幼少期から熱血ドラマオタクというライター、エッセイストの小林久乃が、テレビドラマでキラッと光る"脇役=バイプレイヤー"にフィーチャーしていく連載『バイプレイヤーの泉』。

第99回は俳優の尾上松也(おのうえ・まつや)さんについて。現在、『親愛なる僕へ撮影をこめて』(フジテレビ系)に出演中の尾上さん。佐井社(さい・やしろ/通称・サイ)役を演じられています。こちらの役柄、公式ホームページでビジュアルを確認したときに度肝を抜かれました……2022年の(個人的な)ドラマ史上における最大な衝撃だったのかもしれません。

  • 尾上松也

きっと"サイ"は生きている気がする

折り返し地点へ到達した『親愛なる僕へ撮影をこめて』のあらすじを。

殺人鬼・LLの息子である、大学生の浦島エイジ(うらしまえいじ/山田涼介)。デートクラブで働く女性が殺された事件をきっかけに "B一"という、もうひとつの人格があることを知る。温厚なエイジとは真逆の、猟奇的な性質を持ったB一。自分が殺人犯かもしれない。信じがたい状況に絶望しながらも、エイジは事件の真実を突き止めようとする。協力者は親友を殺されたナミ(川栄李奈)のみ。そして追ってくる警察と、"B一"に関わる半グレ集団の手。

衝撃の第5話が終わった……エイジにとって唯一の心の寄りどころだった恋人の雪村京香(ゆきむら・きょうか/門脇麦)は、殺人鬼の父親に憧れていただけの存在。自分はただの出しに使われていただけで、愛がなかったことを知る。京香役の門脇さんによる、過去の告白シーン。漂っていたのは狂気のみ。テレビ画面へ食い入ってしまった。

殺人犯(?)のはずのB一も普通の登場をしてくるようになった。二重人格を取り扱った作品だと、最終的にはどちらかの人格が消えていくパターンが散見する。本作はどこへたどり着くのだろうか。

尾上さんが演じていたのは、B一と関わりがあった半グレ集団のリーダー・サイ。当たり前だけど素行はむちゃくちゃ悪い。エイジに近づいてきたのも、殺人鬼LLの実子であるという興味本位だけだった。ただ最終的にはエイジを殺そうとした行為から、警察の銃撃によって第4話で死んでいる。

名門一家に生まれた"演者"による新風

もう亡くなってしまった人物なのに、敢えてコラムとして綴りたかったのは、サイのビジュアルがあまりにも驚愕だったからだ。それは秋ドラマがスタートする前。各局の公式ホームページを見ていると、サイ役の尾上松也さんがいた。

両サイドを刈り上げた、金髪ヘアスタイル。全身にタトゥーを入れて、こちらを睨みつけている人物こそ、サイ。本当に二度見したけれど、尾上松也だった。歌舞伎の家に誕生をして、退路のない道を進む人。今も将来も日本の伝統芸能を継承していく重要人物である。人間国宝として、国家から崇められる可能性もある。そんな背景を背負いながら、本作への出演を承諾したのはなぜだろうか。外野から状況を傍観しただけで、尾上さんの役者魂を感じてしまう。

私は詳しくはないけれど、歌舞伎の世界とは一般人なんぞ近寄りがたい風格を持つ。「私たちの領域には入らせませんよ」と言わんばかりの、厳しさがある。それでいいのだ。そのような世界にはご贔屓筋や、舞台には来賓者もあるだろうに半グレ集団の役とは、これも歌舞伎の新時代なのだろうか。

ドラマで彼の姿を名前まできっちりと認識したのは『さぼリーマン 飴谷甘太朗』(テレビ東京系・2017年)の飴谷甘太朗(あめたに・かんたろう)役だったことを思い出す。営業マンがひたすら甘味を求めて、各所を巡っているだけのコメディー作。シュールな表情も多かっただけに「これを歌舞伎役者の人が……」としみじみしたことを覚えている。それからたったの5年間で尾上さんは、スイーツから反社会組織まで、役柄の守備範囲を広げた。

"演者"という言葉あるけれど、それがまさに彼にふさわしいと思った。演じるのであれば、厳格な舞台でも、民放局のテレビドラマでも関係がない。ただただ、私たちを魅了するのみである。一度、尾上さんの生の演技が見たくなった。

ところで"サイ"役。死に際までゾンビのようで、本当に名演だった。ナミの報告によって亡くなったことになっている。いや、あのシーンにとんでもない伏線が仕掛けられていて、実は生きているなんていうことも……あり得る。サイなら、やってのける。