悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「つねに不安」「心が折れそう」な人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「つねに不安で、心が折れそうな状態から抜け出せない」(27歳女性/サービス関連)
誰にも不安はつきものですが、気遣いが必要なサービス関連のお仕事となると、ストレスからくる不安はさらに大きくなりそうですね。そうでなくとも20代後半は、なにかと将来の不安に悩む時期でもありますし。
とはいえ"心が折れそうな状態"のまま放置しておいた結果、本当に心が折れてしまったのでは大変です。少しでも楽な状態でいられるように、ビジネス書のなかからヒントを見つけてみるのもいいかもしれません。
ストレスフルでも心の健やかさを保つには?
そこでまずご紹介したいのが、ストレスマネジメント専門家、公認心理士であり著者による『「なんとかなる」と思えるレッスン』(舟木彩乃 著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
本書の中心にあるのは、「首尾一貫感覚」。聞き慣れないことばかもしれませんが、これは「ストレスが高い状況にあっても、それにうまく対処して、心の健やかさを保てる力」を意味するのだそうです。
つまり簡単にいえば、「大変な仕事やしんどい人間関係、ストレスフルな出来事があったとしても、明るく健康に生きる力」ということになるのでしょう。
なお、首尾一貫感覚は、次の3つの要素(感覚)からなるそう。
・把握可能感(だいたいわかった)――自分の置かれている状況や今後の展開をある程度、把握できると思うこと
・処理可能感(なんとかなる)――自分にふりかかるストレスや障害にも対処できると思うこと
・有意味感(どんなことにも意味がある)――自分の人生や自分自身に起こることにはすべて意味があると思うこと
(38ページより)
これら3つの感覚は、それぞれ別々にあるわけではなく、お互いを補完し合うようにつながっているものだといいます。それは、比較的理解しやすいことではないでしょうか?
たとえばアクシデントやつらい出来事があったりしても、「いま起きている出来事をだいたい理解できている、この先なにが起きるか、ある程度は予測がつく」と「把握可能感」を持つことができれば、「(把握できている範囲内で)なんとかなるだろう」という「処理可能感」を持つことが可能。
また、「処理可能感」は人脈や地力、お金、権力、地位など困難を乗り越えるための「資源」を活用することで持つことのできる感覚。それを実際に活用することで、現状を把握したり、今後の展開を予測することができ、「把握可能感」を高めることも可能になるわけです。
その一方、「自分自身に起こる出来事は、それがどんなことであったとしても意味がある」という「有意味感」を持てれば、「この経験は、私の人生にとって大きな意味があるものになるだろう。だからなんとかしよう」といった「処理可能感」を持つことにつながっていくのです。
例えば、重要な取引先を担当することになってストレスフルな状況で働いているとしても、「取引先の要求は大変だが筋は通っている。大変でも、この取引先の担当は1年間なので、何年も続くわけではない」と、ある程度現状や今後の成り行きを把握できれば(把握可能感)、「まあなんとかなるだろう」と思えるようになり(処理可能感)、少しは心に余裕がもてます。(45ページより)
ここまでが、把握可能感と処理可能感のプロセス。そして、それは次のように処理可能感へと続いていくようです。
「1年間この取引先を担当できれば、営業職として成長もできる」と意味を感じられれば(有意味感)、「あの取引先が納得できるような提案ができるように勉強しよう」と、把握可能感を高める行動に出ることができます。また「前任者である先輩にきいてみよう」と人脈を活用して「なんとかなるだろう」という気持ちにつなげることができます(処理可能感)。(45〜46ページより)
このように首尾一貫感覚を構成する3要素は、お互いにつながって影響しあっているものだということ。したがってこれらを活用すれば、不安をも有効に活用することができるわけです。
また、ここでは営業職が例に挙げられていますが、当然のことながらそれはどんな職種にも当てはまることでもあります。そこで、まずはこの首尾一貫感覚を取り入れてみてはいかがでしょうか?
