悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、地方移住してみたい東京在住会社員へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「東京在住の会社員です。地方移住してみたいです」(27歳女性/専門サービス関連)


東京生まれだということもあり、昔から地方への憧れを強く抱いてきました。20代のころにはいわゆるIターン(地方への移住)を本気で考えたこともあったし、そもそも心が自然を求めていたので、川の音や鳥の声など自然音のCDを買い集めたりもしていたし(なんだか悲しい)。

しかし現実問題として考えると、現在の僕に移住は非常に難しいことでもあります。まだ住宅ローンがたっぷり残っているし、他に親の問題などもありますからねぇ。自分自身の年齢を考えても、もはや諦めるしかなさそう。

が、だからこそ、いま地方移住を考えている方にはチャンスを逃してほしくないなあとも感じているのです。もし本気でやるなら早いほうが絶対に有利だし、昔と違って、いまでは実現させやすい環境も整ってきましたしね。

とはいえ当然のことながら、そのためには綿密な準備が必要です。それ以前に、「地方移住は、本当に自分に適しているのか?」という根本的なところからじっくり考えなおしてみる必要もあるでしょう。観光ではないぶん、さまざまなトラブルに対応する必要がありますし、責任を負うための心構えなども欠かせないわけです。

なにより危険なのは、憧れだけを頼りに動いてしまうこと。

自分の「移住適正度」をチェックする

東京から和歌山への移住経験を持つ『子育て世代のための 快適移住マニュアル: 知っておきたい、田舎でできる仕事・お金・子育て・地域のおつきあい』(金丸知弘 著、誠文堂新光社)の著者も、この点を指摘しています。

  • 『子育て世代のための 快適移住マニュアル: 知っておきたい、田舎でできる仕事・お金・子育て・地域のおつきあい』(金丸知弘 著、誠文堂新光社)

「都会の人間関係に疲れて田舎に移住しました」。こんな謳い文句のテレビ番組を見たことはありませんか? 私は、そんな理由で移住するのは絶対にやめた方がいいと思います。そもそも田舎は最も人付き合いが濃密なところなのです。東京のように人口が多く、新しい人が常に流入する地域ではお互いに干渉しません。しかし、田舎は人口が少なく、見知った人が常に逗留しているため、自然に人間関係が濃くなるのです。(66ページより)

「田舎ではインターネットよりも早く噂話が広まる」というような話を聞くことがありますが、そこにはこういった理由があるわけです。ましてや狭いエリアだからこそ、コミュニケーションを維持することは最低限のマナーでもあるでしょう。

したがって、そうした環境に自分が適しているかを判断することが必要。そこで、本書の「移住適正度チェック」を利用してみてはいかがでしょうか?

下の項目のうち、該当するものを選んでください。
□広い土地、大きい家、大きい倉庫が欲しい。
□今住んでいる家の家賃が高くて月々の支払いが大変だ。
□毎日の電車・バス通勤がつらくて耐えられない。
□子育ては自然豊かな環境の良い場所でしたいと思う。
□仕事はリモートワーク中心。もしくはリモートでできる仕事に興味がある。
□介護士、看護師、美容師などの国家資格を持っている。
□車の運転が好きで、長時間のドライブも苦にならない。
□サーフィンや登山、キャンプなどアウトドアの趣味がある。
□DIY、日曜大工が好きだ。
□犬などのペットを飼っている(ペットの多頭飼いも含む)。
□人と接するのが好き。コミュニケーション能力は高い方だ。
□マイペースで、よく人から図々しい性格だといわれる。
判定結果
8個以上:家族で田舎へGO! 人付き合いが好き、アウトドア派、資格を持つ人は高ポイント。
4〜7個:思いつきで移住すると失敗しがち。じっくり下調べをした上で検討しましょう。
0〜3個:残念ながら、田舎暮らしに向いていないタイプかも? 都会での生活を楽しむのもいいでしょう。
(66ページより)

まずは結果を参考にしながら、自分が田舎暮らしに向いているかどうかを確認するべきかもしれません。

いずれにしても移住をするうえで重要なポイントは、「自分がどこでなにをして、どのように生きていきたいか」。そこがはっきりとしていなければ、うまくいかなくなったとしても無理はないからです。

移住には成功・失敗を分けるリミットがない

『地方で働き、地方で生きるという選択』(森 康彰 著、幻冬舎)の著者も、「地方の魅力を存分に味わえる移住を成功させるには、実行する前に目的や理由を明確にしておくことが大切です」と述べています。前もって準備をしておけば、目的や希望に近い形で移住を実現できる可能性が増えるはずだからです。

  • 『地方で働き、地方で生きるという選択』(森 康彰 著、幻冬舎)

