「返信は不要です」と書かれたメールを目にすることがあります。一見、相手の負担を軽減しようとする配慮にも見られますが、そのたびに一つの疑問が脳裏をよぎります。「なぜこの人は対話の芽を摘んでしまうのだろうか」と。

コミュニケーションは、相手なしには成立しません。相手と自分との間で情報が正しく伝達されたり、意思の疎通が図れたり、あるいは互いの交流が深まったりすることで、初めてそのコミュニケーションは成立したと言えます。メールを一方的な伝達手段として活用しようとすれば、互いの意思にズレを生じさせたり、交流を遮断してしまったりする危険性が高まります。

悪い習慣がもたらす悲劇

デザイン会社に勤務する高橋さん。ひと月前から手掛けてきた製品パンフレットもいよいよ大詰めを迎えています。クライアントから依頼された最終の修正対応も終え、担当者に確認のメールを送りました。

修正したデザインを添付いたしますので、ご確認ください。
なお、間違いがなければご返信には及びません。

修正すべき点は間違いなく反映させた。相手の負担もできる限り軽減したい。仕事への責任感の強さや相手への気遣いから出た言葉だったのかもしれません。ところが、この一言が思わぬ悲劇を呼ぶことになるのです。

確認のメールを送って返信がこなかったので、完成したデザインを印刷会社に渡した数日後、クライアントの担当者から予想もしなかった追加修正の依頼。デザインの最終確認ということで、クライアント側では複数名によるチェックが行われていました。そのため時間がかかっていたようで、そこで生じた新たな修正箇所。そうです、返信がこなかったからデザインは完成した、というのは高橋さんの思い込みにすぎなかったのです。

期限を設けるべきだったという見方もあるかもしれません。しかし、期限を過ぎたからといって相手が了承したことにはなりませんよね。メールは不確実性を伴うツールです。送ったはずのメールが届いていない。通信エラーなどネットワーク上の問題もあれば、単なる勘違いで下書きに残っていたなんていうことも。メールが届いたとしても、相手が見落としてしまう可能性もあれば、予期せず迷惑メールに振り分けられてしまうことも考えられます。

今回、高橋さんは、たまたま不運に見舞われたのではありません。「メールが届いているはず」「相手が確認しているはず」といった身勝手な認識の裏には、大きなリスクが潜んでいます。このリスクの恐ろしいところは、返信を不要としたコミュニケーションを繰り返しているうちに「返信がない=問題はない」といった誤った解釈が根付いてしまうことです。まさに悪い習慣が呼び起こした悲劇と言えます。

コミュニケーションは双方向が基本です。日頃から互いに返信をする関係であるならば、相手から返信がないときに違和感を覚えるもの。万一、メールが届かなかったり、見落としてしまったりするエラーにも気づくことができる。これこそが良い習慣であり、コミュニケーションに好循環を生み出すのです。

前向きな発信さえも抑制することに

新システム導入に向け、社内のプロジェクトリーダーに任命された鈴木さん。次回の打ち合わせに向け、プロジェクトメンバーにメールを送ります。

次回の打ち合わせは、〇月×日です。
システム会社からの参考資料を添付しますので、事前にご確認ください。
返信は無用ですのでお気遣いなく。

通常業務をこなしながらプロジェクトにも参画するメンバーたち。そのメンバーに負担をかけまいとするリーダーの優しさにも感じられます。しかし優しさの反面で、かけがえのない機会を失ってしまっているかもしれないことを見落としてはいけません。

参考資料を目にしたメンバーの中には、何らかの意見を持った人、アイデアがひらめいた人がいたかもしれません。ところが、返信は無用としたリーダーの発信が、それらの意見やアイデアを封じ込めてしまうかもしれないのです。その上、影響を及ぼす範囲は意見やアイデアだけにとどまりません。

遅くまでありがとうございます。
大変ですけど、来週のキックオフミーティングは
絶対に成功させましょう。

こうした一言がメンバーの士気を高めたり、絆を深めたりすることにもつながるはず。そんな前向きな発言さえもリーダーの発信によって抑制されることになってしまったら……。優しさのつもりで発した一言がメンバーの結束を強固にする妨げになっていたとしたら、これほど残念なことはありませんよね。

コミュニケーションは一方通行ではない

言葉の受け取り方は人それぞれです。「返信は不要です」というメッセージを、「返信しなくていいですよ」という配慮だと素直に受け取る人はもちろんいるでしょう。しかし「返信をしてほしくないんだ」と後ろ向きにとらえてしまったり、「そうは言うものの本当は返信がほしいのでは」と頭を悩ませてしまったりする人もいるはずです。気遣いのための一言が、かえって相手に気を使わせることになっていたとしたら不本意そのもの。

対面や電話、メールなど、手段が変わってもコミュニケーションの本質は一緒です。相手からの返答やリアクションがあればこそ、安心感が得られ、円滑なコミュニケーションへとつながります。メールは決して一方通行の情報伝達手段ではなく、双方向のコミュニケーションツールということを忘れないでください。