悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、睡眠不足の人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「毎日残業続きで慢性的な睡眠不足が続いています。睡眠の質を高める方法が知りたい」(46歳男性/専門職関連)
幼少時から、カタッと小さな物音がしただけで目を覚ましてしまうような、非常に神経質な子でした。寝つきも寝起きも最悪で、学生時代を経て社会に出てからも、そんな状態は続いていた気がします。
やがて40代を過ぎたころ、ずっと夜型だった生活サイクルを朝方に切り替えたら少しずつ改善されていきましたが、それでも「すぐに寝られる体質」になったわけではありません。いまでも眠れない夜は多く、眠りかけたころ、悩みを思い出して目が覚めてしまうなんてこともしばしば。
つまりは「快眠」とはほど遠かったわけなので、睡眠の質を高めたいという方の気持ちはよくわかります。
しかし、そんなときこそ意識すべきは、「エビデンスのない情報に左右されるべきではない」ということではないでしょうか。
たとえば「寝だめをすればいい」というような話がいい例です。そういう主張をする人は少なくありませんが、必ずしもそこには、きちんとした裏づけがあるわけではないということ。
だとしたら、曖昧な情報が睡眠にさらなる悪影響を与えることも考えられるでしょう。つまり、もしも睡眠について思い悩んでいるのなら、そういった情報に惑わされることなく専門書に頼るべきなのです。
専門書といっても、別に医学書に目を通せと言いたいわけではありません。睡眠の悩みを抱えた人の参考になる「睡眠本」がたくさん出ているので、そのなかから自分にフィットしたものを選べばいいということ。
少しの工夫で眠りが変わる
まずは『驚くほど眠りの質がよくなる 睡眠メソッド100』(三橋美穂著、かんき出版)をご紹介したいのですが、もしかしたら、「驚くほど眠りの質がよくなる」というフレーズを見て「そんなことが簡単にできるなら苦労しない」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、20年にわたって睡眠と深く関わってきた「快眠セラピスト・睡眠環境プランナー」である著者は、「眠りは、少しの工夫で必ず変わります」と断言しています。
誰にでも絶対に効く快眠法などはなく、眠りの悩みも千差万別。そこで、自分の悩みや体質に合った快眠法を見つけられるようにと、ここでは「満足できる睡眠」のためのメソッドを網羅しているのです。
注目すべきは、著者が眠りの仕事に携わるようになったきっかけです。1996年に入社した寝具メーカーで、ユーザーの体に合わせた枕をフィッティングしたり、新しい寝具を開発したりしながら眠りの知識を蓄え、やがて日本初の「快眠セラピスト」として独立したというのです。
そんな基盤を持つ著者は、「意識さえできれば、ほんの少しの工夫で、満足のいく睡眠ができる」と主張しています。寝具はもちろん、身につけるもの、食事、運動、入浴、呼吸、アロマなど、快眠のためにできる工夫はたくさんあるとも。
そこで、著者が実際に多くの人に向けてアドバイスしてきた快眠法のなかから、「かんたんにできる」「読むだけでできる」「家にあるものでできる」メソッドを選び、構成しているのです。
たとえば第2章「『寝つけない』『眠りが浅い』をなくすコツ」に目を向けてみると、「何時に眠れるかは、朝起きたときに決まる」「眠りが浅ければ睡眠時間を減らしてみる」など、興味深いトピックスを発見することができます。
そればかりか、「眠気がやってこないとき」「ストレスで眠れないとき」「不規則な生活で眠る時」など、状況や状態に即したアイデアが多数。読者は、「これはやってみたい」「これなら簡単にできそうだな」などと感じたことから試していけばいいわけです。
ひとつできたら次のものを、うまくいかなかったら別のものを、気軽に試すことが大切なのだとか。そうすればやがて、どこかできっとスイッチが入り、睡眠も人生もうまく回り始めるということです。
忙しいビジネスパーソンが快眠するために
