悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、家を購入するべきか悩んでいる人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「市営団地に住んでいるが家を買った方がよいのか悩んでいる」(40歳男性/専門サービス関連)
たとえば「持ち家 賃貸」で検索をかけると、さまざまな「答え」がズラリと表示されます。しかし誰もが納得できるほど決定的な答えはなく、考え方や主張もさまざま。
年齢、立場、住んでいる地域などによって適切な答えは変わってくるでしょうから、ある意味では当然の話ではないかと思います。だからこそ、いつの時代にも人はこの問題について悩むことになるのでしょう。
ちなみに僕は、45歳のときに家を建てました。という話をすると、いろんな人から「家賃がないから楽でしょ」「お金のことで悩まなくていいんだから、うらやましい」というようなことをよく言われます。
が、とんでもない! 家賃がない代わりにまだまだ住宅ローンは続きますし、「本当に返済できるのか? 」という不安はまったく払拭できません。それほど甘っちょろいものではないということを痛感しているので、一概に「持ち家はいいぞー」なんて無責任なことは言えないのです。
かといって、「やっぱり賃貸がいいよ」と断言できるだけの知識を持ち合わせているわけでもないのですけれどね。つまり、この問題についての「正解」には行き着いていないのです。
そこで今回は、不動産屋さんが書いた3冊の本を参考にしながら、「部屋探しの方法」「家の買い方」「マンションの買い方」を探ってみたいと思います。
部屋探しで意識すること
まずは、部屋探しについて。参考書籍は、『奇跡の不動産屋が教える 幸運が舞い込む「部屋探し」の秘密』(鈴木誠 著、朝日新聞出版)。
住む部屋が変われば、ただそれだけで、必ず人生は変わる。(「はじめに 『部屋』を『人生』と言い換えてみる」より)
のっけからこうしたフレーズが登場しますし、以後も「部屋を決めることこそが、理想の人生を手に入れられるかどうかを左右する大切なこと」「あなたが住むその部屋こそが人生を変える」など、精神論的な話が続くので、この段階では少し戸惑うかもしれません。
しかし、ご心配なく。たしかに表現は少しばかりスピリチュアル寄りにも思えますが、それは不動産業を天職だと言い切る著者のキャラクター。つまりはそれだけ、不動産仲介という仕事に誇りと信念を持っているのです。
しかもその考え方には、「なるほど」とうなずきたくなるような説得力が備わってもいます。たとえば「住めば都」ということばがありますが、著者はこれを間違いだと思っているというのです。
住み慣れる、順応することはあっても、もともと「合わない」と感じた部屋やエリアを「都」だと思えるほど人間は合理的ではないように思います。逆に、「何がなんでもここで成功してやる」というような覚悟を持って、合わない土地や部屋で奮起することは不可能ではないかもしれませんが、それよりは「あ、この街好き」「この部屋なんか好き」と感じる場所にいた方が、日々気持ちよく生活できるというもの。元気もやる気もどんどん湧いてくるはずです。(33ページより)
それほど、「地域」の持つ力は大きいということ。そこで、「いまの収入ならどこに住めるか」ではなく「なにも制約がないとしたら、どこに住みたいか」から考えてみるべきだというのです。
これこそが、「部屋探しは、人生においての最重要課題」だと主張する著者ならではの根拠。部屋探しの書籍は少なくありませんが、このような「あまり話題にならないけれど、実はとても大切なこと」に注目している著者は限られているのではないでしょうか?
