悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、職場の「孤独感」に悩む人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「会社で仲が良い人がいなくて孤独です。転職して、新たな人間関係を築いた方がいいのでしょうか」(29歳女性/事務・企画・経営関連)
20歳くらいのころ、僕は閉鎖的で、友だちの少ない人間でした。大学を中退して友だちが減ったというせいでもあるのですが、自分の前に壁をつくって「外部」を遮断し、本当に信じられる人だけを選んでいたのです。
いかにも傲慢なスタンスですが、それは明らかにコンプレックスの裏返しでした。自分に自信がないから、人のせいにして自我を懸命に守ろうとしていたわけです。そのころはレンタル・レコード店で働いていましたが、なにしろ積極的に人と関わろうとしないのですから、かなり態度の悪い店員だったのではないかと思います。
でも、あるとき変化が訪れました。同じ店で働く大学生の、誰に対してもオープンな立ち居振る舞いを見ていたら、閉鎖的な自分を虚しく感じたのです。そこで、ある日を境に服装や髪型から人に対する態度まで、すべてをガラリと変えてみました。「拒絶」という鎧を脱ぎ捨て、「受け入れる」という上着を羽織ってみたのです。
その結果、驚くほど人が集まってくるようになりました。何人かからは「ずっと話しかけたかったんですけど、僕のことなんか相手にしてもらえないと思ってました」というようなことを言われたので、なんだか申し訳なさを感じました。
いずれにしても、僕はそこから変わったのです。いまだにコミュ障的な側面は残っていますし、人間関係の失敗はいまだにします。しかし、あの経験がなかったとしたら、もっと悲惨なことになっていたのではないかと思います。
僕はあのとき、「他者依存」から脱却できたのではないかと分析しています。人のせいにしていた状態から、自分を見つめなおす段階に進めたということ。人より歩みは遅かったかもしれませんが、そこにたどり着けてよかったと感じています。
今回のご相談を拝見してそんなことを思い出したのは、ご相談者さんにも他者依存の傾向が見えた気がしたからです。会社に仲のいい人がいないとしたら、たしかに孤独を感じてつらいでしょう。でもそれは、転職して新たな人間関係を築けば解決できるようなものではありません。
大切なのは、最初に自分を見つめなおすことだと思うのです。周囲の人たちの目に、自分はどう映っているのだろうと考えてみれば、「すべきこと」が見えてくるもの。それを実行してみて……もちろんうまくいくとは限りませんが、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら、周囲の人に接近してみる。
そうすれば、時間はかかるかもしれませんがいつか必ず、「この人は信用できるな」と思える人に出会えますし、相手からもそう思ってもらえるはずなのです。
今回のご相談を受けて、「友だちのつくり方」というような本はないかといろいろ探してみました。いくつかは見つかったのですが、どれもしっくりきませんでした。理由は簡単。友だちとは、マニュアル本のようなものを読んでつくれるものではないからです。
やはり自分が変わらないと、「この人に興味がある」と思ってもらえないと、本当の人間関係は築けないものだと思うのです。そこで視点を変え、改めて3冊を選んでみました。テーマは、「聞き方・話し方・気づかい」です。
3,000人に調査した「聞き方・話し方」のコツ
仲のいい人を見つけ、関係性を持続させるために必要なものはなんでしょうか? 言うまでもなく、相手の話を聞き、そして伝えることだと思います。特に「聞く」ことは、自分が話すこと以上に重要なポイントであると言えます。
そこで参考にしたいのが、『誰とでも仲良くなれる人の聞き方・話し方』(岩崎 一郎著、クロスメディア・パブリッシング)。著者は、対人恐怖のため44歳まで会話下手、かつ恋愛経験なしで悩んでいたという人物です。なのに現在は、国際コミュニケーショントレーニング株式会社代表という地位にあります。つまり、実際にコミュニケーションに関するコンプレックスを乗り越えてきたということ。
しかも「聞き方・話し方」のコツを会得するため、日本やアメリカなどで3,000人に声をかけ、自分の話し方、話すテーマ、話す時間、話題を広げるために有効な質問の仕方などに関するデータを集めたというのですから驚き。本書にも、そのエッセンスが凝縮されているわけです。
そんなわけで、コミュニケーションスキルに関するノウハウが網羅されているのですが、今回のご相談について特に役立ちそうなのはchapter 3「相手の話を面白いほど引き出す聞き方」。
「相手に喜んでもらう」「『伝えたいこと』を見抜く」「『表情』や『しぐさ』を読む」「話の裏にある感情を理解する」など、覚えておきたいポイントが簡潔にまとめられているので、人とコミュニケーションを取る際の参考になると思います。
