悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「自分の出世しか考えていない上司」に困っている人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「自分の出世しか考えていない上司とどう付き合えばいいのか。」(62歳男性/専門職関連(コンサル・金融・不動産・税理士他))
出世のことに限らず、「明らかに自分のことしか考えていないな」と感じさせる人はどこにでもいるもの。誰しも自分がいちばん大切なのですから、仕方がないことではあるのかもしれません。とはいえ組織のなかであれば、周囲の人はやはり困ってしまいますよね。
ましてやそれが上司となると、いろいろ面倒なことになるはず。リーダーシップを発揮してほしい局面で保身に走るとか、部下が困っていても見て見ぬふりをするというようなタイプだと、その被害は周囲に及んでしまうのですから。
しかも、それでいて自分の出世のことしか考えていないのだとしたら、「やってられない」という気分になったとしても無理はないと思います。
ただ、多くの場合そういう人は変わらないので、不本意ながらもある程度の割り切りは必要なのではないかと思います。僕自身にも経験がありますが、理不尽な思いを抱え込んでしまうと、結局は自分だけが嫌な思いをしてしまうことになるからです。
まずはそのことを頭にとどめ、ビジネス書の意見を確認してみることにしましょう。
「嫌い」と切り捨てる前に
ビジネスシーンでは、「この人、嫌いなタイプだな」と感じる人に出会うこともあります。 あるいは、人の悪口を聞かされたりして、「その話題については話したくないんだけど……」と感じた経験もあると思います。
そんなふうに、嫌いな人や話題にぶつかったとき、「この人は嫌いだから、もう関わりたくない!」「この話題は嫌だから、もう話したくない!」と拒絶したくなるはず。
私もずっとそうだったので気持ちはわかりますし、嫌な人や話題に無理に付き合う必要はない、といまも思っています。自分を不快にさせるもの、傷つけるものからは、とことん逃げましょう。(105ページより)
『対峙力 誰にでも堂々と振る舞えるコミュニケーション術』(寺田有希 著、クロスメディア・パブリッシング)の著者は、このように主張しています。ただし、一発で「嫌い」判定をして完全シャットダウンするのは、少しだけ待ってほしいのだとか。
なぜなら「嫌い」だと感じる側面は相手の一部分にすぎず、好きになれる部分もあるかもしれないから。だとしたら、最初から切り捨ててしまうのはもったいないという考え方です。
どんな人にだって良いところは必ずあります。そう考えれば、「もしかしたら相手の長所を私が理解しきれなかっただけで、好きになれるところがあるかもしれないし、良い仕事ができるかもしれない」って思うんです。
「嫌い」という突発的な感情だけで拒絶してしまうと、そこから先は何も生まれない。あったかもしれない素敵な未来を一つ閉ざしてしまうかもしれないんです。(106ページより)
今回のご相談にある上司に対する思いは「突発的な感情」ではなく、冷静に判断しても納得できないようなものかもしれません。そういう意味ではこの記述とは少し違っていますが、とはいえ相手の長所を探し、そこに目を向けてみようという姿勢が大切であることは間違いないはず。
「嫌い」ほど深掘りしていくと、自分の本音や知らなかった一面に気づかされることもあります。
たとえば、ある人に対して突発的に「嫌い」と思ってしまうのは、その人が自分にはできないことをやってのける人で、コンプレックスを刺激するからかもしれない。ある話題を瞬間的に「話したくない」と思ってしまうのは、自分が大切にしている価値観と合わないからかもしれない。
それさえわかれば、拒絶する以外の対応をとっていくこともできます。(108〜109ページより)
別な表現を用いるなら、相手がどうであろうと"大人の対応"をすべきだということ。しかし、それはなかなかできることではないのも事実です。だからこそ、逃げることもときには必要なのでしょう。
嫌な気持ちになる人や話題と、無理に向き合い続ける必要はありません。傷つけられる場面からは、逃げた方がいいと思います。
ただ、全てを拒絶してしまう前に、なぜ嫌だと思ったのか、好きになれるところはひとつもないのか、一度立ち止まって考えてみること。(109ページより)
少なくとも、このことは記憶にとどめておいたほうがよさそうです。
「自己愛人間」と張り合うのは損
『結局、自分のことしか考えない人たち: 自己愛人間への対応術』(サンディ・ホチキス 著、江口泰子 訳、草思社文庫)の著者によれば、自分のことしか考えない人は「自己愛性パーソナリティ障害」を抱えている可能性もあるのだそうです。
もちろん、すべての人がそうだというわけではないでしょう。けれども、もし上司がそのタイプなのだったとしたら、なんらかの手立てを打っておく必要はありそうです。
自己愛人間は、自分の縄張りを意のままに操るやり手だ。大企業であれ、小さな部署であれ、ちょっとした集まりであれ(実際、家庭から国家まで)、彼らは何でもコントロールする。上流階級や権力階級には自己愛人間が多いが、どんな組織や職場も例外ではない。権力は、恥の意識に対する完璧な解毒剤だからだ。(169ページより)
ならば、自分の出世しか考えていない上司が自己愛人間である可能性も否定することはできないはず。では、そんな上司の近くにいる部下はどうしたらいいのでしょうか?
