悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、パワハラに悩む人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「パワハラがあり、転職しようか考えている」(48歳女性/専門サービス関連)
少し前、「部下のミスを叱るだけでパワハラと言われそうで怖いです」というお悩みをご紹介したことがありました。
パワハラが問題化されるのは、それを根絶するためには意味のあることです。ところがその一方、仕事である以上は、相手を叱らなければならないケースがあることもまた事実。
しかし叱るだけで、(それが上司としての善意に基づいたものであったとしても)「パワハラだ」と騒がれるかもしれないということ。
そんな不安のただなかにある管理職の苦悩が反映されていただけに、とても印象的でした。
では、なぜ印象的だったのでしょうか? 言うまでもなく、そのご相談者に悪意がないことが手に取るようにわかったからです。しかしそれは、他のどこかに「悪意がある人=パワハラをする人」が実際に存在するということをも意味しています。
そう考えると、「ミスを叱るだけでパワハラだと思われそう」だと悩む人も、被害者であると言えるのかもしれません。だとすれば「悪意がある人=パワハラをする人」にどう対処していくは、やはり無視できない問題だと言えるでしょう。
ただ、今回のご相談を拝見して、ひとつだけ気にかかることがありました。「パワハラがあり、転職しようか考えている」とのことですが、果たして転職したらすべてが解決するのかなということ。
もちろん、現実的にいまパワハラをしてくる相手がいなくなれば、その人からは逃れることができます。しかし、新しい職場の別の人から、またパワハラを受けることになったら? パワハラを受けるたびに転職するわけにもいかないだけに、別の方策を立てる必要があると思うのです。
まず必要なのは、会社に相談してみること。会社という組織には職場環境配慮義務があるので、決して無駄ではないでしょう。
しかし残念ながら、きちんとした対策をとってくれない会社が存在することも否定できません。ならば、最悪の状況でもやっていくための手段が必要になるのではないでしょうか?
それはつまり、自分の感情や気持ちをコントロールすること。理不尽な扱いを受けたときには、それを払いのけるだけの強靭さを持ち合わせておいて損はないというわけです。
そこで今回はそのような観点から、メンタル面で「パワハラ対策」になりそうな3冊を選んでみました。
怒りをコントロールする
「アンガーマネジメント」という言葉をご存知でしょうか? それは、「怒り」という感情を論理的に捉え、実践的な対処法を提示するもの。といっても精神論ではなく、誰にでも習得できる技術なのだそうです。
『[図解] アンガーマネジメント超入門 怒りが消える心のトレーニング』(安藤 俊介/著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者は、日本におけるアンガーマネジメントの第一人者。本書においては、怒りをコントロールするための方法を、次の4つに分けて解説しています。
(1)とっさの怒りを抑える方法
(2)怒らないための習慣
(3)ムダに怒らない心の持ち方
(4)怒りを上手に伝える方法
(「はじめに 怒りに振り回されない生活を送るために」より)
特に(1)〜(3)は、パワハラをしてくる相手をやり過ごすためには役立ちそう。そればかりか、「パワハラをしない・されないために」という項目もしっかり用意されています。
著者によれば、イライラした態度をとったり、大声で怒鳴ったりするような人と職場でうまくつきあうためには、まず相手をよく観察することが大切。観察の狙いは、相手のコアビリーフ(「〜べき」「〜べきではない」という考え方)を見極めることだといいます。
「なぜかこの言葉に反応する」「木曜の午前中はピリピリしている」など、なんらかの傾向が見えてきたらしめたもの。相手の「べき」がわかれば、それに触れないように対応できるようになるわけです。
また同様に、機嫌が悪くならないパターンがありそうなら、その再現を試みてみるのも手。「あの2人はぶつかりやすいけれど、間にAさんが入ると緩衝材になるようだ」というような対応策が見つかるかもしれないということ。
なお、相手がルールのぶれる人(「気分屋」「怒りっぽい」など)であった場合はできるだけ受け流すことが大切。著者いわく、アンガーマネジメントは武道でいえば合気道。自分から積極駅に攻めるより、相手の怒りを受け流していくことを優先させるべきだという考え方です。
感情を引きずらないスキル
