悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、部下への注意の仕方に悩んでいる人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「部下に対しての対応について、角の立たない注意の仕方を知りたい」(47歳女性/販売・サービス関連)
人になにかを伝える必要があるときには、「言いづらい」という気持ちが足かせになってしまうことがあるものです。伝えるべきことが"注意"であったとしたら、なおさらかもしれません。
では、なぜ「言いづらい」と感じてしまうのでしょうか? それは、自分と相手が"違う人"だからではないかと思います。気の合う相手だったらなんでも言えるけれど、そうでない相手だった場合は、「傷つけてしまったらどうしよう」「怒らせたらどうしよう」というような思いが邪魔をしてしまうということ。
僕も部下を持っていた会社員時代は、同じようなことで悩み、失敗ばかりしていました。そして、いまになって振り返ると、ひとつの反省点に行き着きます。
それは、当時の自分が、部下に対して必要以上に気を使いすぎていたということ。「傷つけてはいけない」というようなことを考えすぎ、無理に歩み寄ろうとしてみたり、ときには自分を卑下したり、普通に考えれば上司っぽくないことばかりしていたのです。
しかし、そんなことをしたって空回りするだけです。それどころか気を使いすぎると、逆に相手を傷つけてしまうこともありえます。だからこそ、嫌われることを恐れずにはっきりと伝えたほうが、より信頼されるのではないかと思うのです。なかなか難しい問題なんですけどね。
いい関係をつくるための心構え
私たちは、一人ひとりが自分を中心とした独自な世界を生きています。それはきわめて主観的な世界であって、他人にはけっして覗き見ることのできないプライベートな世界です。そうしたプライベートな心の世界は、お互いが伝え合わないかぎり、何もわかりません。だからこそ、人と人とが理解し合い、協調し合うためには、気持ちを伝え合うコミュニケーションを意識して行っていく必要があります。(「はじめに」より)
こう主張するのは、『心理学者に学ぶ 気持ちを伝え合う技術』(榎本博明 著、創元社)の著者。このような考え方に基づき、本書では、自己中心的な私たちが、お互いにいい関係をつくるための心構えや技法を紹介しているのです。
たとえば相手の落ち度や間違っている点を指摘するときには、相手のプライドを傷つけずに反論することが大切だと述べています。
注意する側のなかには、「これではだめだ。やりなおしてもらうしかない」「こんな未熟なままではしようがないから、本人のためにもしっかり注意しておかなければ」といった思いがあるはず。
そのため、いきなり間違っている点を指摘して、なおすように指示してしまうわけです。しかし、それでは相手のプライドを傷つけることになるかもしれません。
注意するのは必要なことだけれども、相手の気持ちに対する配慮のない注意の仕方は避けるべきだということ。では、どうしたらいいのでしょうか?
注意する前に、日頃頑張っているのを知っているし評価しているということを伝え、経験の浅いうちは事情がよくわからないからだれもがミスを犯しがちなのだがと弁護した上で、本題に入っていくといった手順を踏まえるのです。そうでないと、「自分はダメだ」と落ち込んだり、自分を否定されたかのように感情的な反発を示されかねません。相手を尊重しているということが伝わらないと、いくら注意しても心に染みこむことなく跳ね返されるばかりです。(113ページより)
ずいぶん手間がかかりますが、それでも気持ちを尊重するのはとても大事なことなのだと著者は主張しています。理屈でいくら押したとしても、相手の気持ちによってブレーキをかけられたら、前に進めなくなってしまうから。
「伝える力」は身につけられる
そして注意をする際には、注意する側が「伝える力」を持っておくことも欠かせないはずです。そこで参考にしたいのが、『東大物理学者が教える「伝える力」の鍛え方』(森博嗣 著、上田正仁 著、ブックマン社)。
人生には「伝える力」が必要な場面にあふれています。「考える」という行為は、自分ひとりで完結できますが、「伝える」という行為は、ひとりでは成立しません。当たり前のことですが、相手が必要なのです。このため、独りよがりな伝え方では伝わらないのです。うまく伝えるためには、相手の理解度、背景、おかれた状況をよく把握する必要があります。ここに、「伝える」という行為のむずかしさ、奥深さがあります。(「はじめに」より)
