悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、人生に対して後ろ向きになってしまうという人へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「子どもは成長し、独立して、自分はひとり暮らしをする老齢者となりました。日々、刺激のない生活をしてる中で、世の中とのつながりが希薄になった感じとか、生きていること自体への意味が感じにくい状況になっています。それが悩みとかではないですが、このまま人生を送っていくことに疑問を感じています」(63歳男性/メカトロ関連技術職)


なんらかのきっかけでネガティブな気持ちになってしまうことは、誰にでもあるもの。しかしそれを放っておくと、どんどん悪いほうに考える習慣がついてしまったりしますよね。

ましてや子どもの手が離れてひとり暮らしになったというのであれば、不安が大きくなったとしても当然だと思います。そしてそうなると、おっしゃるとおり世の中とのつながりが希薄になったように気分になってしまうかもしれません。

でも、それはあくまで"気分"です。それに、生きている意味を感じることができるか否かは、あくまで自分の気持ちの問題です。

後ろ向きのままでいてもいいことはないのですから、無理にでも気分をいい方向へ向けてみる努力をすべきではないでしょうか? それは、決して無駄なことではないはずです。

「それができれば苦労はしない」と反論されるかもしれませんが、少なくともネガティブな気持ちのままでいるよりは、できる限りもがいてみたほうがずっといいはず。

いずれにしても、ひとりで考えているだけでは、誰だって視野が狭くなってしまうものです。だからこそ、そんなときこそさまざまな書籍を参考にしてみるといいのではないでしょうか?

たとえば、魅力的な著名人のことばを参考にしてみるとか。

考えるべきは「ここからどうするか」

『自分らしい生き方を貫く 樹木希林の言葉』(桑原晃弥 著、リベラル社)は、2018年9月に逝去した女優、樹木希林さんが残した80のことばを厳選し、わかりやすく解説した書籍。

  • 『自分らしい生き方を貫く 樹木希林の言葉』(桑原晃弥 著、リベラル社)

今の時代、SNSの発達もあり、やたらと「他人の声」が目に入り、気にかかりますが、大切なのは「自分らしく、人としてどう生きるか」です。それでもつい迷いが生じた時には、本書で紹介した樹木希林の言葉の数々に目を通してみてはいかがでしょうか。そこには、他人と比較して自分を固めるのではなく、自分らしさを追い求め、あくまでも自分らしく生きた人生からにじみ出た、素晴らしい言葉が存在しています。(「はじめに」より)

ご存知のとおり、希林さんの人生ははたから見れば決して順風満帆とはいえませんでした。歌手である夫の内田裕也さんはさまざまな問題を起こした人物でもあり、別居していたとはいえ結婚生活は気苦労の多いものだったはず。子育ても、ひとりで担っていました。

しがたがって普通の人であれば、愚痴をこぼしたくなったとしても不思議ではありません。ところが娘の也哉子さんによれば、希林さんが愚痴をいうことはまずなかったのだそうです。

原因は全部自分にあると思ってればね、
愚痴は出ないのよ。
(16ページより)

これは、『この世を生きる醍醐味』(朝日新書)から引用された次のようなことば。

本書の著者によれば希林さんは、「人のせいにしていると(人間として)なかなか成熟しない」と話していたのだそうです。

それより、なにがあっても、どんな結末でも「すべては自分が引き受ける」という覚悟さえあれば、愚痴などでないし、考えるべきは「ここからどうするか」だけだということ。

これは希林さんだけでなく、すべての人の人生に当てはまる考え方ではないかと思います。

いまの命に対して謙虚に感謝する

『「菜根譚」が教えてくれた 一度きりの人生をまっとうするコツ100』(段 文凝 著、マガジンハウス)の著者は、早稲田大学国際部中国語コーディネーター兼タレント。

  • 『「菜根譚」が教えてくれた 一度きりの人生をまっとうするコツ100』(段 文凝 著、マガジンハウス)

