コラムニストの小林久乃が、ドラマや映画などで活躍する俳優たちについて考えていく、連載企画『バイプレイヤーの泉』。

第144回は俳優の柳葉敏郎さんについて振り返ってみたい。そう、今、公開中の『室井慎次 敗れざる者』に主演する、あの人。

私はおぼろげな記憶ながら、彼が『一世風靡セピア』というグループで「せいやっ!」と、踊ったり歌ったりしていたのを知っている。改めて年齢を調べてみると、今年で63歳らしい。キャリアが長いと、観る側の年代によっては印象が変わる俳優もいれば、一定のタイプもいる。ちなみに柳葉さんはどうも前者だ。

昭和生まれは「ギバちゃん」と呼びたい

  • 柳葉敏郎

先日、カフェで20代と思しき女性2人の会話が聞こえてきた。

「この人ってさー、室井?」

室井? って、あの室井よね。柳葉敏郎演じる『踊る大捜査線』(1997年)の室井管理官。頼まれてもいないのに、つい会話に参加する。

「そうそう、室井。映画やってるよね」 「うちのオカン、観に行ってたよ」 「この人さー、コワモテじゃない? 顔、超、怖いもん」

ほほう……。20代から見ると、柳葉は終始しかめっ面をしているイメージなのかもしれない。実際、眉間にシワを寄せる室井ストロングスタイルは、作品内でも定番だった。若い子が見ているドラマを辿っていくと『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(フジテレビ系 2008年)で見せた、白髪まじりの黒田修二役も、厳しい上司だった。彼女たちが「コワモテ」と称するのも、当たり前か。

ただ彼女たちの母世代の私からすると、ギバちゃん(この呼び方、伝われ)というのは、とても朗らかで優しくて、熱い印象がある。特に『29歳のクリスマス』(フジテレビ系 1994年)で演じていた、新谷賢役。思うような就職ができなくてコンプレックスがあるけれど、誰に対しても優しい。お会いできたことはないけれど、大きな口でニカッと笑う様はご本人のイメージに近いはず。

彼に対して尊敬の意を覚えるのは、世間の自分に対する印象を変えながらも、30年以上、第一線にいることだ。

たまたま『室井慎次 敗れざる者』の番宣で、最近『踊る大捜査線』のシリーズが大量に放送されていた。今から約30年前の作品だ。まだ役名のない、現在活躍している俳優たちがチラホラと顔を見せていることが、ネットニュースでも話題になった。それも見ていて面白く、懐かしいと思った。

ただ、結局バイプレイヤーのまま、一線には名前が挙がらず、消えていった俳優たちのほうが圧倒的に多い。その人数は枚挙にいとまがない。そんな様子を見ながら、芸能界がいかに難儀な世界であるのかを感じる。柳葉敏郎は荒波を超えて、そこに立っているのだと思うと、その佇まいの歴史に感動する。「果たして自分もそこまで働けるのか」と、室井のごとく、眉をしかめる。

一瞬で室井にスイッチング

30年以上、しがみついてでも働くのがいいのかと問われれば、そうでもない時代だと返答する。年齢を重ねるのは若手から嫌われることだと知っているけれど、できれば必要とされる自分で、動きたい。周囲から厄介者扱いを受けてまで、働きたいとは思わない。

室井は『室井慎次 敗れざる者』にて、潔く警察手帳を返却した。青島(織田裕二)と約束した、現場の刑事が働きやすい環境を作ること。奔走したものの、結局は作ることができなかったキャリア組の室井。彼は早期退職をして、地元の秋田県に戻るのだ。

この様子も柳葉本人とリンクする。

柳葉は俳優として活躍しながら、我が子の子育て環境のために、地元の秋田県に戻ったと報じられた。今でこそ、松山ケンイチも同じような二拠点生活をしているが、先駆者は柳葉だ。報道でたまに見る、地元のいる彼はニコニコしていて、前述の新谷に見える。

で、室井に戻ろう。本来であれば退職後の道がいくつも用意されていただろうに、それらを受け入れなかった室井。彼は青島への贖罪かのように、事件に巻き込まれた児童たちを引き取って、育てていた。

働きたい、働かなければいけない、でも自分らしくいたい。そういうご時世に対して、『室井慎次 敗れざる者』は一石を投じる物語でもある。もちろん往年のファンにとっては、これまでのシリーズで見た作品の答え合わせのようなシーンも多くあった。

「(室井の生き方もいいけど、ギバちゃんみたいな現役で居続ける生き方の方がいいな……)」

映画を鑑賞しながら、序盤でそう思った。が、スクリーンに登場してきた室井を見て、俳優・柳葉敏郎のスイッチングに心臓が早鐘を打つ。室井から10年以上、役から離れていたらしいが、一瞬で室井に変わる様子に、彼の本領を感じた。ああ、必要な要素はこれだ。本領。これがまだ今の自分にはないんだろうと、自戒を込めてこの原稿を綴った。よし、踏ん張るか。最新作、映画『室井慎次 生き続ける者』は11月15日(金)公開。