とはいえ、決してむずかしいことではないようです。著者は教育の現場で試行錯誤を繰り返してきた結果、ひとつの確信にたどりついたというのです。それは、意識的な努力を続ければ、「伝える力」は身につけられるのだということ。
たとえば「励ます、ほめる、叱る」という項目には、次のような記述があります。
教育機関にかぎらず、企業においても、人を育てることは非常に重要です。そのための伝え方に苦労しておられる方も多いことでしょう。励ます、ほめる、叱るーー。いずれも相手のことを思えばこその行為ですが、それで思いがストレートに伝わるとはかぎりません。私も失敗の連続ですが、そんな経験を通して、次の2点がいかに大切であるかが、わかるようになりました。
(1)改善してほしい点を、理由を添えて具体的に伝えること
(2)時間軸を意識して、未来志向で伝えること
(130ページより)
叱る場合も、具体的に伝え、その人の今後のキャリアを含めた、時間軸を意識して行うことが大切だというのです。
叱り方はむずかしく、著者自身も、たいていはうまくいかないものだと実感しているそうです。とはいえ、言わなくてはならないこともあるもの。そういう場合は「~したほうがいいんじゃないですか?」と、そのアドバイスを受け入れるかどうかは相手の判断にゆだねるような言い方にしたほうが、結局は相手に伝わる助言になるだろうといいます。
ただし、現状のままでは悪いほうにしか向かわないと確信する場合は、そのことを冷静に、かつ率直に伝えることも重要。そんなときは、叱るというより諭すという感じで接するようにすべき。
なお当然ですが、声を荒げると、相手は心を閉ざすか思考を停止してしまう恐れがあるので注意が必要でしょう。いずれにしても、普段使っていることばや会話をもっと豊かにして、言いたいことを「言える」ようになりたいと思っている方は少なくないはず。
特に女性の場合、"気を配る"ことや"迷惑をかけない"ことを心がける人も少なくありません。そのため逆に、相手やまわりを大切に思いすぎ、言いたいことを「言わない」ことが習慣になっていたり、会話を不得手としている人もいることでしょう。
「アサーティブ・コミュニケーション」を用いる
そんな人に参考になりそうなのが、『アサーティブ・コミュニケーション―言いたいことを「言える」人になる』(岩舩展子、渋谷武子 著、PHP)です。
「自分を大切にし、相手も同じように大切にする」ことを"アサーティブ"(Assertive)な態度と言います。(中略)そして、この技法を用いたコミュニケーションを「アサーティブ・コミュニケーション」と言います。(16~17ページより)
人は相手のことを完全に理解したり、知り抜いたりすることはできないもの。そのため、少しでも多くわかり合おうとする姿勢が重要であるわけです。では、相手を理解しようと務め、良好な人間関係を築くためにはどうしたらいいのでしょうか? この問いに対して、著者は以下のようなポイントを提示しています。
・まず自分自身がゆったり、力まず、相手に向き合う。自分の考えを話し、相手にわかってもらいたいと思っていることを伝える
・相手に対し、考えを聴く気持ちがあることを伝える
・相手が自分と異なる考えや意見を言ったとしても、批判や意見を差し挟まず、とりあえず全面的に相手の話を聞く
・相手が話を述べているときには、「どうしてこんな話し方をするのか」「話していて、どのような気持ちがしているのだろう」など、言葉以外の要素にも注意を向けてみる
(172~173ページより)
意見や考え方が自分と明らかに違う場合でも、「自分と違う」という理由で相手を拒否したのでは話が進展しません。
大切なのは、相手のことばに耳を傾け、なにがどのように違うのか、その考え方はどこから来るのかを見出すこと。そして相手の話を聞いたあとは、積極的なレスポンス(反応・応答)によって自分が理解したことを相手に確認。そしてそののち、アサーティブに自分の意見を述べる必要があるというのです。
その結果、「やはり意見が異なる」「やはり相手の意見には同意できない」という結果が導き出されたとしても、十分な話し合いをした結果なのであればOK。なぜなら、「なにが同意できないのか」がはっきりすれば、次にとるべき選択肢が自然に見えてくるから。
「違う人同士」である以上、相手を注意したところで、必ず納得してもらえるとは限らないでしょう。でも、「違う人同士」だからこそ、それでも歩み寄ることが大切なのではないでしょうか? たとえ、最初はうまくいかなかったとしても、誠意を持って接すれば、いつか接点が見出せるときがやってくるのではないかと思います。