そういう意味でも、参考にしてみる価値は十分になるはず。ちなみに当然ながら精神論だけではなく、「不動産屋との関わり方」「部屋探しの方法」など実践的なことについてもしっかりとページが割かれています。
家を買うための損得勘定
さて、次にご紹介するのは『満足する家を買いたいならこうしなさい!』(近藤利一 著、自由国民社)。著者は愛知県の不動産会社の社長であり、「素人さんの為の不動産学校」という人気ブログを運営している人物でもあります。
家づくりは不動産投資ではなく、自分や家族が住む家ですから、結局のところ、幸せな暮らしができれば損得はあまり考えなくてもよいのかもしれません。ですが、人間は損得を考える生き物ですし、金銭的な損得以外にも、迷いや不安、恐れもあります。誰もが、損はしたくないでしょう。しかし、何千件も家の購入に立ち会ってきた私に言わせると、金銭的な損得感情を第一に考える人は、迷いと不安と恐怖に負けて、満足する家を買える確率は低くなり、逆に、家に住む人の幸せを第一に考える人は、満足する家に巡り会える確率が高くなります。(9ページより)
たしかにそのとおりだと思います。しかし著者は、これは極論だとも言うのです。本当の意味で満足する家を購入するためには、過度に金銭的な損得勘定と家に住む人の幸せな未来を想像することが必須になるのだと。
そのため本書にも、家を買うための損得勘定と、幸せに暮らせる家づくりの法則をぎっしり盛り込んでいるわけです。
先にも触れたとおり、「買うべきか、借りるべきか」という問題についての考え方は人によって違ってきます。そのため著者も「不動産というのは、絶対に買うべきものとは言いません」と書いています。
ただし、住宅ローンの金利、家の資産としての価値、家賃を払い続けながら貯金することの難しさなどを総合的に考えると、買ったほうがいいと思うのだそうです。加えてもうひとつ強調しているのは、「不動産は、基本的には人を幸せにするアイテム」だということ。
マイホームを購入し、住宅ローンを払い続けることは大変です。でも、家を買われたお客様は、皆さん、とても幸せそうな顔をしています。購入した方は、自分の家で生活し、子供を育てることができます。そして、ローンの返済が終われば、残った資産を次のライフスタイルに活かすことができます。(59~60ページより)
とはいえ不動産は、取得方法や使い方を間違えると、一転して不幸のアイテムになりかねないともいいます。だとすれば必要なのは、正確な知識。そこで、著者の豊富な経験が役立つわけです。
家を買おうと決めた方はもちろんのこと、まだ迷っているという方にとっても、参考になる内容だと思います。
マンション買うなら60㎡
ところで戸建ての家を買うという選択肢がある一方、マンションを買うという手段もあります。そこで最後に、マンション購入について知っておきたいことがまとめられた書籍をご紹介しましょう。
『マンションを買うなら60㎡にしなさい』(後藤一仁 著、ダイヤモンド社)がそれ。著者は、東京を中心として30年間にわたり、不動産の購入・売却・賃貸・賃貸経営のサポート、コンサルティング、セミナーなどを行ってきたという人物です。
1万2,000組以上の方々と対面個別相談を行い、6,000件以上の取引に関わってきたといいますが、そんな経験に基づいて「60㎡論」という考え方を生み出したのだそうです。
・60㎡前後(下限は住宅ローン減税が確実に適用される55㎡[約16坪]。上限は夫婦2人、子ども1人ならある程度余裕をもって暮らせる66㎡くらい[約20坪])
・都心、準都心の駅徒歩7分まで(エリアによっては徒歩5分)の利便性のよい立地。
・2001年以降完成
(「はじめに 『60㎡論』とは」より)
こうしたマンションを適正価格で購入すれば失敗が少ないという理由から、本書ではこの3条件を「60㎡論」としているのです。
「なぜ60㎡」なのかについての理由のひとつとして、著者は「無駄のなさ」を挙げています。70~80㎡にくらべて価格が手ごろであり、途中で売ることや貸すことになった場合でも、“守備範囲が広い”ため「売りやすく、貸しやすい」というのです。
しかも入居を希望する人たちは「夫婦2人」から「子ども1人の夫婦」に加え、「夫婦と小さな子ども2人」「シニア」「1人暮らし」「兄弟姉妹」「母子または父子家庭」などと広範。
一方、著者の経験上、「郊外や駅遠の80㎡以上の3LDK」など、専有面積が広い物件を購入した人の場合、「売るに売れない」という現実に直面することが多いのだとか。
そのため、一般的な収入・予算であっても、「購入するなら少しでも資産価値が保てる物件を買いたい」のであれば、「60㎡論」が現時点ではもっとも有効だということ。そこで本書では、その根拠や理由、物件の探し方、買い方、売り方などを詳細に説明しているわけです。
こうして3冊を比較してみてもおわかりのとおり、やはり「持ち家か、賃貸か」について誰にでも当てはまる公式はないようです。しかしそれは、さまざまなケースについて学び、自分に適したスタイルを探し当てればいいということでもあります。
そこで、自分自身にとってのベストな回答を見つけ出すために、まずはこの3冊をフラットな視点で読みくらべてみてはいかがでしょうか? そうすれば、きっとヒントが見つかるはずです。
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。