悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、職場で困った上司に悩まされている人のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「チームでの仕事をして、メンバーの負担を減らしたいが、上司が許してくれない」(53歳男性/専門サービス関連)

  • 上司との関係で悩んだときは(写真:マイナビニュース)

    上司との関係で悩んだときは


会社員時代のこと。僕自身は「上司が許してくれない」という状況に立った経験はないのですが、クライアントの会社で打ち合わせを繰り返す過程で「すごい上司」に遭遇したことがあります。

その社の広告をつくるため、担当者のAさんと打ち合わせをしているときでした。Aさんの上司であるBさんが上機嫌で現れ、笑顔でこう告げたのです。

「それは君たちの判断で進めていいから。決定権もAにあるということでかまわないよ」

いい仕事をしたいと思って打ち合わせを繰り返していた我々にとって、それはうれしいことばでした。特にAさんは上司に認められたことになるわけですから、うれしさもひとしおだったのではないかと思います。

が、なぜかAさんは浮かない顔をしていたのでした。しかしその数日後、広告の方向性が決まったころ、理由がわかりました。

Aさんと「じゃあ、これでいきましょう」と話をしているとき、Bさんが突然入ってきて資料を眺め、こう言ったのです。

「だめだよ、こんなんじゃあ。話にならない。やりなおし」

Bさんはそう言い捨てて、部屋を出て行きました。なにがだめなのか、どうすべきなのかには言及せず。

そして、Aさんはぼそっと口にしたのでした。「あの人、いつもこうなんですよ。『任せた』というくせに、土壇場になってひっくり返すんです」

なるほど、そういうことか。Aさんを気の毒に思いました。僕にとっては単発のトラブルですが、彼にとってそれは日常的なことだったということなのですから。

しかし現実問題として、上司の主観によって物事が決められてしまう状況はあるものです。今回のご相談もまさにそれにですが、部下にとっては切実な問題ですよね。

あなたの上司は何タイプ?

『上司が壊す職場』(見波利幸著、日経プレミアシリーズ)の著者は、メンタルヘルス関連の研修を中心に開発・実施しているという産業カウンセラー・キャリアコンサルタント。企業の従業員と地方自治体の職員を対象とした相談業務やカウンセリング、スーパーバイズや職場復帰支援も行っているという人物です。

つまり本書においてはそのような経験をもとに、「職場を壊す上司」のタイプを紹介しているわけです。

すべて実例がベースになっているため、とても具体的な内容。そのため、「うちの上司はこのタイプかもしれない」というケースを見つけやすいはずです。

ところで今回のご相談者さんの上司ですが、本書の2章「部下の感情がくみ取れないーー機械型」に出てくるB氏のようなタイプなのではないでしょうか?

会社としては、B氏の豊富な経験を活かし、今後はメンバーをまとめる仕事をしてもらおうと期待して、課長に任命して様子を見ることにしたのです。しかし、課長になったB氏は、マネジメント業務には一切関心を示さず完全放任、部下が何の仕事をしているのかもほとんど把握しておらず、部下との会話すらもまったくありません。(中略)B氏は、管理職の適性がないキャラクターだったようです。つまり、「周囲との関わりが気迫で部下との人間関係がうまく築けない、自分の興味のあることしかやりたくない、まったく融通が利かない」ために、職場が機能不全になってしまうのです。本書では、このタイプの人を「機械型」と呼びます。(48~49ページより)

  • 『上司が壊す職場』(見波利幸、日経プレミアシリーズ)

    『上司が壊す職場』(見波利幸著、日経プレミアシリーズ)

機械型の上司は自分の好きな仕事に集中してしまうため、基本的には部下のことにも、現場で進められている仕事にも全体的な関心は高くないのだそうです。

ただしマネジメントそのものに関心を持った機械型上司は、部下の気持ちを考えずに細かなことまで把握・指示するなど、過干渉型の管理をしたがるもの。

上司がもしこのタイプだったとしたら、部下はかなりのストレスを受けることになるでしょう。しかし、上司には細かな報告をして指示を受け、その指示を(表向きには)逸脱しないように働くことが大切だと著者は言います。

