悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、キャリアアップのために転職するか、今の会社に残るか悩んでいる人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「キャリアアップには転職するか、現職のままでも成長できるか悩んでいます」(36歳男性/技能工・運輸・設備関連)
僕が会社勤めをしていたころ、少なくとも1980年代は、転職に対する考え方がいまとは違っていたように思います。
転職をしただけで、しかもその回数が多ければ多いほど、あらぬ誤解を生むことも少なくなかったのです。「転職したということは、なにか問題があるのだろう」というように。
もちろん、そういうケースもないとはいい切れないでしょう。しかしその一方には、スキルアップとしての転職もあります。必ずしもネガティブな理由があるとは限らないのです。でも他人は無責任ですから、いいたいことをいうわけです。
それから数十年が経ち、いまや転職は当たり前のことになっています。そして多くの場合、それはスキルアップのための有効な手段だと考えられているのではないでしょうか?
そのため個人的には、「ずいぶん時代が変わったんだなぁ」と感じずにはいられません。しかし、いくら時代が変わったといっても、転職をめぐって悩むことになるのも当然の話。
転職するかしないか、その選択が多少なりとも将来に影響を与えるからです。また、30代後半となれば転職も難しくなってきますから、なおさら失敗できないという気持ちになるかもしれません。
転職活動から見える自分の市場価値
『どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ“これから"の仕事と転職のルール』(尾原和啓 著、ダイヤモンド社)の著者は、驚くほどの転職経験を持っています。
大学院で人工知能の研究に没頭したのち、コンサルティグファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、NTTドコモの「iモード」立ち上げを支援。
そののちリクルートに転職し、以後もネット企業のケイ・ラボラトリー(現KLab)、サイバード、オプト、グーグル、楽天、Fringe81(フリンジ81)などのベンチャーにも在籍したそう。
現在は藤原投資顧問というシンガポールの投資会社に所属しつつ、IT批評家としても活動中。途中のリクルートへの出戻りを含めれば、全部で12回も転職しているというのです。
と聞くと冒頭で触れたように「なにか問題があるのでは? 」と考えたくもなりますが、そういうことではないようです。ほとんどの職場といまでも関係が続いており、ちょっとしたことでも相談しあえる間柄だというのですから。
そして、もうひとつ注目ポイントがあります。それほど華々しい実績を持っているにもかかわらず、いまでも毎年就職活動をしているという事実。正確には、転職するかどうかにかかわらず、ずっと転職サイトに登録し、外から見た自分の評価を更新し続けているということです。
就職活動後に新卒入社して、そのままずっと同じ会社で働き続けると、会社の中での自分のポジションはわかっても、世の中から見た自分の評価は、就職活動をしていたときのまま更新されません。だから、少なくとも数年ごとに転職活動をしてみて、自分の価値を客観的に知っておくことに意味があるのです。(117ページより)
逆にいえば、社歴が長い人ほど「いまの会社を離れると、仕事がもらえなくなる」というように、自分で自分の実力を信じられない傾向があるのだといいます。
しかし自分に自信が持てないのは、自分の価値に気づいていないから。世の中から見た自分の価値を知るには、労働市場に身を置いてみるのがいちばんだという考え方。
最終的に転職するかどうかは別としても、実際に転職活動をしてみれば、「他者から見た自分の評価」がわかるわけです。大胆な発想ではありますが、少なくともそうしてみれば、自分に足りないものなども見えてきて、よりよい転職を目指せるようになるかもしれません。
「転職してはいけない人」の特徴
『転職に向いている人 転職してはいけない人』(黒田真行 著、日本経済新聞出版社)の著者も「元リクルート」という実績を持っています。ただし転職を繰り返してきたわけではなく、1987年から長きにわたり、転職市場に関わる仕事をしてきたのだそうです。
2014年の退職後は、35歳以上のミドル世代専門に転職支援を行う「Career Release 40(キャリアリリース40)」という職歴打診型の転職支援サービスを行っているのだとか。
