悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、退職後の生活を不安に思っている人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「退職し老後の生活を、コロナ禍の今、どう過ごせばいいのか」(61歳男性IT関連技術職(ソフトウェア・ネットワーク他))
少し前、60歳の女性からいただいた「定年間近で向上心がわかない」というお悩みをご紹介しましたが、今回はそこからさらに先の問題。すなわち「退職後の生活」についてのご相談です。
サラリーマン時代に仕事一辺倒だった人ほど、定年後の過ごし方に悩まれるというのはよく聞く話。今回のご相談者さんも、そういうタイプなのかもしれませんね。
退職したら、それまで当然のように目の前にあった目標、すなわち「仕事」の存在が消えるのですから、相応の喪失感に直面することは充分に考えられます。それは人生の激変を意味するので、ショックや戸惑いを感じたとしても無理はないわけです。
しかし、そんな時期だからこそ冷静に現実を受け止め、それを前向きに捉えることが大切なのではないでしょうか?
「もう会社の人間ではない」と考えると、少なからず悲観的な気分になってしまうかもしれません。とはいえ、悲しさや虚しさに苛まれたとしても事実は事実。それ自体を変えることはできませんし、先に進んでいくためには、あえて前向きに考えるほうが建設的です。
そして、「これからやりたいこと」「できそうなこと」に焦点を合わせ、それらをクリアしていくことを考えるべきだと思うのです。
ポイントは、とにかく少しでも「楽しむ」こと。そこで今回は、「すぐにできそうなこと」のヒントになりそうなもの、そして、これから生きていくための参考になるであろう書籍を選んでみました。
できるだけ非日常の中に身を置く
『60歳からの人生の愉しみ方』(山崎武也 著、三笠書房)の著者は退職後の人生について、「これまでの立場から退き自分の身を守っていく資格があるといっていい」と主張しています。
この一文に関しては、「資格がある」という部分が重要だと思います。「自分の身を守っていかなければならない」ではなく、「自分の身を守っていく資格がある」と考えることに大きな意味があるわけです。
些細なことのように思えるかもしれませんが、こう思えるか否かによって、その後の人生の道筋が変わっていくといっても過言ではないと思います。
もたもたとしたのでは見苦しい。過去の生き方とはきっぱりと縁を切る必要がある部分もある。続けていくことのできないことに未練を残したのでは、いつまで経っても新しい世界は開けてこない。
「立つ鳥後を濁さず」という姿勢を忘れてはならない。古いものとの決別があって初めて、次なるステップへのスタートをきれいに切ることができる。退くといっても引退という消極的な動きではなく、新しい希望へ向かって積極的に踏み出す動きと考える必要がある。(「はじめに」より)
そう考えると、「働かない」ということにも意義を感じることができるはず。ただし、それは毎日ぼーっとして過ごしましょうという意味ではありません。
何もしない自由ではなく、有意義なことや好きなことをする自由を十二分に生かす。惰性で日々を暮らしたのでは、組織に縛られていたときの生活から脱却することはできない。(38ページより)
これを機に、サラリーマン時代には時間の制約があってできなかったことに手をつけてみるのもひとつの方法。たとえば旅を通して新しい世界に触れてみれば、さまざまな刺激を受けることができるはず。その結果、考え方が変わってくることも充分に考えられます。
日常は惰性であり、それは相対的には堕落へとつながっていく。そこで、できるだけ非日常の中に身を置くことを考えるのだ。近くにいたら日常のにおいから逃げることはできない。できるだけ遠くへ行くのが、非日常を経験する近道である。旅行の効用はその点にある。(39ページより)
日常から離れ、その先に新たな価値観を見つけ出そうとすることが大切だという考え方。しかしコロナ禍においては、それは現実的に難しいことでもありますよね。
だとすれば、旅はもう諦めるしかないものなのでしょうか? 旅を通じて新たな人生を発見することは叶わぬ夢なのでしょうか? 結論からいえば、決してそうではありません。なぜなら、"遠くへ行かない旅"もあるからです。
