悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「つい自己主張しすぎてしまう」人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「相手の話を聴く前に、つい自己主張しすぎてしまう」(29歳男性/企画関連)
決して悪気があるわけではなく、ましてや「目立ちたい」というような自己顕示欲が前に出すぎているのでもない。なのに、ついつい自己主張を優先してしまうーー。
ご相談者さんに限らず、そんな方は決して少なくないように思います。
おそらくは、「伝えたい」という気持ちが人より強いからなのではないでしょうか。
ともあれ、そんなところからも推測できるように、そういうタイプは多くの場合、基本的にまじめで、正義感が強いように見えます。僕の個人的な感じ方にすぎないかもしれませんが、きちんとしているから、「きちんと伝えなければ」と考えすぎてしまうのではないかと思うのです。
しかし、よくいわれるように、本来であれば「伝えたい」ときこそ「聴く」ことを優先すべき。相手の話を聞いてからでないと、こちらのフラットな主張は成り立ちませんし、「聴いてもらえた」という実感が持てれば、相手だって「次は自分が聴く番だ」という気持ちになれるはずだからです。
「聴き方」でよりよいコミュニケーションを
そこでまず参考にしたいのが、『アサーティブ・コミュニケーション』(戸田久美 著、日経文庫)。著者によればこれは、「お互いの立場や主張を大切にした、自己主張・自己表現」のこと。
1950年代に、アメリカの心理学者ジョゼフ・ウォルピが開発した「行動療法」という心理学療法のひとつ。開発された当時はおもに、自己表現が下手で社会的な場面が苦手な人や、対人関係がうまくいかないことで悩んでいる人のカウンセリング法として実施されていたのだとか。
そこで本書では、相手に対して心のなかで対等な向き合い方ができているのか、思い込みに影響されたり、ゴールを見失っていないかというマインド面についても取り上げているのです。
特筆すべきは、著者が「相互信頼」の重要性を強調している点。相手と対等な気持ちで向き合うことが、良好なコミュニケーションには欠かせないということです。
この部分が今回のご相談ともつながっていくわけですが、要するに、ただ一方的に自己主張するだけでは信頼関係など築けないということ。むしろ、話すことよりも、相手の話に耳を傾けることが大切だという考え方です。
ならば、よりよいコミュニケーションをとるためには、どのような聴き方をすればよいのでしょうか?
・相手に身体を向ける
・必要なところでアイコンタクトをとる
・最後まで相手の話に耳を傾ける
・適度な相槌を打つ
(80ページより)
つまり話を聴くということは、ただ声を聞くだけではないということ。相手に、自分が話を聴いていることがわかるように表現できることが大切だというわけです。
そんなの当たり前だと思われるかもしれませんが、じつのところ、無意識のうちに相手に話しにくい印象を与えていることも多いもの。
腕組みをしたり、頬杖をついたり、椅子の背もたれに完全にもたれかかったり、眉間に皺を寄せていて表情が怖かったりなどということを、自分でも気づかないうちにしてしまうがちなのです。
同じく、ペン回しや貧乏ゆすりなどの気になる動きや、資料を見ながら、パソコンやスマホの操作をしながら話を聞く「ながら動作」にもあてはまることでしょう。
いずれにせよ、そう考えると、普段、聴くということに対して無頓着な人は意外と多いことがわかるわけです。
電話やオンラインの画面オフでの対話で姿が見えない状況であればなおさら、適度に相槌を打つことや、聴いているという表現をすること、相手に身体全体が見えなくても、どこかで反応を返すことは、コミュニケーションの基本です。
よく「8割聴いて2割話す」と言いますが、とくに相談を受けるときや、ヒアリングをするときは、相手の話を聴くのが8割、自分の話をするのが2割ぐらいの割合を目安にするといいでしょう。会話や対話、議論をする場合は、5:5でもいいかもしれません。(81〜82ページより)
