形として、以前の記事でも取り上げた2台のコンセプトカーと関係があるという答えが返ってきた。具体的には、2015年の東京モーターショーでお披露目された「RXビジョン」と、2年後に発表された「ビジョン・クーペ」の2台とつながりがある。

  • マツダ「RXビジョン」
  • マツダ「クーペ・ビジョン」
  • 2015年の「RX-VISION」(RXビジョン、左)と2017年の「VISION COUPE」(ビジョン・クーペ)

RXビジョンとビジョン・クーペは、日本の伝統的な美意識である「引き算の美学」を具現化したコンセプトカーだった。線をなくすことで生まれる余白の豊かさを大切にし、キャラクターラインで個性を表現するのではなく、面に当たる光の移ろいで動きを表現することにマツダはチャレンジしていた。

その中から「艶」と「凛」という2つの個性を導き出し、RXビジョンでは艶やかさ、ビジョン・クーペでは凛とした部分を強調していた。土田氏は、この2台のコンセプトカーで提案した次世代の魂動デザインを、どうやって市販車に落とし込むかというプロジェクトにも関わっていた。

「ファストバック」を名乗る理由

MAZDA3には、アクセラ時代の「スポーツ」から「ファストバック」へと呼び名が変わったハッチバック、そしてセダンの2ボディがある。ところが、両ボディで共通なのはホイールベース、フロントマスク、ウインドスクリーンぐらい。ドアは前後とも専用で、ルーフのカーブも異なるなど、両者はかなりの差別化を図っている。

  • マツダ「MAZDA3」のセダン

    「MAZDA3」のセダン、ボディカラーは「マシーングレープレミアムメタリック」(画像提供:マツダ)

これが前述の「艶」「凛」と関係がある。RXビジョンで強調した艶やかさをファストバック、ビジョン・クーペで表現していた凛とした部分をセダンに、それぞれ落とし込んだというのだ。なので、同じMAZDA3でありながら方向性が違う。人間に例えればファストバックは「感じるままに生きる自由人」、セダンは「品格と個性を兼ね備えた紳士・淑女」だそうだ。

  • マツダ「MAZDA3」のファストバック

    「MAZDA3」のファストバックは、「RXビジョン」から艶やかさを引き継ぐ存在だ(画像のボディカラーはポリメタルグレーメタリック)

「ファストバック」という言葉は、自動車の世界では1960年代のフォード「マスタング」あたりが使い始めた。ルーフからリアエンドにかけてをなだらかなスロープでつなぐことにより、空気抵抗を減らすとともに、速そうなイメージを見る者に抱かせる形状のことだ。

マツダがMAZDA3のハッチバックを「ファストバック」と呼ぶことにしたのは、実用車的なイメージを断ち切り、艶やかさを前面に押し出したデザインであることをアピールするためだろう。そういえば、少し前に日本に導入されたプジョーの新型「508」も、セダンのモデルチェンジでありながら「ファストバックスタイル」とアナウンスしていた。

  • プジョーの新型「508」

    プジョーの新型「508」

この連載では以前、最近のハッチバックは多くが実用重視からファッショナブルでスポーティな方向性にシフトしていることに触れ、MAZDA3もその1台であると書いた。それをアピールするために、ファストバックという言葉を選んだのではないかと想像している。

引き算の美学を象徴しているのは、このファストバックの方だろう。一部の日本車のデザインが、足し算どころか掛け算といいたくなるほどの過剰な演出を散りばめる中、MAZDA3にはとにかく線がなく、面で魅せている。とりわけ、ルーフサイドからリアクォーターピラー、リアフェンダーに至るパネルは、大きな一枚モノでありながら、キャラクターラインがない。見事なまでに滑らかな曲面を描いている。

生産の側から見れば、キャラクターラインがあったほうが、パネルを合わせるのが楽だという。そこで、従来はドアやフェンダーなど別々に行なっていた品質管理を、新型MAZDA3では一体で進めることになったそうだ。