『マッキンゼーで学んだ感情コントロールの技』(大嶋祥誉/著、青春出版社)も、パワハラ上司に屈しないメンタルを養うために役立ってくれるかもしれません。
著者はマッキンゼー・アンド・カンパニー、ワトソンワイアットなどの外資系コンサルティング会社や日系シンクタンクなどで経営、人材戦略へのコンサルティングに携わってきたエグゼクティブコーチ、人材戦略コンサルタント。
ここではそんなキャリアをベースにしながら、感情を引きずらず、仕事の成果につなげる最強のスキルを明かしているのです。
当然のことながら、感情のひとつである「怒り」についても、独自の考え方が明らかにされています。なかでも特に印象的なのは、第1章「仕事の9割は感情コントロールで決まる!」中の「"嫌だ"と感じる相手ほど人生を変えるキーパーソンになりうる」という項目。
なぜならここでは、感情をうまくコントロールできず、上司とギクシャクしてパフォーマンスが上がらなかった時期の著者自身の体験が明かされているのです。
以前の職場にいた上司は、部下の仕事の仕方にやたら細かくダメ出しをし、頭ごなしに否定する人でした。
当時の私はそんな上司の攻撃に遭うと、ただオロオロ。何とか上司の機嫌を取りなそうと焦り、過剰反応していました。それはかえって上司の思うツボで、さらに怒りと攻撃が増すという悪循環。そんな上司に対して恐れと同時に怒りや嫌悪感を抱いていました。
それは上司に振り回されていると同時に、異聞の感情に振り回されている状態だったと思います。そんな自分にも嫌気がさして、自己嫌悪。
(28ページより)
しかし著者は、あるきっかけでその悪循環を断ち切り、上司と心理的に距離を置くことで冷静になれたのだといいます。具体的には、上司が突っかかってきても、「ああ、またいつもの上司のクセが出たな」と考え、適当に合わせながらスルーするようになったということ。その結果、上司も冷静になり、以前のように攻撃してくることもなくなったというのです。
それどころか、感情的にならずに上司と向き合えるようになると、相手の意外な能力や長所に気がつくようにもなったのだとか。むしろ距離感を保っているぶん、仕事がしやすい相手に変わったのだそうです。
その変化には著者自身が驚いたといいますが、つまりは嫌な人こそ、実は人生を大きく変える重要人物である可能性が高いということなのでしょう。
職場をサバイバルする
どこの職場にもいる卑劣で底意地の悪い人間のことを、『あなたの職場のイヤな奴』(ロバート・I・サットン/著、矢口誠/訳、講談社)の著者は「クソッタレ」と呼んでいます。お世辞にも品のいい言葉だとは思えませんが、注目すべきは、著者が定義づける、その領域に収まる人の基準です。
基準1/クソッタレと目されている人物と会話をかわしたあとで、"標的"となった人物が憂鬱になったり、屈辱を感じたり、やる気を失ったりするか? とくに重要なのは、標的となった人物が卑屈な気分になるかどうかである。
基準2/クソッタレと目されている人物が悪意を向ける対象が、自分より力の弱い者であるか?
(25ページより)
パワハラをしてくる人の特徴と、見事に合致するのではないでしょうか? つまり本書に書かれていることは、パワハラ対策としても有効なのです。なかでも、第5章「イヤな奴だらけの職場をサバイバルするためには」は利用価値がありそうです。
心理学者によれば、ストレスの原因から逃れられない場合には、自分のおかれた状況をべつのフレームから眺めてみる(=リフレーミングする)ことで、ダメージをやわらげられるという。効果的なリフレーミング法としては、自分を非難するのをやめることや、最高の結果を望みつつも最悪の事態に備えることなどが挙げられる。
なかでもわたしがとくに気に入っているのは、クソッタレに対して無関心を決めこみ、感情的に距離をおくというリフレーミング法だ。(197ページより)
ここだけを見てみても、パワハラをしかけてくる相手の対処法として有効であることがわかるはず。しかも「クソッタレ」などという言葉をあえて使っていることからも推測できるとおり、文体はコミカルで軽快。だからこそ、パワハラ対策として読んでみるにあたっても、必要以上に重たい気分にならなくてすむわけです。
当然ながら、パワハラに関するトラブルの原因は、パワハラを行う人がつくっているもの。しかし、だからといって、その人を感情的に責め立てたりしても効果は望めません。
また、先にも触れたとおり、会社のサポートに限界があることも事実。だとしたら、やはり冷静かつ知的な思考に沿って、自分の身を守ることが最優先ではないでしょうか? そこでぜひ、これら3冊を参考にしていただきたいと思います。
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。