本書はそんな著者が、生まれ故郷である中国の最高傑作と名高い『菜根譚(さいこんたん)』という処世訓をまとめたものです。

日本では江戸時代にベストセラーになり、昭和30年代頃までよく読まれていたそうなのですがご存知でしたか? ちょっと調べたところ、有名な日本のリーダーたちの座右の書だったそうです。(中略)本書では全部で360条ほどある中から、私が特に心を動かされた100条を抜粋しました。(「はじめに」より)

作者である洪自誠(こうじせい)は、内乱や紛争続きで混乱していた明代の末期(16〜17世紀)に生き、エリート官僚として活躍していたにもかかわらず政争に巻き込まれて引退した人物。

タイトルにある「菜根」は、「堅い菜根をかみしめるように苦しい境遇に耐えれば、多くのことを成し遂げられる」という故事に由来しているとか。

祖宗(そそう)の徳沢(とくたく)を問わば、
吾が身の享(う)くる所の者これなり。
まさにその積累(せきるい)の難きを念(おも)うべし。
子孫の福祉を問わば、
吾が身の胎(のこ)す所の者これなり。
その傾覆(けいふく)の易きを思わんことを要す。
(22ページより)

これを現代語に訳すと、以下のようになるそうです。

「先祖が残してくれた恩恵とは、いまの自分が受けている恩恵であり、それは積み重ねていくことがとても難しい。子孫に残そうとする幸福とは、いまの自分に残そうとしている幸福であり、それはとても傾きやすいということを知るべき」

過去から未来へ続く流れのなかにある自分の命は当たり前のものではなく、だから代え難くてありがたい。

いまがどれだけ好調でも、逆にどんなに苦しくても、いまの命に対して謙虚に感謝すれば、自然と精気がみなぎるはず。そして、この瞬間をしっかり生き抜こうという勇気が出てくるということ。

たしかにそのとおりで、いま、このときに感謝することが大切なのでしょう。

「あるがまま」を大切にしながら日々を楽しむ

ところで、ひとり暮らしをするご相談者さんは孤独を感じていらっしゃるようですが、はたして孤独とはネガティブなイメージで語られるようなものなのでしょうか?

『今を楽しむ―――ひとりを自由に生きる59の秘訣』(矢作 直樹 著、ダイヤモンド社)の著者は、そうは考えていないようです。

  • 『今を楽しむ―――ひとりを自由に生きる59の秘訣』(矢作 直樹 著、ダイヤモンド社)

孤独とは、ひとり暮らし、家族がいない、友人がいない、といった状況を指すのではなく、寂しさを感じているといった心の在り様を指すわけです。ここでは、物理的なひとりではなく、大勢の中にいても感じる孤独を含めた広い意味での心の在り様も示す言葉として、「ひとり」を使うことにします。
ひとりとは、「人間本来の自由な状態」と私は解釈しています。
もっと簡潔に、「あるがまま」「ありのまま」と言ったほうがいいでしょう。
本来のあるがまま、人としてのあるがまま。そして、最も自由な状態。
それが、「ひとり」なのです。

なるほどそう考えれば、「ひとり」も決してつらいものではないと思えるはず。ひとりであるという自由な状態をありがたいものと受け止め、あるがまま、ありのままに「ひとり」を楽しむべきだという考え方です。

しかしその一方、著者は年をとっていく人の不安感もしっかりと理解しています。

高年、つまり高齢者の不安は健康面で顕著です。
それまであった社会的なつながりが急速に減り始めますから、「自分の価値がなくなっていく」という不安も、次第に大きくなります。
これは人間が社会的生物として育ってきたことの証拠です。
しかし、ひとり力があれば、つまり「そこそこ、ほどほど」という意識で生活することができれば、怖いものはないはずです。長年、さまざまなことに耐えて生きてきた人たちなのですから。(91ページより)

そう解釈することができれば、自分の先行きを不安視する必要はないということになります。心静かに、ゆっくりとマイペースで過ごすことが許された世代だからこそ、「あるがまま」を大切にしながら日々を楽しむべき。著者も、そう訴えたいのだろうと思います。