悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「仕事相手の名前がなかなか覚えられない」人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「仕事相手の名前がなかなか覚えられない」(38歳男性/企画関連)
「あーっ、おひさしぶりです! お元気でしたか?」
うれしそうな表情で近づいてきてくださった方に、「あー、どうも! なんとかやってます」などと微妙な笑みを浮かべつつ答えたものの、じつは心のなかで「えっと……この人誰だっけ?」と冷や汗をかいていたり……。
そんな経験が自分にも幾度となくあることを、まずは白状しなくてはなりません。
それどころか、ときには日常的に会っている相手の名前を瞬時に思い出せなかったりするケースも。そんなときには、「記憶力が落ちたのかなあ」と不安になってしまったりするものですよね。
いずれにしても、自分にもあてはまることが少なくないからこそ、今回のご相談についても強く共感できるのです。
もちろん、瞬時に相手の名前を思い出せなかったからといって、その人のことを軽く見ているというわけではありません。でも困ったことに、相手が自分にとって重要な人であるか否かに関係なく、そういうことは起こってしまうものでもあるわけです。
とはいえ、いつまでも適当なリアクションでごまかし続けるわけにもいきません。最悪の場合、相手の気分を害することだってありえるのですから。そこで、いつ、どこででも起こりうるそうした状況に対処するべく、この問題についての対処策が紹介されたビジネス書を3冊ご紹介したいと思います。
相手の名前を呼ぶ
ビジネスシーンにおいて、相手の顔と名前を覚えるのはたしかに難しいこと。けれど、少なくとも社名と顔は結びつきやすいものなのではないか?
『40代からは「記憶法」が変わります』(菅原洋平 著、三笠書房)の著者はそう指摘しています。
たとえば交渉する対象が相手の会社である場合は、社名をしっかり記憶できているはず。そんなことからもわかるように、自分の目的に合致するところは記憶に残りやすいわけです。
顔と名前を覚えるのが苦手である原因のひとつに、"相手の名前を覚えることの重要度が低い"という点があるようです。なるほど、顔と名前を覚えることが仕事をするためにそれほど重要でないなら、無理に覚えようとする必要はないはず。そもそも脳の記憶容量は限られているので、自分にとって大切なことにその要領を費やすべきだというわけです。
でも、重要度の高い相手だったら?
顔と名前を覚えておくことが重要な方は、名刺交換をするときに、相手の名前を復唱しましょう。「○○さん、よろしくお願いします」といった感じです。顔だけで記憶せずに、一度発声して「体の記憶」に変換しておけばいいのです。(161ページより)
さらに、そのあとの会話でも「ここまでは地下鉄で来ました。〇〇さんも普段地下鉄移動が多いですか?」というように、相手の名前を織り交ぜるようにすることがポイントのようです。
もちろん、慣れない相手の名前を呼ぶのですから、多少のプレッシャーは感じてしまうかもしれません。最初のうちは、間違ってしまう可能性も否定できないでしょうし。
けれども、「間違っていたら失礼だから」と名前を呼ぶのを避けていたところでなんの解決にもなりません(気持ちは一時的に楽になるかもしれませんが)。
相手の名前を間違ってしまったら、初対面で名刺交換なら笑顔で訂正してくれるはずですし、間違えればその後は確実に記憶に残ります。名前を呼ぶことで相手とも打ち解けやすくなるので、ぜひ、早い段階で名前を呼ぶようにしてください。(161〜162ページより)
そしてビジネスにおいては、「相手に自分を覚えてもらう」こともまた重要。現代のような情報化社会では、自分と同じような立場の人間はたくさんいます。そのため、自分から相手にアクセスするだけではなく、相手が自分にアクセスしてくる関係を構築することが大きな意味を持つということです。
そのためには、名刺交換の際にひと言でも、自分のミッションを述べましょう。「○○と申します。弊社は○○や○○などのサービスが得意ですが、私はとくに○○が社会に役立つと考えています」
という感じです。(162ページより)