その場の目的によって「話す・聴く」の割合を意識しながら、基本的には「聴く」ことを優先すべきだということ。
一時的に自分の気持ちを横に置く
『よくわかるアサーション 自分の気持ちの伝え方』(平木 典子 著、主婦の友社)の著者もまた、「アサーティブに聞くことが相手の話を引き出す」と主張しています(ちなみに、本書における「アサーション」とは「アサーティブ」と同義)。
先に触れたことともつながりますが、人は本心では「自分のことをわかってもらいたい」「気持ちを知ってほしい」と思っているものだからです。
相手の言いたいことや訴えたい気持ちをきちんと聴くという行為は、決して「ただ、きいている」という受動的なことではありません。それは、積極的で能動的なことなのです。(112ページより)
話し上手な人であったとしても、話が複雑だったり、気持ちが不安定だったり、頭が混乱していたりする場合は、うまく話せなくなってしまうことはあります。そんなとき、聴き手が「理解しよう」という態度でじっくり話を聴くことは、相手(話し手)にとっての大きな助けになるのです。
「聴く」とは、相手のことばの奥にあるものや、ことばにできていないものまでをも受け止めようとする姿勢や態度を持つこと。それは、相手の立場に立って、相手の見方から、相手の思いを理解しようとする共感の表現です。
いいかえれば、話をしていてなによりうれしいのは、共感のこもった相づちやことばだということです。
意識して、それを声に出してみましょう。「へえー」や「ふ〜ん」でもよいのです。タイミングやその声の調子で、驚いていたり、楽しんでいるのが伝われば、相手は「もっと話してみたいな」という気持ちになるでしょう。 ときには、相手の「〇〇なんですよ」という言葉を「〇〇なんですね」と繰り返すだけでも、大きな効果があります。(112ページより)
前述したとおり、アサーティブな聴き方とは、相手の立場に立って気持ちをわかろうとすることですが、そのためには一時的にでも自分の気持ちを横に置くことが必要。別な表現を用いるなら、自己主張にはフタをしておくべきなのです。
アサーションには、お互いが自分を表現することで相互に共有できるものを発見するという性質があります。 同時に、「聴く」ときは、「相手のことを自分は知りたい」わけなので、心の中に相手を快く迎え入れる空間をつくることが必要です。それが、アサーティブな聴き方だと言えるでしょう。(113ページより)
たしかに、きちんと聴いてくれる人には弱音や本音を明かしたくなるもの。アサーティブな聴き方をしているからこそ、相手は「この人になら話してもいいかな」と感じるのでしょう。
だから、それをしっかり受け止めることが大切。つまり、誠実に耳を傾けるのです。そうすれば相互理解が生まれますから、こちらの話も聴いてもらいやすくなるわけです。
相手の好感を勝ち取ることが重要
ところで『人の心は一瞬でつかめる』(ジョン・ネフィンジャー、マシュー・コフート 著、熊谷小百合 訳、あさ出版)の著者は、コミュニケーションの重要な概念として「輪(サークル)」があると主張しています。
世界は輪の「内」と「外」に二分されており、輪の内側に入らない限り、誰もあなたの話を聞いてはくれないのです。 したがって、まずは相手の「輪」の中に入ることを最優先しなければなりません。(205ページより)
これもまた、「伝える」ために覚えておいて損はないと考え方ではないでしょうか?
しかし「輪」に入るためには、相手がどうしてほしいと感じているのかを知る必要があるのも事実。
聞き手が本当に求めているのは、あなたが「自分と同じ目線に立った人間」であるという確信です。つまり、「輪」の中に入るには、聞き手に対して深い「共感」を示し、相手の感情を肯定してやればいいということになります。(204ページより)
共感する姿勢や「温かさ」のアピールが強力であればあるほど、私たちのことばはより大きな説得力を持つようになると著者は述べています。
聴き手の指示を得たいのであれば、論理的な主張を展開するよりも、相手の好感を勝ち取ることのほうが重要だということ。そういう意味でも、自己主張することより、聴くことによって近づくことのほうが大切だといえるのでしょう。