上司: 例の件、いつできそう?
部下: はい。明日には大丈夫です。
上司: え、明日?
部下: はい。A社からお問い合わせいただいた商品は、すぐに在庫が確認できました。
明日には納品します。
上司: 違うよ。私が聞いているのは新商品の試作品のことだよ。

「例の件」と言われ、話がかみ合わなかった。そんな経験はありませんか。特に身近に感じる相手ほど、言葉を省略して伝えることがありますよね。相手もなんとなく「例の件ってなんですか?」とは聞きづらく、共通の話題を想起し返答する。もちろんこれで意思疎通が図れることも多いでしょう。ところが、お互いの前提にすれ違いがあると、話がかみ合わず、誤解が生じてしまいます。

このように、主語や具体的な内容を省略したコミュニケーションは、ビジネスでもよく目にする光景です。対面コミュニケーションでは、短い言葉の応酬で会話をすることも少なくありません。相手の反応を見て、「例の件」の認識が合っているかを確認。認識が違っていたと気付けば、その場ですぐに言い直し、軌道修正することによって、大きなミスにつながることなくコミュニケーションが成立します。

新型コロナウイルスの影響や、働き方改革の推進によって、テレワークが急速に普及しました。日常的な連絡、報告でもメールを活用するケースが増えたと聞きます。こうしたテキストコミュニケーションでは、言葉を省略することによって誤解が生じる可能性があるので注意が必要です。そもそも対面の会話と違い、ビジネスメールは短い言葉の応酬を繰り返すものではありません。相手の反応も分からないため、対面と同様の理解を得ることは期待しない方がいいでしょう。

正確かつ分かりやすいメールのポイント

「例の件」と同じように、具体的な内容を省略した表現を、ビジネスメールでも目にすることがあります。それが「表題の件」という言葉です。

表題の件について、ご報告いたします。

ビジネスメールにおいて「表題」とは「件名」のことを指します。つまり「件名に書いてあることについて、ご報告いたします」の意味です。メールの書き手としては、件名と同じ内容をもう一度書く時間が削減できます。あるいは対面の会話と同様に、なんとなく言葉を簡素化しているだけかもしれません。しかし相手のことを考えるならば、この表現について見直す必要があります。

ビジネスメールでは、用件を正確かつ分かりやすく伝えることが求められます。正確かつ分かりやすいとは、相手が一回読むだけで内容を正しく理解できる状態。ポイントは以下の二つです。

  • メールを送った目的、結論がすぐに分かる
  • スラスラと読みやすい

「表題の件について~」と書いてあると、相手は「表題の件って何だったろうか」と考えます。正しく理解するためには、読み手は件名に目を戻さなければなりません。スラスラと読むことができず、これが相手のストレスにつながります。

それほどのストレスではないという意見もあるでしょう。しかしながら「表題の件について~」と書く方は、それを多用する傾向が見られます。メール1通あたりのストレスはわずかでも、それが積み重なってくるとストレスが蓄積します。毎回、件名を見直すことが苦痛となり、最終的に「この人のメールは読みづらい」という印象につながりかねません。

言葉の省略は読み手の負担が大きい

「表題の件」には、さらなるリスクもひそんでいます。ストレスを感じながらも、件名を見直してもらえるうちはまだいいかもしれません。用件は正確に伝わるからです。ところが、それも長くは続きません。人は予測できるストレスはあらかじめ回避しようと考えます。「件名を見直すのが面倒」あるいは「読み進めれば内容を理解できるだろう」と考え、「表題の件について~」と書かれていても、件名を振り返ることなく、そのまま読み進めるようになります。それによって冒頭の会話例のように、すれ違いが生じるリスクがあるのです。

解消法としては、件名の再利用がおすすめです。件名が「試作品製作スケジュールのご報告」であれば、それをコピー&ペーストし、文章にするだけでいいのです。

試作品製作スケジュールのご報告でメールいたしました。

冒頭にこのように書いてあれば、相手が誤解することはありません。件名をコピー&ペーストするだけなので、書き手としても手間にはならないはずです。言葉を省略することは、メールの読み手にとっての負担が大きくなりがちです。「例の件」と同様に、相手が戸惑う可能性、誤解してしまう可能性も考慮し、適切な表現を心がけましょう。