幼少期から熱血ドラマオタクというエッセイスト、編集者の小林久乃が、テレビドラマでキラッと光る"脇役=バイプレイヤー"にフィーチャーしていく連載『バイプレイヤーの泉』。
第111回は俳優の野間口徹(のまぐち・とおる)さんについて。おそらく日本人のほとんどは、テレビや映画、動画配信サービスなどで彼の姿を見かけたことがある。地上波の連続テレビドラマを例に挙げよう。彼がワンクールで3~4本の作品に掛け持ち出演しているのはデフォルトで、その裏では映画もCMになど、他作品でも活躍している。そんな働くおじさんを応援したく、筆を取った。
悪目立ちをせず、ドラマの片隅に姿を見せる
まずは今、野間口さんが出演している『彼女たちの犯罪』(読売テレビ・日本テレビ系)のあらすじを。
共通項はなく、各々の生活を送る女性3人の人生が次第に絡んでいく、サスペンス。アパレル会社の広報として働いていた日村繭美(深川麻衣)は、後輩に仕事を奪われたこと機に依願退職。同時に恋人の医師・神野智明(毎熊克哉)は、既婚者だったことを知る。智明の妻・由香里(前田敦子)は、神野家で使用人ように扱われる主婦生活に辟易、家出をして、死体となって発見される。そして由香里の事件を担当する刑事・熊沢理子(石井杏奈)。普通の幸せを求めていた三人の距離が縮まっていく……”
考察合戦とまではいかないけれど、小気味良い伏線と謎が程よく迫ってくる作品だ。「さすが……!」と演技に見惚れたのは、前田敦子さんの薄幸さが全面に出ている演技。神野由香里は看護師として、智明と出会い、専業主婦となり、令和らしくない義父母との同居をしている。嫁というよりも家事手伝いの扱いを受け、早く孫の顔が見たいとせっつかれる。決定的ではないけれど、ほどほどに息苦しく生きる由香里の雰囲気が彼女によってよーく調合されている。
この作品で野間口さんは熊沢理子の先輩刑事・上原武治を演じている。パブリックイメージそのままにひょうひょうと、騒がず、悪目立ちをせず、ドラマの片隅に姿を見せている。
働きぶりはブラックでも、役者として考えると俄然、ホワイト
ここ数年、私のようなドラマオタク同士で集まって、作品のことを話し出すと必ず名前が挙がる役者さんといえば彼だ。皆「野間口さん、すごいよねえ!」と笑いながら異口同音。一般企業として考えるとほぼ休暇ゼロではないかと疑われる働きぶりはブラックでも、役者として考えると俄然、ホワイト。
49歳、メガネ姿に鍛え知らずの中肉中背といった雰囲気の野間口さんは、今のような完璧なバイプレイヤーになるまで、なかなか芽が出ず、30代半ばまで相当な苦労があったらしい。でも一度、彼の存在に業界が気づいたらもう離れることはない。最近の出演作だと『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系 2023年)の妻帯者のくせに、若い女性に手を出そうとするいやらしい中年、『風間公親-教場0-』(フジテレビ系 2023年)で、登場早々に殺される大学教授……と、役柄はバラエティに富んでいる。けして物語や映像の邪魔にならず、まるで影武者、忍者のごとく作品から作品をすり抜けている。彼は、どんな作品に求められる存在だ。
なぜ彼に出演が途切れずに巡ってくるのかと、考えてみる。これはあくまでも私の考察だけど、野間口さんの所属事務所の規模も大きく影響しているのでは? と。やっと問題が浮き彫りになってきたけれど、日本の芸能界のキャスティングは、一般社会とまるで同じく、大手から順番に企画が決まっていく。そこには長年のおつき合い、交渉、バーターといったワードが潜む。
それはそれで日本風でいいなあと思うけれど、野間口さんの所属されている事務所はそういった、しがらみとは関係がなさそうな(失礼ながら)中小企業。テレビ局や、共演者との関係性もいっさい気にすることはなく、彼の居場所はすいすい決まっていく。キャスティング側からすると、神様のような存在だ。おまけにあんな腰の低そうなイメージなら「また一緒に仕事をしたくなる」のは当然。10年以上、仕事が絶えないことも頷ける。かといって、そのポジションに簡単につけるわけではないのが、厳しい芸能界。私のような個人で働く身分としては、本当に見習わなければならないと思う。
機会があったら、ご本人に直接お話しを聞いてみたい。おそらく芸能界一、ケータリングの業者を知っている、現場職人の野間口さん。売れなかった時代の苦労話から、現場を渡り歩く処世術まで幅広い話が聞けそうだ。