とある週末、スマートフォンの機種変更をしました。これを機にスマホケースも新調しようとネットショップで購入したのですが、届いたメールに次のような文章がありました。
「楽しみにされているところ、お待たせして申し訳ございませんでした。またの機会をお待ちしております」
たったの数行ですが、ここまで読んで皆さんはどのようなストーリーを想像されたでしょうか。きっとあまり良くない状況を連想されたのではないかと思います。しかし実際には、想像とまったく逆の出来事が起こっていたのです。
新調したスマホケース。商品を注文したのが月曜日の朝です。その日の夕方には、商品の発送をお知らせするメールが届きました。そこに書かれていたのが冒頭の言葉。私はそのメールの内容に大きな違和感を覚えました。朝、注文して、その日の夕方にメールが届いて「待たされた」とは思っていなかったからです。
挨拶で悪印象を与えることも
ビジネスメールでは、文頭や文末に挨拶を入れるのが礼儀です。しかし、その挨拶の中に書かれている一言が、不適切だと感じることも少なくありません。
もう一つ別の例もご紹介しましょう。取引先から届いたメールの本文に目を移した瞬間、次の挨拶に軽い不快感を覚えました。
「突然のメールで失礼いたします」
「いったいなんの売込みだろう」そう思いながら読み進めていったのですが、実際は、心待ちにしていた新商品案内のメールでした。近々、新商品がリリースされることは営業の方から聞いていたので楽しみにしていたのです。それにも関わらず、冒頭の一言によって「きっと不要な営業メールだ」と勘違いをしてしまったのです。
おそらく相手の状況などは考慮せずに、誰に対しても同じようなメールを送っているのでしょう。本来、相手にプラスの印象を与えるはずだった対応、メールであったにも関わらず、相手にマイナスのイメージを想起させてしまっています。
このように、何気なく書いている一言が相手にネガティブな印象を与え、望まない結果につながっている可能性があるのです。
謙虚さにもバランスを
相手に好印象を与えるために「クッション言葉」を使用するケースもよく見受けられます。「クッション言葉」とは、「お手数ですが」や「恐れ入りますが」のように、相手にお願いやお断りなどをする際に使用される言葉で、印象を柔らかくする効果があります。
この「クッション言葉」も、使い方には注意が必要です。例えば、ある商品やサービスに興味を持ち、資料請求や見積もりを依頼するケースがあります。その際、次のような言葉とともに返ってくると、やはり違和感を覚えるのです。
「お手数ですが、ご確認よろしくお願いいたします」
「恐れ入りますが、ご確認よろしくお願いいたします」
丁寧な対応をしようと、こうした言葉を毎回書いていることはありませんか。こちらが望んで取り寄せた資料や見積もりです。あまりへりくだりすぎる必要はありません。コミュニケーションを円滑に進めるために謙虚さは大切ですが、それが過度になりすぎると逆効果です。
また、クッション言葉の多用は、適切な場面での使用効果を台無しにしてしまいます。どうしても相手に手間を取らせてしまうケース、恐縮せねばならないケースもあります。普段から何気なくクッション言葉を使っていると、いざというときに気持ちが正しく伝わらなくなってしまいます。
履歴が残るメリットを生かして関係強化
メールの大きなメリットとして、履歴が残るということがあります。プロジェクトの進行中に、これまでのやり取りをさかのぼって確認することもあると思います。
私は、久しぶりの方とのメールであれば、前回どのようなやり取りをしていたのかを必ず振り返ります。その際に、お詫びをイメージさせる言葉、恐縮する言葉が目立てば「この人との仕事はスムーズに進まなかったんだな」とマイナスのイメージを抱いてしまいます。
明確な事実、はっきりとした記憶がない場合でも、過去のネガティブな言葉の積み重ね、それがその人の印象へとつながってしまうのです。
私が過去のメールの履歴をさかのぼる本来の目的は、相手との接点を再確認することです。相手との過去の接点を引き合いに、パーソナルなメッセージを挨拶文に添えることで、ポジティブな印象を呼び起こします。
「展示会への出展は2年ぶりですね」
「最後の築地市場にご一緒したことも良い思い出です」
過去の出来事が、思い出として記憶されていると知れば、相手もうれしく感じることでしょう。このように相手との接点を想起させたり、その際のエピソードを交えたりすることで、数年ぶりのやり取りでも一気に相手との距離を縮めることができます。
対面や電話でのコミュニケーションであれば、表情や態度、声のトーンなどによって言葉のニュアンスを変えることもできます。一方、文字だけのコミュニケーションであるメールでは、一つ一つの言葉選びが大切です。相手や状況に応じた適切な言葉を選択することが、真意を正しく伝えたり、気持ちや想いを表現したりする上で欠かせません。時には、何気ない一言があなたの印象を決めてしまっているかもしれないことを忘れないでください。
井上賢治
一般社団法人日本ビジネスメール協会認定講師
1974年生まれ。宮城県出身。大学卒業後、大手製紙メーカーグループの印刷会社に勤務。入社3年目で営業成績1位を獲得。翌年にはその経験を活かし、新たな印刷会社の立ち上げに参画。新規開拓において数多くの実績を残し、出版物の制作や大手企業のセールスプロモーションを手がける。その後、ヘッドハンティングにより移籍した会社では東京支社長に就任、20名の部下を統括する。テレアポや飛び込み訪問による営業スタイルを確立していたが、さらなる受注拡大の実現、そして組織全体の営業力強化、人材育成など、幅広い業務を担うなかでビジネスメールの有用性を実感。1通のメールがコミュニケーションを円滑にし、業績向上にも結びつくとの想いから、認定講師としての活動を開始。営業経験、管理職経験を活かした実践的なビジネスメールの指導を得意とする。
日本ビジネスメール協会
日本で唯一のビジネスメール教育専門の団体。ビジネスメールに特化した講演・研修などの事業を10年以上前から行っており、メールに関する書籍を中心に30冊出版(内3冊は翻訳され台湾で出版)。メディアには1,000回以上登場し、ビジネスメールについて情報発信してきた。仕事におけるメールの利用状況と実態を調査した「ビジネスメール実態調査」を2007年から毎年行い、日本で唯一のビジネスメールに関する継続した調査として各メディアで紹介されている。ビジネスメールやビジネス文章、ビジネスマナーなど集合研修(講師派遣)や講演(公開講座)を会場とオンラインの両方で実施中。