「不安」は武器、受け入れて前向きに
『「不安」があなたを強くする 逆説のストレス対処法』(堀田秀吾 著、日刊現代)の著者は、もともとコミュニケーションに関する研究を、言語学、心理学、脳科学などの立場から行ってきた人物。
ここ10数年は心と体の「元気」をどう整えるかを研究しており、とくに「どういうアクションを実践するとQOL(Quality of Life)が上がっていくのかということに関心を抱いているといいます。
本書は、そういった関心事を「逆説的」という視点からまとめたもの。なぜ逆説的かといえば、巷で信じられている常識は、たとえそれが科学的な根拠に基づいたものであったとしても、"盲信"するべきではないから。科学への盲信はとても危険であるため、バイアスにとらわれず、批判的な視点を持つことも大切だという考え方です。
もちろんそれは、今回のご相談の確信部分である「不安」についてもいえること。
人はなにかと不安を覚えてしまう生き物であり、基本的に苦しいことであるからこそ、不安を持つことは否定的に捉えられがちです。しかし不安を抱くのはおかしいことではなく、本能であり、生きている証でもあるはず。だからこそ、自信を喪失する必要はないのです。
「不安は万病のもとである」などといわれることもありますが、実際には重要な本能であると著者は述べています。不安があるから、危険に対する準備がしやすく、日常のわずかな変化や違和感にも気がつきやすいのだと。
したがって、不安を必ずしも「ネガティブ」なものと捉えず、「武器」と考え、上手につきあっていくことも大切だということ。
「不安が強い人ほど交通事故の死亡率が下がる」といったデータもあるようですが、つまり不安は注意深さを補助する危険察知レーダーのような役割をしているわけです。
ハーバード・ビジネス・スクールのブルックスの研究においても、「不安な状態からリラックスした状態に落ち着かせるよりも、不安な状態からワクワクに移行したほうがパフォーマンスが上がる」ことが立証されているといいます。
研究では、のべ400人以上の被験者に対して、見知らぬ人の前で歌わせたり、ビデオカメラの前でスピーチをさせたり、計算問題を解かせたりといった緊張状態で行いました。その際、
私は不安だ
私はワクワクしている
私は落ち着いている
私は怒っている
私は悲しい
という具合にいくつかのパターンで比較をしたのですが、②の被験者は相対的にもっとも良いパフォーマンスを見せました。(17〜18ページより)
「落ち着こう」「自分は大丈夫だ」とリラックスさせるより、「この状況にワクワク(興奮)する」と自らを奮い立たせたほうが効果的。そのため、無理にプラス思考になる必要もないということが研究で立証されたわけです。
人間が不安から逃れられない以上、拭い去ろうとするよりも、不安を受け入れて前向きになったほうがいいということ。これもまた、さまざまな方の日常に応用できることであるはずです。
「自己効力感」を高める習慣
『心を立て直すヒント』(植西 聰 著、青春出版社)の著者は本書のなかで、「自己効力感」を高めるべきだと主張しています。これは、「自分自身にはいまの現状を変え、いい方向へ持っていけるだけの能力がある」という自身の感情を意味することば。
不安な状態にある以上、いきなり自己効力感を持つことは難しいかもしれません。しかしそれを持てるようになれれば、精神的な立ちなおりも早いようです。
なお自己効力感を高める方法として、著者は次のことを挙げています。
*日常生活の中で、「小さな目標を着実に達成していく」という経験を積み重ねていく。
*自分を元気にしてくれるような、肯定的な言葉をたくさん使うように心がける。(94ページより)
「『明日は朝6時に起床する』と決め、そのとおりに目ざめる」など、達成するべき「小さな目標」はなんでもOK。ことの大小ではなく、自分の生活のなかで「目標を立て、それを実行する」ということを習慣にすることが大切で、その積み重ねが自己効力感を高めていくわけです。
今回のご相談でいえば、『「なんとかなる」と思えるレッスン』の著者が教えてくれた「首尾一貫感覚」を念頭に置きつつ、『「不安」があなたを強くする』がいうように「この状況にワクワク(興奮)する」と自らを奮い立たせたうえで、「小さな目標」を実行してみる。そうすれば、確実に状況は好転するのではないでしょうか?
少なくとも、試してみる価値は充分にありそうです。なにしろ、決して難しいことではないのですから。