まずは「ご近所旅」を
そのことに言及したのが、『ご近所 半日旅 - いちばん気軽な「新しい旅」のスタイル -』(吉田友和 著、ワニブックスPLUS新書)。「家の近所は『未発見』の宝庫だ」という観点に基づき、"ご近所旅"の意義を提唱した一冊です。
旅行作家である著者は本書の冒頭で、「旅ができない時代が来るとは思わなかった」と気持ちを述べています。たしかに旅を生業としている人にとって、それはシリアスな問題でしょう。事実、予定していた企画がいくつも飛んだそうです。
だが、しかしーー。
実は悲観はしていないのだ。ストレスもたまっていない。
なぜなら、新しい旅を始めたから。
世の中の変化を踏まえたうえで、現実的に可能な範囲でいかに楽しむかを自分なりに模索した。その結果いきついた解決策の一つ。
それが、「ご近所半日旅」である。(「はじめにーー近くて、短くても旅なのだ」より)
最初のうちは、「遠くへ行けない代わりに」と、なかば妥協するような形で近所のスポットを訪れていたのだとか。ところが、いざ行動に移してみるとそれはなかなかに楽しく、驚くほど普通に旅気分を味わうことができたというのです。
改めて注目してみると、家の近くにも面白そうな場所がたくさん存在することに気がついた。豊かな自然に触れられる公園。知的好奇心を刺激される史跡もある。いつも素通りしていたお店が、実は知る人ぞ知る名店だったりもした。(「はじめにーー近くて、短くても旅なのだ」より)
そのため、気がつけばご近所旅の魅力にすっかり取り憑かれていたそう。たしかにご近所であれば、ちょっとしたスキマ時間を利用してブラリと歩いてみることができます。午前だけ、あるいは午後だけといった「半日旅」にちょうどいいわけです。
でもそれは、著者のような専門家だけに与えられた特権ではありません。どんな環境にいる人でも簡単に試せることであり、退職後に自由人となった人にとっては間違いなく有効な手段であるはず。
もちろん、遠くへ行けるのであればそれが理想です。しかし、それが叶わない以上、まずはできるところから始めてみるべきではないでしょうか。日常の過ごし方についてお悩みなら、ご近所旅はまさに格好の手段だと思います。
60歳は第2の人生のスタート
さて、今回のご相談者さんは退職間もない61歳とのこと。少し前まで仕事の最前線にいらっしゃったのでしょうから、いまはことさら焦りを感じてしまうのかもしれません。
しかし、『60歳からの後悔しない生き方 ~いまこそ「自分最優先」の道を進もう!』(櫻井秀勲 著、きずな出版)の著者はそんな人に向け、ひとつのメッセージを投げかけたいのだそうです。
私は88歳になりました。60歳から数えても30年近い月日がたっているわけです。
60歳の自分にいってやりたいことがあるとすれば、「焦る必要はない」ということです。
あなたには、まだまだ時間は十分残されており、私生活でも仕事でも、できることは少なくありません。(「はじめに 60歳が見えてくると、ついジタバタしたくなる。しかしーー」より)
著者は1931年生まれ。つまり本書執筆時は88歳でしたが、現在は91歳ということになります。
光文社で遠藤周作、川端康成、三島由紀夫、松本清張ら多くの作家と親交を持ったほか、女性週刊誌「女性自身」を毎週100万部発行の人気週刊誌に育て上げた人物。
55歳で独立して作家デビューを果たしたほか、『ウーマンウェーブ』代表取締役会長、『きずな出版』代表取締役社長、『KIZUNA CREATIVE』取締役という肩書も。そればかりか現在は、YouTuberとして「櫻井秀勲の書斎」を運営してもいます。つまり、一般的な定年年齢から30年以上を過ごしたいまも、バリバリの現役であるわけです。
そう考えると、以下のメッセージからは強いメッセージを感じられるのではないでしょうか?
60歳は第2の人生のスタートです。
つまり、まだ始まったばかりですから、ヨチヨチ歩きでもいいのです。
やりたいことが見つからないなら、これから見つけていきましょう。
急ぐことはありません。(44ページより)
そう、急ぐことはないのです。老後の生活をどう過ごせばいいのかわからないのであれば、ひとつひとつ試していけばいいのですから。かくいう僕も、そう思いながら毎日を過ごしています。