相手になにかを伝える際、会社員の場合は会社の説明だけで終わりがち。しかしそれでは「会社にやらされている感」が残り、"その会社の誰が来ても同じ"という程度の記憶になってしまいます。そこで、相手に積極的に動いてもらうためにも、自分からアプローチをすることが重要だということです。
相手の名前をくり返す
『「名前が出ない」がピタッとなくなる覚え方』(宇都出雅巳、マガジンハウス)の著者によれば、そもそも人の名前は「トップクラスで忘れやすい」もののようです。
その原因のひとつは、「あまりくり返さない」から。
いわれてみれば、たしかにそのとおりかもしれません。日常生活やビジネスの会話において、相手の名前を声に出して呼ぶという状況は意外と少ないのですから。
とくに相手が目の前にいる場合、日本語では主語を省略するのが一般的。名前を省略したとしても、話は滞りなく進んでいくものです。けれども、(大事なのに)くり返さないから記憶に残りにくくなってしまうわけです。
では、どうすれば忘れないようになるのでしょうか? この問いに対して、著者は3つのポイントを挙げています。
まず当然ながら、最初に意識すべき基本は「くり返し」。それが、名前を忘れないためのいちばんの近道だということです。
打ち合わせの最初は、
▶︎「○○さん、今日もよろしくお願いします」
スケジュールの確認は
▶︎「明日、○○さんの空いている時間はありますか?」
(44ページより)
このように、目の前に本人がいるときに何度も名前を呼べば、格段に記憶に残りやすくなるわけです。
2つ目は、名前という文字データを絵にすること。そうすれば、格段に覚えやすくなるというのです。どういうことでしょうか?
▶︎柳沢さん→柳の木→柳沢さんの頭から柳の木が生えて、ふわふわ揺れている
▶︎寺島さん→お寺→寺島さんの頭の上でお坊さんがお経を読んでいる
(45ページより)
つまりはその人の顔に、その人の名前から連想できるイメージを貼りつけておくということ。多少の違和感も感じますが、そうすれば次に会ったとき、そのイメージが名前を思い出す糸口になるようです。
そして最後に著者がすすめているのは、相手の下の名前を、「その由来」を聞いて覚えること。
下の名前は、名字(姓)より、覚えやすいものです。名字は自動的についてくる単なるデータですが、下の名前(名)は違います。下の名前はその人の両親や祖父母などがその人のことを思い、考えてつけられた「意味のある言葉」。
なので、下の名前を覚えるのにもっとも効果的な方法は、その名前にまつわる物語を覚えること。つまり、名前の由来を聞くことです。(45ページより)
ビジネスシーンにおいても、相手の下の名前の由来を聞くことは、相手との関係を深めたいときに役立つそうです。試してみるのもいいかもしれません。
状況を誇張して印象的なものに
『記憶力がいままでの10倍よくなる法』(栗田昌裕 著、三笠書房)の著者もまた同じように、初対面の相手の名前を正確に覚えるユニークな方法を明らかにしています。
ここですすめられているのは、「状況を誇張して、楽しく印象的なものにすることで記憶の効率を高める方法」である「誇張法」というテクニック。
たとえば、なにかの会合で人名をその場で覚える場合は、このようにするといいそうです。
眼鏡をかけた栗山氏を記憶するとします。「栗」という文字と「山」という文字を誇張してつなぐために、その顔が「栗」の実の形に似ていると考え、誇張のためにイガイガをつけ、その彼がどこかの「山」にいると思ってください。
さらに、二人で本当の栗の実を拾って食べるとおいしいかな、などと空想領域に二、三歩踏み込んで、一緒に何かをするストーリーをつくってください。さらに現実の印象を強化するために、栗山氏の眼鏡の枠の色や、洋服の種類の情報をよく観察したうえで、「栗」の映像に重ねておきましょう。(68ページより)
このように、感じにつながるイメージを工夫して誇張するわけです。顔の一部や体や服装で特徴的なところがあれば、すべて想像に加えてまとめて覚え込んでしまうということ。
『「名前が出ない」がピタッとなくなる覚え方』の著者がすすめる「由来」にも同じことがあてはまりますが、相手のなんらかの特徴をよりどころにすれば、無理なく記憶することができるわけです。