また、「そもそも人と接する際には緊張してしまう」ということも考えられるので、「緊張をほぐす方法」も役立ちそう。
(1)伸びをする
(2)深呼吸をする
(3)声を出す(感情をこめて、大きく)
(92ページより)
著者によれば、緊張をほぐすときには自分の体の状態を変えることが大切で、そのために有効なのが上記の方法。緊張は相手に伝染してしまいがちなので、お互いがリラックスできるようにすることが大切だというわけです。
10秒のムダ話に大きな意味がある
しかし、そもそもコミュニケーションを大げさに考えすぎている人も多いのではないでしょうか? でも『雑談力が上がる話し方――30秒でうちとける会話のルール』(齋藤 孝著、ダイヤモンド社)を読んでみれば、人と接することについてもっとシンプルに考えられるようになるかもしれません。
人と知り合うチャンスがあっても、自分からどうやって声をかければいいのかきっかけがつかめないという方もいらっしゃることでしょう。しかし、そんな時に必要なのはトーク術ではなく、雑談する力、相手との距離を縮め、場の空気をつかむことだと著者は主張するのです。
雑談と聞くと、いかにも意味がなさそうで、時間の無駄だという気もします。しかし、そんな考え方を著者は明確に否定しています。
雑談というのは、あなた自身の人間性とか人格とか社会性といったものがすべて凝縮されている。そしてその「すべて」をたった30秒の何気ない会話の中で見破られてしまっているということです。(「はじめに」より)
つまり人はお互い、無意識のうちに「この人に近づいていいのか」ということを、雑談という“リトマス試験紙”を使って瞬時に判断しているということ。あるいは雑談のなかから、豊かな人間性や人格的な安定感が伝わってくることもあるわけです。
だからこそ、たった10秒のムダ話には大きな意味があるということ。そして興味深いのは、著者が明らかにしている「雑談のルール」です。
雑談のルール1 雑談は「中身がない」ことに意味がある
雑談のルール2 雑談は「あいさつ+α」でできている
雑談のルール3 雑談に「結論」はいらない
雑談のルール4 雑談は、サクッと切り上げるもの
雑談のルール5 訓練すれば誰でもうまくなる
(「第1章 トークや会話術とは違う、雑談の5つのルール」より抜粋)
コミュニケーションにつながる気づかい
タイトルにもあるとおり、『慶応卒の落語家が教える 「また会いたい」と思わせる気づかい』(立川 談慶著、WAVE出版)の著者は落語家。天才と評された立川談志の弟子のひとりです。
落語家といえば、師匠、兄弟子、興行主などへの気づかいが欠かせない立場。地方に点在するお得意様や馴染みのお客様などとの交流も多いだけに、数ある職業のなかでもっとも気づかいが求められるといっても過言ではありません。
つまり本書では著者の経験を軸に、気づかいの大切さやノウハウを解説しているのです。「落語家のやっていることは一般人とは違うんだから、参考になることは少ないんじゃない?」という声が聞こえてきそうですが、決してそんなことはなく、どんな人にも応用できそうな考え方やアイデアが随所に散りばめられています。
落語は、座ってしゃべることを選択し、発展してきました。使えるのは言葉と手振り、それと顔の表情のみです。この顔の表情とは、つまり「目」のこと。落語家の目の動きから、観客は刀の長さをイメージしたり、雨の具合を想像したり、信じられないほどの大金を思い描いたりします。「そこに何もないのに」です。
話芸とは不可分な領域ですが、名人クラスの落語家になると、目の動きだけで笑いが漏れたりします。下半身の動きを制御することによって、聞き手のお客様には無限の想像が広がるのです。
このため、両者のあいだには絶妙な「間」があり、これこそ落語の「妙です。お客様に想像していただく落語家と、落語家を面白いと感じて笑うお客様、両者の気づかいの応酬によって成り立つ芸能なのです。(「はじめに」より)
たとえばこうした考え方は、「目を見る」「空気を読む」など、日常のコミュニケーションにもつながる部分があります。そのため読んでみれば、(「すぐに役立つマニュアル」的ではないにせよ)人と接する際に大切なことを引き出すことができるはず。そして、そのノウハウを自分なりに応用してみれば、少しずつでもコミュニケーションスキルを高めてくれることでしょう。
今回選んだ3冊は、ご質問者さんの求めているものとは少し違っているかもしれません。しかし僕は今回、意図してそうしました。なぜなら冒頭に書いたとおり、いまある人間関係をリセットすれば解決できるというような問題ではなく、自分自身の気持ちや態度がなにより重要であるはずだからです。
そこで、これらを参考にして、ぜひとも自分を見つめなおしてみていただきたいと思います。そうすればやがて、周囲に仲のいい人たちが集まってくるはずですから。
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。