悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、会社から異動や出向を命じられた際に、うまく気持ちが切り換えられないと悩んでいる人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「出向となりました。気持ちを切り替えできません」(50歳男性/事務・企画・経営関連)
数年前、知人から悩みを打ち明けられたことがありました。いや、正確にいえば愚痴を聞いたのです。なにしろ、その悩みは僕に解決できることではなく、彼もそれを承知で僕に話していたのですから。
要するに、本人にしてみれば不本意でしかない異動を言い渡されたのです。中堅の出版社で長年にわたって編集の仕事をしてきたのに、いきなり宣伝に移ることになったとのこと。
企業に異動はつきものですが、彼は編集の仕事を天職と考えていて、とてもやりがいを感じていたようでした。ですから、落ち込む気持ちもわからないではなかったわけです。
そんなことがあったので、今回のご相談者さんの苦悩にも共感できる部分がありました。気持ちを切り替えられないということは、おそらくこれまで携わってきた仕事に、やりがいを感じていらっしゃったのでしょう。
ましてや50歳という年齢を考えると、なおさら苦悩は大きいだろうと思います。そのため、どうお答えすべきか悩んだのですが、最終的にはひとつの結論にたどり着きました。
「気持ちを切り替えるしかない」ということです。いや、「気持ちを切り替えたほうが、うまくいく」というべきかもしれません。
たしかに、シンプルすぎる答えではあります。しかし、出向がもう決まってしまった"事実"である以上、気持ちを切り替えるしかありませんし、それが最善の策であるはずなのです。したがって、そんな観点から3冊を選んでみました。
仕事を区別しない
『悩みごとの9割は捨てられる』(植西聰 著、あさ出版)の著者は読者に対し、「悩むのをやめよう」というメッセージを投げかけています。
いくら慌てたところで、人生はどうなるものでもありません。どんなに悩んでみたところで、事態が大きく改善するわけでもありません。むしろ楽天的に、のんきに生きていくほうが賢く、人生はより豊かになります。(「はじめに」より)
ただしそのためには、マイナス思考から自分を解き放ち、目の前にある現実を、正確に、ありのままに理解することが大切だというのです。
つまり、「自分性を悩ませていることの9割は取るに足らないことであり、捨て去ってよいものである」と考えるべきだということ。本書では、そのことに気づくためのヒントが紹介されているわけです。
たとえば仕事に関しては、ずばり「仕事を区別しない」という項目があります。
「私のようなベテランが、どうして新入社員がやるような、こんなくだらない仕事をやらなければならないのか」「一流大学を出た私が、こんなやりがいのない仕事をする必要はない」このように仕事を区別して考えている人は、望まない仕事を与えられたとき、「なんで? 」「どうして? 」と苦しまなければならなくなります。「会社の仕事は、どのような仕事であれ、自分の成長にとって必要なものだ」と、正しく認識することで、どのような仕事を命じられても、楽な気持ちで取り組むことができます。(153ページより)
大切なのは、仕事を区別したり優劣をつけたりしないこと。そして、どのような内容であっても、自分に与えられた仕事は大切なものであると考え、無心で淡々と進めていくべき。
そうした行動が、やがて安らかな気持ちで生きていくことにつながるのだという考え方です。たしかに、そのとおりではないでしょうか?