  • マツダ「MAZDA3」のファストバック

    クルマのボディサイドには、左右方向にくっきりとした「キャラクターライン」が入っている場合が多いが、「MAZDA3」は全く違うデザイン哲学を持っている

一方のセダンは、長い間、クルマの基本形として認められてきた形であり、マツダとしても、その形を崩すことは良くないと考えたという。実際、先代「アクセラ・セダン」はロングノーズ・ショートデッキを強調した結果、売り上げは伸び悩んだ。そこで、「アテンザ」の改良モデルと同じように水平基調を強め、前後フェンダーにはキャラクターラインを追加した。

  • マツダ「MAZDA3」のセダン

    「MAZDA3」のセダンはオーセンティックなスタイルだ(画像提供:マツダ)

ボディサイズを見ると、ホイールベースは両ボディ共通で2,725mmとアクセラより25mm長くなっているのに対し、ファストバックの全長4,460mmは「アクセラ・スポーツ」より10mm短い。ところが、セダンの全長4,660mmは逆にアクセラ・セダンを80mmも上回る。これも、セダンらしいプロポーションを追求した結果だ。

こうなると、MAZDA3のセダンと同社のフラッグシップセダンであるアテンザがバッティングしないか気になるところだが、マツダは2019年3月期の決算発表で、直列6気筒エンジンと縦置きパワートレーンの投入を明らかにしており、これが次期アテンザ(マツダ6)になりそうなので、差別化は自然に図れるだろう。

  • マツダ「アテンザ」

    マツダ「アテンザ」

ドアハンドルにまでこだわりが

MAZDA3の全幅は1,795mmでアクセラと同一だが、その中でトレッド(左右タイヤ感の幅)が拡大しており、踏ん張り感が増した。全高は両ボディとも先代より低くなっている。アクセラはセダンよりもスポーツの方が背が高かったのに対し、MAZDA3ではファストバックの方がセダンよりも全高が低い。

  • マツダ「MAZDA3」

    「ファストバック」のボディサイズは全長4

マツダらしいと思ったのは、美の探求がディテールにまで行き届いていることである。例えば、ドアハンドルはパーツの切れ目がない一体成型で、ドアを開けると見えるピラーやサイドシルは、溶接跡がきれいに仕立ててある。フロアの補強メンバーは、一直線に入っている。この辺りを見ていると、「ストイック」という言葉さえ思い浮かぶほどだった。 一方のインテリアは、最初に形ありきではなく、配置の適正化から考えたという。運転席は左右対称とし、ドライバーが見る対象が等距離にあることにこだわった。アームレストの高さも、ドア側とセンターコンソール側でそろえている。

  • マツダ「MAZDA3」のインテリア

    配置の適正化から考えたという「MAZDA3」のインテリア

その上で、インテリアでも引き算の美学を展開した。そこには、要素を減らしたほうが上質に見えるという判断もあった。その結果、多くのクルマが用いるインパネのガーニッシュは使わなかった。代わりに、インパネからドアへと続くシルバーの帯を配した。バスタブに身を委ねているような心地よい包まれ感を表現しているのだという。

ここまでスタイリングにこだわった形でありながら、視界は問題ない。特に前方向は、Aピラーを細くするとともに、ワイパーをボンネット下に配置したことが効いている。ファストバックは後方視界に難がありそうに見えるが、ルームミラーで見える範囲は先代と同等をキープしているとのことだ。

室内空間は両ボディでほぼ同じとなっている。ファストバックはリアドアの開口部がやや狭いことが気になるものの、キャビンに収まってしまえば、ホイールベースの延長と低めの着座位置のおかげもあり、身長170cmの自分なら後席にも楽に座れる。荷室を含め、実用車としての資質もしっかり押さえてある。

  • 「MAZDA3」ファストバックの後席

    「MAZDA3」ファストバックの後席

こうして内容を見てくると、価格もプレミアムになっているのかと思うかもしれないが、MAZDA3のプライスは210万円台スタートと、多くの人にとって手の届きやすい領域に留まっている。内容と価格を見比べていると、「美の民主化」というフレーズが思い浮かんだ。

著者プロフィール


森口将之さんの画像

森口将之(もりぐち・まさゆき)
1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。グッドデザイン賞審査委員を務める。著書に「これから始まる自動運転 社会はどうなる!?」「富山から拡がる交通革命」など。