本書ではその解決策を「サバイバルのためのポイント」として紹介していますが、ここではそのひとつ「現実を受け入れる」に焦点を当ててみたいと思います。職場は家庭ではなく、上司は守ってくれる父親でもないのだから、目の前の現実をしっかりと理解することが大切だと著者はいうのです。
自己愛人間の弱点を知ろう。彼らの高慢な態度や仮面の奥には、脆い自己が隠されている。彼らの行動や態度の裏にある意味を読み解こう。そして、傷つきやすい2歳児に対するように、だが2歳児に対する時の2倍の敬意を持って接するのだ。
彼らが自分自身に抱いているイメージを傷つけるような行為は慎む。自己愛人間は幻想の世界に生きている。事実やあなたには興味がない。ねたまれたくないのなら、彼らと張り合って、彼ら以上に注目を集めてはならない。(185ページより)
自己愛人間と張り合えば、結局は自分が損をするだけ。だからこそ感情を抑えて控えめな態度を保つべきだということ。目立たず、当たり障りなくふるまい、注目を引かない。そして恥やねたみを誘い出さないことが大切だというわけです。
なぜ「許せない」のか考える
それにしても、自分の出世しか考えていない上司のような人のことを、なぜ私たちは許せないのでしょうか? そちら側から考えてみることも、もしかしたら重要なのかもしれません。そのために参考にしたいのが、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(中野信子 著、アスコム)。
著者によれば、「許せない」感情は、自分や自分の近しい人がなんらかの被害を受けたことに対する憤り。強い怒りが湧くのは当然であり、誰しもそういった状態に簡単に陥ってしまう性質を持っているのだそうです。
それが本書でいう「正義中毒」だというわけですが、本当に大切なのは「許せない」という感情をコントロールし、穏やかに生きることであるはず。
そこで著者は、「なぜ、許せないのか?」を客観的に考えてみることを勧めています。
まずは自分が正義中毒になってしまっているのかどうかを、自分自身で把握できるようになることがとても重要です。そのためのサインとして、まず「相手を許せない!」という感情が湧いてしまう状態そのものを把握する必要があります。どんなときに「許せない!」と思ってしまうのかが自分で認識できるようになれば、自分を客観視して正義中毒を抑制することができるようになるからです。(163ページより)
怒りの感情が湧いたときには、その感情を増幅させてしまう前にひと呼吸置き、「自分はいま、中毒症状が強くなっているな」とれ姿勢になるべきだということ。
ちなみにその際、"誰かやなにかを許せない自分"を責めたり、卑下したりする必要はないといいます。なぜなら、そもそも人間はそういう愚かな生き物だから。つまりは、そんな人間としての現実を受け入れてしまえばいいのでしょう。
むしろ心配すべきは、日ごろ注意深くふたをしている感情が、なにかのきっかけで大爆発してしまうことではないでしょうか。それにくらべれば、日々の生活のなかで正義中毒の症状を意識したときに自覚して「待てよ」と立ち止まるほうがいいのは当然。なぜならそれが、適切な抑止力になるからです。
同じことは、「自分の出世しか考えていない上司」に対する感情にもあてはまるかもしれません。彼が間違っていたとしても、あえて立ち止まって気持ちを落ち着かせる。そうすれば心に相応の余裕が生まれ、過度なストレスに苛まれることなく過ごしていけるわけです。