また自分を守るためには、なにを言ったり、やったりすると相手が起こるのかを見きわめ、対応していくことが重要なポイント。

他にも、「激情型」・「自己愛型」・「謀略型」とさまざまなタイプの上司の傾向が解説されていますので、参考にしてみるといいかもしれません。

今回のケースの場合、まず大切なのは、このように上司の傾向をつかむことであるはず。しかし、そこから先は、とにかく「説得」することに集中する必要がありそうです。そこで、そのために役立ちそうな2冊をご紹介したいと思います。

上司を説得するうえで大切なものとは

『相手の「絶対に譲れない!」を「OK!」に変える 説得の極意』(河瀬 季 著、大和書房)は、「元エンジニアの弁護士」というちょっと変わった立場から「説得」する術を紹介している書籍。

ビジネスの場においては今回のご相談のように、上司を納得させられなかったり、ミーティングの議題が堂々巡りになってしまったりするようなことはあるもの。どれだけ優れた意見を持っていても、特殊なスキルを備えていても、それだけで結果に結びつくことはないわけです。

価値観の異なる様々な人と接し、仕事をしていくなかで最も重要なのは、相手と交渉し「説得する力」なのです。(「はじめに」より)

そこで本書では、弁護士としてあらゆる人間関係の調整をしてきた実績を軸として、心がけていること、実践していることをまとめているのです。

  • 『相手の「絶対に譲れない!」を「OK!」に変える 説得の極意』(河瀬季、大和書房)

    『相手の「絶対に譲れない!」を「OK!」に変える 説得の極意』(河瀬 季 著、大和書房)

ところで著者はここで、信頼関係の重要性を強調しています。理想的なのは、相手側の提案、考え方を把握し、それに対する妥協案を提出すること。とはいえ、交渉相手が自分や自分の周囲についても、交渉の案件についても語らないことがあるかもしれません。

そんなときに大切なのは、それまでの経緯、問題点を語ってもらうことだという考え方。

つまり、「脱中心化」を意識してあなた側の事情、利益、考え等をひとまず脇に置き、相手の事情、利益、考え等を傾聴しましょう。相手が自分の趣味について語っていたのを聴き入るのと同じ態度で、同じように熱心に傾聴しましょう。(中略)つまり、「無条件の肯定的関心」(受容)を寄せ、「共感的理解」(共感)をし、「相手との信頼関係」(ラポール)を築こうとすればいいのです。(127ページより)

なお話題がその日の天候や季節、趣味や暇な時間の過ごし方、服装についてであっても、交渉の案件であっても、態度を変える必要はなく、変えてはいけないといいます。

フラットな状態にすることによって相手の心が開き、そこに交渉の余地が生まれるわけです。

人を動かす「伝え方」とは

私は年間200件のセミナーや企業研修を行い、経営者やリーダー、マネジャーのみなさんを中心に、「伝え方」についてお教えしています。その中でいつも言っているのが、「伝わるだけでは意味がない!」ということです。相手が話を聞いてくれても、それであなたの意図が伝わったとしても、相手が期待通りに行動してくれなければ意味がありません。

『期待以上に人を動かす伝え方』(沖本るり子 著、かんき出版)の冒頭には、このように書かれています。思いを伝えた結果、企画が通り、プロジェクトが進行してはじめて、本当の意味で成果が出るということ。

そこで本書では、人を動かしたい方のために、「ちょっとした伝え方のコツ」を明かしているのです。

  • 『期待以上に人を動かす伝え方』(沖本るり子、かんき出版)

    『期待以上に人を動かす伝え方』(沖本るり子 著、かんき出版)

著者によれば、人が動き出す3つのコツがあるのだとか。

(1)言いたいことは濁さない
(2)言葉の使い方を工夫する
(3)相手の感情をマイナスにしない
(72ページより)

遠回しに言葉を濁したりせず、ちょっとした言葉の使い方にも気を使い、(イライラさせてしまうなど)相手の感情をマイナス方向に向かせないように気をつけながら伝えれば、相手が動き出す可能性が高くなるということ。

ちょっとしたことではありますが、しかし忘れるべきではないポイントではないでしょうか?


冒頭のBさんがそうであるように、部下の気持ちを理解しようともしないモンスタータイプの上司はいるものです。しかし接触を避けることはできませんし、かといって好きなようにやらせているだけでは周囲との軋轢が深まっていくだけでしょう。

そこで、とにかく伝える努力をし、説得することが大切なのではないでしょうか。楽ではないでしょうし時間もかかるでしょうが、地道に続けていけば、いつか突破口が見えてくるものだと思います。

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。