自分が人生を動かしているわけではない
『できる人の人生のルール[新版]』(リチャード・テンプラー 著、桜田直美 訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者は、旅行代理店、スーパーマーケットチェーン、レストラン、カジノ、大学自治会など、幅広い分野において30年以上のマネジャー経験を持つ人物。
2003年に立ち上げた出版社を、わずか4年で「イギリスで最も成功した出版社」と呼ばれるまでに育て上げた実績も持っています。そうした人生経験に基づくベストセラーも多いだけに、"仕事のプロフェッショナル"であるともいえそうです。
本書のコンセプトは、「うまくいっている人には理由がある」ということ。そのような考え方に基づき、幸せになるための考え方や行動の仕方を紹介しているのです。
たとえば人生については、それが「思い通りにならない」ものであることを楽しむべきだと主張しています。悲しんでいいことのように思うかもしれないけれど、そうではないと。
もし人生が思い通りになるなら、誰でも自分に都合の悪いことは排除しようとするはずだ。しかし、本当にそうしたら人類は停滞し、すぐに消滅してしまうに違いない。都合の悪いことがない人生には、挑戦もワクワクもないからだ。 人は悪いことをきっかけに発奮し、悪いことから何かを学ぶ。悪いことがあるからこそ、生きる意味を見出すことができる。(中略)人生は楽しむためにある。すべてをコントロールするために生きているわけではない。この考え方を受け入れることができれば、のんびりと太陽の光を楽しむ時間を増やすことができる。(122ページより)
「自分が動かしているわけではない」と自覚すると、人生をまるで映画を観るように眺めることができると著者は言います。ピンチに大興奮し、悲しい場面で涙を流し、恐怖に歩み寄ってその正体を見極めたりと、ひとりの観客として人生という映画を楽しめるということ。ただし、このルールにはちょっとした条件があるのだとか。
自分が人生を動かしているわけではないけれど、かといって責任がまったくないわけでもありません。つまり生きている限り、果たさなければならない義務があるわけです。
だからこそ、自分の住む世界(これは職場に置き換えることもできるでしょう)を愛し、その世界に一緒に住む人たちを尊重することが大切。とはいえ、世界のすべての出来事に対して責任を持つ必要はないのだから、そういう意味でも楽しむべきだということです。
人生を豊かにする姿勢とは
さて、最後は、ちょっとユニークな本をご紹介しましょう。『人生は、棚からぼたもち!』(小林まさる 著、東洋経済新報社)がそれ。ご存知の方も多いとは思いますが、著者は料理研究家。
シングルファーザーとして男手ひとつで子どもたちを育て、70歳のとき、ひょんなことから息子の嫁の調理アシスタントになり、テレビや雑誌などの仕事に同行しているうちに、いつしか自身も料理研究家になったという経歴の持ち主です。
そして、数々の人生経験に基づく本書は、「86歳・料理研究家の老後を楽しく味わう30のコツ」というサブタイタイトルがつけられていることからもわかるように、「老後」を楽しく生きるためのコツを説いたもの。
ただし視野は広く、人生そのものを俯瞰しながら生き方を論じているため、世代に関係なくさまざまな年齢層の人たちに訴えかけられるだけの魅力があるのです。
どんな年代の人だって、ほんのちょっとでも意識を変えるだけで、人生は変わっていく。そう俺は思っている。それは、いくつになっても同じなんだ。(「はじめに」より)
事実、現在86歳だというのにとてもパワフルです。興味深いのは、義理の娘のアシスタントを続けているうちに、なぜ自分の料理本まで出せるようになったのかについての考え方。場をわきまえ、できることからやってみるようにしていったというのです。
まさみちゃん(筆者注:義理の娘である料理研究家の小林まさみ)の指示を聞きつつ、俺は俺で考える。自分だったら、どうするかな、と。こんなふうにしたら、こうなるんじゃないか、とか。ただ言われるだけじゃなくて、自分で面白がって考えちゃう。それを楽しむことで、いつか何かの役に立つときがくるはずだ。(130ページより)
ポイントは、著者が最初から料理研究家になりたかったわけではなく、"成り行き上"そうなったにすぎないということ。しかし、そのプロセスにおいてすべての状況をおもしろがり、頭をひねり、自分の力で仕事を、そして人生を楽しいものにしてきたわけです。
これは著者のやっていることに限らず、すべての物事についても重要なことなのではないでしょうか。受け入れ、認め、興味を持ち、楽しんでみる。そんな姿勢でいることが大切だということです。
冒頭に書いた知人と再会したのは、愚痴を聞いた日から半年くらい経ったころでした。あのときはものすごい落ち込みようだったので、「きっとまた愚痴を聞かされるんだろうなぁ」と思っていたのですが、結果はまったく違っていました。
なんだか生き生きしているのです。どうやら、最初は否定的だった宣伝の仕事にやりがいを見出すことができた様子。
「別の角度から見てみれば、つまらないと思っていたものもおもしろくなったりするものなんだな」
彼のそのことばを、とても魅力的だと感じたものです。