そんな実績を持つ著者は本書のなかで、「転職してはいけない人」について触れています。引き合いに出されているのは、米国で行われたエラノー・ウィリアムスとトーマス・ギロビッチによる心理学実験。
その結果、「自己評価は他者評価の2割増し」という傾向が鮮明に出たそうなのです。他者からの評価は、その人の好調期と不調期の中間点となり、自己評価は、ピークである好調期を評価点とするために、そのギャップが生まれているということ。
こうした「自己評価の上振れ」現象は、組織内部や転職活動で、さまざまなミスマッチを引き起こすといいます。たとえば組織内部でギャップが発生した場合は、それが評価不満というかたちで顕在化することに。
「俺はこれだけやっているのに、なぜこんなに低い評価なのか? 」「私が陰でがんばっていることを見てくれていない」というような、いってみれば居酒屋の愚痴パターン。
典型的なものは、希望求人に対する(1)企業規模(2)企業知名度(ブランド)(3)年収水準(4)役職などで起こる上振れです。一定期間にこれが自己修正できないと「応募したい案件がない」「何社応募しても面接に進めない」という現象が起こります。求人選びの段階で視点が上振れすることで、本当は適合度の高い求人が、視界から消えてしまいます。「年収900万円だった部長が、1年後にやむなく時給900円のアルバイトに」という転職パターンは、本人にとっても、企業にとっても、能力を発揮して生き生きと活躍する機会を逃す損失です。このような状態にある人は、転職に向いていない、もっと言うと転職をしないほうがいいと言えるかもしれません。(49ページより)
そうした事態を避けるための方法のひとつは、自己評価をできるだけ客観的にすること。たとえば「自分はどう感じた」「自分はどう考えた」という事実をいったんひとごとのように捉え、「自分という人間は、なぜそのように感じ、考えたのか」という自問を繰り返し、過去の成功体験や失敗体験、幼いころのトラウマや環境、新人時代の上司の影響など、自分自身の思考がどんなバイアス、傾向、パターンを持っているのかをつかむことで、自己評価のギャップを埋めていくわけです。
たしかにそうした考え方は、転職にまつわるトラブルを減らしてくれそうです。
理想的な転職のタイミングとは?
ところで先にも触れたとおり、30代は現実を見つめるという意味でも、そして仕事やプライベートで大きな決断を下すためにも重要な時期。そこで参考にしたいのが、『30代最後の転職を成功させる方法』(井上和幸 著、かんき出版)です。
私は人材コンサルタント、ヘッドハンターという仕事を通して、8000人以上の経営者・幹部に対面してきました。転職市場の現場を見て、生の声を聞いてきたのです。そんな中で、「企業が欲しがる人の共通点」がわかりました。今回、私の知っていることをすべて、あなたに伝えようと思います。30代以降の転職市場をリアルに紹介し、それに沿った「現状で考えられる最適な方法」をご紹介していきます。(「はじめに」より)
では著者は、理想的な転職のタイミングについてどのように考えているのでしょうか?
ひとつの会社・職場にどれくらい在籍すればいいのかという問題については、当然ながら決められた年数や期間はありません。つまりは、任された職務をしっかりやり遂げていることがなにより大切だということ。いわば期間というよりも、中身が問われるわけです。
ちなみに30代、40代で転職経験が1、2回ある人は、一度もない人よりも評価される傾向にあるのだそうです。会社を変えて違う組織でなじみ、定着し、成果を上げた経験を持っている人は、企業からすれば、転職後に自社に早期定着できる可能性を感じさせるから。
逆に中堅や幹部になるまでの間に一度も転職経験がない人は、前職の成功体験や企業文化が染みついていて、新たな職場にフィットできない可能性があると判断される場合もあるのだとか。
「変われない」可能性は、転職市場においては、最もデメリットであると企業や経営者から忌避される事項のひとつです。(80~81ページより)
一方、2、3年ごとに転職を繰り返してきている人は、よほど大きな意識改革がない限り、また2~3年で転職することになるはず。30代、40代になってもなお2~3年ごとに転職を繰り返しているとしたら、将来的にきつくなって当然です。
もちろん転職が悪いという意味ではありません。しかし、安易な判断や甘えによってコロコロと職場を変えることは絶対にやめるべきだということです。
このように、転職についての考え方もさまざま。また、それ以前に、各人の実績や状況によっても「すべきこと」は変わってくるはずです。だからこそ、現在の自分の力量を客観的に判断し、冷静にことを進めていくべきなのではないでしょうか?
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。