悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「人前で話せないこと」に悩む人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「人前に立つと声が出なくなる」(40歳女性/IT関連技術職)
もう8カ月ほど前のことになりますが、この連載で自著『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(印南敦史著、日本実業出版社)をご紹介したことがあります。
それは「コミュ力の高い人がうらやましい。どうやったら会話力が上がりますか?」というご相談にお答えするためだったのですが、同書でも触れたことがある重要な考え方が、今回のご相談にもあてはまると思います。
「人前に立つと声が出なくなる」理由について。
言うまでもないことですが、人前に立つと声が出なくなるのは、多かれ少なかれ緊張しているからです。緊張するあまり「相手からヘンに思われたらどうしよう」とか「うまく話せなかったら恥をかいてしまう」というようなことを考えてしまう。だから緊張が高まり、どんどん声が出なくなってしまうわけです。
ただし、ここに無視すべきではない重要なポイントがあります。
「自分が思っているほど、他人は自分に興味を持っていない」ということ。
おどおどしていようが、話が下手であろうが、噛みまくってしまおうが、そこで焦るのは自分だけ。少なくとも相手にとって、そんなことはどうでもいいというわけです。
それどころか、「トークは上手だけど中身がない人」より「話はうまくないけど、熱意が伝わってくる人」の話のほうが相手の心を打つというケースも少なくありません。
ちょっと冷たい表現を用いるなら、つまりは自意識過剰だということ。
たとえば仕事の打ち合わせの場で相手が求めているのは「話の内容」であり、「話のうまさ」ではないのです。話が下手でも、内容がよくて、クライアントがそれに納得できれば、商談は成立するのです。
だから、まず大切なのは、「みんな同じようなものだ」と思うこと。僕はそう思います。
さて、きょうご紹介する3冊の著者は、どう考えているのでしょうか?
人前力を身につける
『人前で話すことが楽になる 人前力 33のルール』(山本秀行著、日本経済新聞出版社)の著者は大手企業の社員研修講師として活躍している人物ですが、もともとは人前で話すことが苦手だったのだそうです。
だから、人前が苦手な人の気持ちはよくわかるといいます。しかしその一方、現代においては「人前に立つことが苦手だ、嫌だ」と言っていられない状況があるとも指摘しています。
「パーソナルブランド」「自分ブランド」の価値が重要な意味を持つというのです。
ビジネスパーソンに、組織人としてではなく個人としての能力や経験、そのパーソナルブランドが問われてきている時代なのです。
このような時代だからこそ、個人はその能力や経験、さらには考え方や思いをしっかりと他者に伝えなければならない場面が増えてきているのです。(「まえがき そろそろ、人前でちゃんと話せる自分になりませんか」より)
だからこそ、<人前力(ひとまえりょく)>を身につけることが重要だという考え方。
たしかに、そのとおりなのでしょう。でも人前に立つのが苦手だという方は、こう主張されると「わかってはいるけど……」と思われるかもしれません。なんだか、とても難しそうだからです。
でも、決して難しいことではないようです。それどころか、「すべてのコミュニケーションは、<人前力>を鍛えるチャンス」なのだというのです。
・出社時の「おはようございます」の挨拶。
・上司へのちょっとした報告。
・部下への仕事の指示。
・お客様との電話のやりとり。
・名刺交換。
・同僚をランチに誘うこと。
・トイレや給湯室でのちょっとした立ち話。
(34ページより)
こうした普段のコミュニケーションも、相手に対して自分の思いを伝える機会であり、<人前力>を鍛えるチャンスだということ。しかも、すべてを一度に完璧にこなす必要はなく、自分で気になるところから取り組んでいけばいいということです。
また、緊張のあまり汗をかいてしまうという人にとっては、「汗をかいたら、拭けばいい」というシンプルな考え方も参考になりそうです。たしかに、そのとおりですからね。
話は1つしか伝わらない
一方、「自己紹介」の重要性を強調しているのは、『なぜあの人は人前で話すのがうまいのか』(中谷彰宏著、ダイヤモンド社)の著者です。初対面の人が何人も集まったときには、誰かが全員を紹介する「他己紹介」よりも、それぞれが自己紹介したほうが早いということ。
自己紹介はたかだか1分です。
自分が何十年生きてきたことを1分では表現できないと思い込むのは大間違いです。
1分で十分です。
その1分で相手にどう覚えてもらうかです。(23ページより)
なるほど、その程度のことだと考えることができれば、自己紹介のハードルは一気に低くなりそうです。そして、そんな自己紹介を習慣化し、慣れることができれば、いつしかコミュニケーションに関する悩みも解消できるのかもしれません。
ところで自己紹介では、つい「カッコいいこと」や「立派なこと」を言おうとしてしまいがちです。しかし自分のビジョンが伝わるように、もしくは映像をイメージさせながら語るためには、「1分間でなにを切り捨てるか」が重要なのだと著者は主張しています。
話は1つしか伝わらないので、「1つ、なんのエピソードを語るか」が重要だということ。なぜなら、エピソードだけが印象に残るから。
また、著者がもうひとつ強調しているのは、自己紹介がうまくいかなかったとき、緊張のせいにしないこと。リラックスしていたらうまく言えるというわけでもなく、緊張のせいにすると、すべてのことを反省しなくなるということです。
緊張のせいにすると、すべてのことを反省しなくなります。
「緊張したから」という言いわけは、自分を甘やかす言葉です。
緊張しなければ言えるというのは、証明などできません。
緊張しようがしまいが、家でじっくり書いて準備してでも、できるようにしておけばいいのです。(28ページより)
要は、「緊張する」という状態に対してナーバスになりすぎる必要はないのでしょう。
人は自分に関心がない
その「緊張」については、『リラックスのレッスン』(鴻上尚史著、大和書房)の著者も触れています。緊張したときにいちばんやってはいけないのは、「リラックスしよう」と思うことだというのです。なぜなら、そう思うとますます緊張し、あがってしまうから。
そもそも緊張することは、人間にとってとてもナチュラルな反応。しかも適度な緊張は、かえっていい結果をもたらすこともあるのだといいます。だから緊張すること、あがってしまうことを恥ずかしがったり、落ち込んだりする必要はないということです。
あなたを緊張させる原因は、「自意識」と呼ばれるものです。
自意識とは、「自分はどう見られているだろうか」「自分はうまくやれるだろうか」「自分は笑われないだろうか」という、自分に対する意識のことです。
これが、あなたの身体を強張らせ、あなたの意識を混乱させるのです。
「自意識」のやっかいなところは、「啜れよう」とか「気にしないようにしよう」と思えば思うほど、大きくなっていくことです。(54ページより)
だとすれば、考え方を変えてみれば改善の余地はありそうです。そして、そのために意識すべきこととして、著者は先ほど僕が書いたことと同じ主張をしています。
本人が気にするほど、周りの人はその人を見ないのです。(中略)
みんな、自分自身に一番関心があって、他人にはそんなに関心がないのです。
自意識にまみれている人は、「みんなが私を笑っている」「みんなが私を見ている」と思っていますが、見ていません。(62ページより)
そう考えてみると、とたんに気持ちが楽になりませんか? 「人は自分に関心がない」ということを理解し、そして必要以上に自分をよく見せようとしないように心がける。
それだけで、きっと人とのコミュケーションは楽になっていくのではないかと思います。
もちろん、考え方を変えるだけで一気に問題が解決するわけではないでしょう。でも、それを習慣化していけば、いつか必ずその悩みを乗り越えることができると思います。
「元コミュ障」の僕が言うのですから、間違いないはずです(笑)。
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。