今回は今でも忘れられない恐怖体験をお話をするわ。本当にもうダメかと思ったくらいの出来事よ。そう、あれは香港行きのフライト。台風接近による凄まじい暴風の影響で、他社便は全てフライトキャンセルしてるのにうちの会社だけ飛ばしたのよ。
台風の中、"世界で一番着陸が難しい空港"へ
香港の空港は、今はランタオ島に隣接する空港島にあるのだけど、当時は啓徳空港といって香港の中心地にあり、世界で一番着陸が難しい空港といわれていたの。
機内は満席。嵐の中、激しく揺れながら機体は着陸態勢に。徐々に下降していきながらも、機体は上下に横にと揺れる、揺れる。「だ、大丈夫……? 」と若干不安になりながらも、地上に近づくにつれて窓からうっすら明かりが見えてきて、「これで着陸できる」と安堵感が広がっていったわ。
でも! 次第にその明かりが小さくなっていくじゃないの!! ふと気がつくと、機体は確実に上を向いて飛行し始めているわけよ。「はぁ!? 」と思っていると、キャプテンからアナウンス。「横風があまりに強くて着陸ができなかったので、再度、違う方向から着陸します」。
そうよ、安全第一。その判断、納得できるわ。「今度こそ着陸してよね」と心の中でつぶやいている中、2回目のトライ。今度は反対方向からのアプローチだというのに、またしても機内は大揺れ。突然機体がフリーフォールのようにストーンと落ちつつ、激しい横揺れも収まらずで、「こんなジェットコースターあったらギネス記録よ! 」というほどの恐怖。
でも、ジェットコースターはどんなに恐い思いしたってアトラクションだから安全と分かっているじゃない。しかも、せいぜい数分で終わると分かっているからまだいいけど、その時のフライトは本当に何が起きるかわからない状態。しかも、いつ終わるかも分からない。「恐い」って言葉も出ないくらい縮み上がったわ。乗客、乗務員が固唾を呑んで見守る中、機体は下降。再び地上の明かりが見え始め、「今度こそ……」と思った瞬間、機体は上昇。2度目のチャレンジでも着陸できず、キャプテンから再度アナウンスでそのまま台湾へ進路変更とのこと。
これには、さすがにお客様も立腹。「あんな怖い思いをするくらいなら、はじめっから寄港地、台北で降ろせ」って。そうよね、常に乱気流を経験してる私たちでさえ恐れおののくくらいの揺れ、お客様はさぞやと気の毒だったわ。
でも、着陸したらしたで緊急時の避難着陸のために入管の許可が下りず、全員機内で缶詰め状態。気が立つお客様に飲み物サービスしながら1時間ほど経ったあと、ようやくキャプテンからアナウンスが流れたのよ。
「みなさま、お待たせ致しました、良いニュースと悪いニュースを1つずつお知らせします。良いニュース、これから香港に向けて飛び立ちます。悪いニュース、まだ香港での台風による強風は収まっていません」。
さすがに理解に苦しんだわ。どうして天候が回復していないのにまた飛ばすわけよ。もう一度あの恐怖体験をしろと!? お客様だって同じ心境よ。異様な雰囲気に機内が包まれる中、台風襲来中の香港へ。
予想通り、前代未聞のスリル満点ジェットコースター状態で、恐怖で凍りつく機内。だけど、さすがのキャプテンも意地よね。揺れに揺れながらの着陸大成功。無事着地したときには、お客様全員から大拍手が巻き起こったわ。この恐怖フライト、一生忘れられない出来事だったわ。
イラスト: 伊東ぢゅん子