コラムニストの小林久乃が、ドラマや映画などで活躍する俳優たちについて考えていく、連載企画『バイプレイヤーの泉』。

第142回は、子役のナチュラル化について考えてみた。

数年前、とある女優さんの取材でライターとして参加することになり、撮影スタジオの控室に行った。編集担当、カメラマン、ライター(私)の3人で待っていると、収録を終えた演者さんたちが続々とスタジオから出てきた。

「おつかれさまです!」 「番組の取材、ありがとうございます!」

私たちに向かって元気よく挨拶をしてきたのは、目線の下にいたとびきりスマイルの子役2人だった。

「あ、あ……お疲れさまです……」

突然のご挨拶に面食らった大人3人は、ワタワタしながら返事。彼らが通り過ぎた後、3人でこんな雑談をした。

「最近の子役って、あんなプロ意識高かったっけ?」

「所属事務所がそう教え込んでいるんじゃないの。子役といっても、役を掴むために戦々恐々の時代だし」

「挨拶くらいできなくちゃなんでしょうね」

確かに昔は子役にこそ、大人以上の役者魂が求められていたように思う。今は犬猫に囲まれて破顔おじさんの坂上忍も、ほぼ3歳で子役として働き始めていた。そして完璧な演技で「天才!」と呼ばれていたらしい。でも令和の現在に視聴者が子役に願うものは、そういった万全のプロ意識、大人と同等の演技力というものではなく、また別のフィールドある。

学業よりもお仕事優先のプロ子役

  • 安達祐実

この20~30年間の子役変遷を振り返ってみよう。代表的存在として挙げられるのが、安達祐実。2歳でデビュー後、今も女優として活躍しながら、エイジレス女性として知られている。齢43歳にして、20代にしか見えない秘けつ、教えてほしい。

彼女こそ、学業よりも仕事優先のザ・子役。カレールーのCM「具が大きい」というセリフで脚光を浴びて、映画主演へ。何よりも「同情するなら金をくれ!」のセリフで一世風靡をした『家なき子』(日本テレビ系 1994年)のインパクトは大きかった。当時のことを安達はインタビュー(THE CHANGE 2023年)で、こう話している。

「外に出るとすぐに声をかけていただいて。それはすごくうれしいことのはずなのに、なかなか自由に歩けない、みたいなことがあったり」

脚本に書かれたセリフを一字一句残さず記憶して、役に憑依。時間があれば演技レッスンを受けて、大人以上に働く。昭和の子役の残り香を背負っていたのが、安達祐実だった。そして小さな女の子たちは彼女のようになりたいと、羨望の眼差しで彼女を見つめる。

また本人だけではなく、ステージママと呼ばれる実母も目立ち、マスコミに取り上げられることが多かった時代だ。古くは宮沢りえの母も「りえママ」と呼ばれて、娘の人気とともに、私生活が週刊誌の格好の標的になっていた。ちなみに祐実ママはマスコミにすっぱ抜かれるどころか、自らもタレントとして、芸能界に飛び込んでいる。ヘアヌード写真集の発売など、活動も盛んだった。今はどうしているのかと直近のアメーバブログを検索してみると、岡山県で楽しそうにチーズフォンデュを食べていた。

礼儀正しく、素行良く、大人のマナーを守った子役。一言でまとめるならこまっしゃくれたイメージ。こんなことが昔は子役に求められていた。

セリフなのか、自然体なのか

倉田瑛茉

この風潮を大きく変えたのが、芦田愛菜だ。彼女は安達祐実らが会得した子役能力に加えて、学業もおろそかにすることはなかった。現在、愛菜ちゃんは大学に通いながら『タレントCM起用社数ランキング』の上位に食い込んでいる。ちなみに親は完全に黒子で、表舞台に出ることはない。

ただ愛菜ちゃんスタイルが、子役スタンダードになるのなら、子役のハードルは上がる。こまっしゃくれているどころでは、どうにもならないのでは……と思っているところに喰い込んできたのが「子役のナチュラル化」だ。

例に挙げると、2024年の夏ドラマ。子役が多く主役級に演じている印象のクールだった。中でも印象深かったのが『西園寺さんは家事をしない』(TBS系)に出演していた、4歳の倉田瑛茉(くらた えま)ちゃん。作中でもセリフなのか、自然に発した言葉なのか分からないほどナチュラルな演技を見せていた。

最終話の「お代わり」と言うささやき。大人同士が「いやいや」と、遠慮し合う様子を見て一緒に「やややや!」と言うシーンなど、一話から辿っていくと枚挙にいとまがない。涙を見せるシーンもあったので、もちろん演技レッスンはしているとは思うけど、全体的に(何度も申すが)ナチュラル。

ナチュラルカテゴライズとして、もう1人気になる子役がいる。『0.5の男』(WOWOW)に出演していた、加藤矢紘(ながせ・やひろ)くん。最近、Netflixでこのドラマを見て、演技に目が釘付けになった。現場で監督が「あ、まあ、自由にやっちゃってください」と言ったかどうかは知らないが、作中の演技があまりにも普通の幼児。もちろん台本はあるとは分かっているけれど、そうとは思えないナチュラルさが最高だった。

保育園に行きたくないと全力で嫌がる様子や、40歳のニートの叔父を「雅治!」と慕い、一緒に戦隊モノの振り付けを踊る姿。保育園で園児と一緒に遊ぶ様子は、もうお父さんが撮影するファミリー動画のよう……。これは癒しでしょうか。

求む、"うちの子見て動画"の延長線

それを見ていて気づいたのは、前出の瑛茉ちゃんが番組PRで登場していたInstagramである。最初は大人に囲まれて緊張する様子だったものの、途中から打ち解けて、共演者と真剣に遊ぶ姿が視聴者から話題を呼んだ。めちゃくちゃ可愛かったので、私もよく見ていた。

ちなみに私含む独身勢は、SNSで他人の子どもの動画をよく見ている。そこに自分が産まなかったことの悔やみ、子どもを持つ人への妬みという、さもしい気持ちはない。単純に可愛いのだ。同類にしてしまうのもアレだが、ペット動画もよく見て癒される。そこには(ほとんど)造られた世界はなく、あくまで日常が切り取られているのがいい。

このSNS動画の延長線を視聴者は求めているのではないだろうか。昔の子役のように元気な挨拶ができなくて、モジモジと恥ずかしがっていていい。カメラの前で好きに動けばあとは大人がどうにかする。君たちが将来、芸能界にいるのかどうかなんて分からないのだから、今、自由にやってほしい。瑛茉ちゃん、矢紘くんのナチュラルな演技に、おばさんたちが妙に惹かれるのは、当然だったのかもしれない。もし昔のような完璧演技で登場されたら、印象には残るどころか、かすりもしなかっただろう。

時代は変わった。今後の演技レッスンで彼らは、どんな技術を研鑽していくのだろうか。