しかし、「移住をしたい」という気持ちがどれだけ強かったとしても、漠然とした不安を払拭するのは難しいものでもあります。「失敗したらどうしよう」「うまくいかないかもしれない」というような不安は、放っておいても頭に浮かんでくるものでもあるからです。

でも、たとえ大きな不安を感じたとしても、そこで移住を諦める必要はないと著者はいいます。

なぜなら移住の成功とは、ある時点で確実に成功・失敗が明確になるものではないからです。良い大学を卒業したい、良い企業に就職したいという夢は、受験や就職の時点でそれが叶わなければ失敗となってしまいますが、移住に関しては成功・失敗の明暗を分けるリミットがありません。結果を求めない、自分の思いをもち続けて挑戦し続けることができるかどうかが大切なのです。(100ページより)

もちろん現実的には、立ち止まらざるを得ない事態が次々と訪れるかもしれません。先に触れた人間関係の問題がそうであるように。けれども、うまくいかずに立ち止まってしまったのだとしたら、また走り始めればいいという考え方です。

重要なのは、何度足が止まったとしてもふたたびスタートを切ろうとする意思。うまくいかないことを不安に思ったり、悩んだりしたところでなにも解決しないのです。少なくとも移住したいという気持ちが変わらずあるのであれば、不安があったとしても可能性に賭けてみる価値はあるのでしょう。

都会を捨てない「トカイナカ生活」

ところで都会の喧騒から逃れたのであれば、これまでは移住という手段しかありませんでした。だから、「都会とはあまりにも違う環境でやっていけるのだろうか?」という不安が生まれるわけです。

けれども、いまや選択肢は広がっているようです。たとえば、"移住の新たなスタイル"として現実的なのが「トカイナカ」で暮らすこと。

さて、トカイナカとはなんなのでしょうか? 『トカイナカに生きる』(神山典士 著、文春新書)の著者によれば、それは経済評論家の森永卓郎さんが考案した名称。埼玉県の所沢に一軒家を購入した森永氏が、都心から1時間〜1.5時間エリアのことをこう命名したのだそうです。

  • 『トカイナカに生きる』(神山典士 著、文春新書)

森永は経済の専門家としてこう語るのだ。
「私の専門は厚生経済学といって『どうやったら人を幸せにできるか?』を考える学問なのです。答えは一つ、『トカイナカ生活』です。(「はじめに」より)

これまで移住先としては、首位をキープしていた長野県を筆頭に、北海道や沖縄、岡山、広島、福島(震災前)といった遠方に人気がありました。移住といえば、「都会を捨てる」ことが前提だったのです。

ところがコロナ禍の2020年のデータでは、首位は静岡県、トップ10に山梨、神奈川、群馬といった首都圏およびその隣接県が入るようになったのだとか。つまり「捨てる」のではなく、「都会を意識した移住」が主流になったということです。

いうまでもなくこれは、コロナがきっかけで広まったリモートワークやワーケーション(リゾート地でワークする意味の造語)を意識した移住や二拠点希望者が増えた証拠。

雑誌「アエラ」(2021年5月31日号)によれば、東京23区からの移住者が増えた近郊の自治体としては1位が神奈川県藤沢市、2位が東京都三鷹市、3位が神奈川県横浜市中区、4位が東京都小金井市、5位が神奈川県川崎市宮前区。東京23区を中心に、コンパスをグルリと一回転させたような同心円状となっている。いずれも都心からは1〜1時間半圏内。21位に栃木県宇都宮市、22位に長野県軽井沢町があるのは新幹線で1時間の距離だからだ。(「はじめに」より)

つまりこの圏内であれば、恵まれた環境のなかでリモートワーク生活を満喫できるわけです。毎日の通勤は厳しいかもしれませんが、週に1、2飼い程度の出社であれば苦にならないはず。

通勤の日なら、始発電車で座って読書やPCワークに集中することが可能。そして休みの日は、豊かな自然環境のなかで子育てや趣味を楽しめるのです。

そういう「都会を意識した移住、二拠点居住」「転職なき移住」「時々は都会に通える移住」を志向する人が明らかに増え始めたのだ。もちろんコロナ禍を機に始まったリモートワークやワーケーションの流れがあってこその現象だ。(「はじめに」より)

そういう意味で、時代は明らかに変わったといえそうです。「移住をしたいなら、都会での暮らしを捨てなければいけない」という発想はもはや過去のもの。ましてやずっと都会暮らしをしてきた人にとって、それは精神的に困難なことでもあるでしょう。でも「トカイナカ」で暮らすのであれば、いろいろなことが解決できるかもしれません。