ところで、この連載をお読みになっている方には、忙しい毎日を送るビジネスパーソンも多いはず。そんな方には、『ビジネスパーソンのための快眠読本』(白川修一郎著、ウェッジ)をおすすめしたいと思います。
睡眠研究のパイオニアとして知られる医学博士が、「文字どおりビジネスパーソンのための快眠」に焦点を当てた一冊。読者が自分の能力(脳力)を最大限に発揮できるように、快適な睡眠のとり方とその背景について理解できるようサポートすることを目的としているのだそうです。
眠気は疲労のサインです。脳が疲労すると、若い感受性の強い人は眠気を感じます。しかし、睡眠不足にさらされ続けると感受性が低下し、眠気を感じにくくなってしまいます。脳の働きが「ビジネス・パフォーマンスの基盤」と言っても異論のある人はいないでしょう。疲労した脳では能力は発揮できず、脳の疲労回復の唯一の手段は、睡眠です。仕事中に眠気を感じる人、あるいは眠気を感じなくなっている人は、睡眠を見直すことが必要でしょう。(「プロローグ」より)
著者は、ひとつの問題を指摘してもいます。それは、先に触れた「エビデンス」。つまり「こうしたら快適な睡眠が取れます」という本は多いものの、その背景にある「なぜ」という科学的な根拠が足りないものが少なくないということです。
そこで本書が重視しているのは、ビジネスパーソンが快適な睡眠をとるための「どうしたら」と、その背景の「なぜ」に焦点を当てること。そして、それらの事例や考え方を、睡眠科学の学術研究報告のなかから取捨選択し、わかりやすく解説しているのです。
睡眠の効能や、仕事の成果を上げるための「睡眠力」、快眠を実現するために知っておくべきことなどが解説されたのち、第4章「取り入れてみよう 快眠メソッド」ではより具体的なメソッドが紹介されます。
個人的には、特に共感できたのが「すべてはタイミングが命」だという考え方。たとえば就寝3時間前に家に帰ることが快眠につながったり、食事や入浴にも適切なタイミングがあったりするということです。
加えて、寝室のつくり方や寝具の選び方、さらにはリラックスモードに自分を導くための方法なども紹介されているので、それらを無理なく生活のなかに取り入れられることでしょう。
睡眠で仕事のパフォーマンスを上げる
『一流の睡眠―――「MBA×コンサルタント」の医師が教える快眠戦略』(裴 英洙著、ダイヤモンド社)の著者も、書籍やインターネット上でたくさん提供されている「睡眠の悩みを解消するための情報」の問題点を指摘しています。
たしかに「睡眠時間は8時間がベスト」「睡眠のゴールデンタイムである22時~2時に眠ると体にいい」などの情報を、さまざまな場所で目にします。しかし、多忙なビジネスパーソンがそうした習慣を実行することは非常に困難だということです。
なぜなら、ビジネスパーソンの実態は「睡眠の常識」とかけ離れているから。ただでさえ時間がなく、イレギュラーな案件が次々と舞い込むビジネスの現場に身を置いている以上、そこで結果を出し続けるためには、睡眠の優先順位を下げざるを得ないのが現実。理屈ではどうにもならないことは、やはりあるわけです。
ただ、そうはいっても人間は眠る生き物。睡眠不足が続けば疲れがたまり、仕事のパフォーマンスに間違いなく悪影響を及ぼすことになります。
そこで著者は本書において、ビジネスパーソンに特化した眠り方を紹介しているのです。
それは、いまの生活スタイルを変えることなく、極端に睡眠時間を増減させることもなく、効率的かつ効果的に睡眠をとって仕事のパフォーマンスを上げる、「攻め」のメソッドなのだそうです。
一流のビジネスパーソンとは、パフォーマンスの平均値が高く、かつブレが小さい人です。同じ環境の中にいても、周囲と比べて圧倒的に高い成果を淡々と出し続ける、大リーグのイチロー選手のような人をイメージしてください。 ロジカルシンキングやフレームワーク、プレゼン力、文章力、カリスマ起業家の仕事術などのビジネススキルを身につけることで、あなたの能力は着実に上がっていくでしょう。しかし、誰にでも今日から実践できて、すぐに効果が現れ、最短で一流に近くために最強のビジネススキルは間違いなく「睡眠」です(「はじめに」より)
この記述からもわかるように、本書の最大のポイントは、睡眠を「ビジネススキル」と捉えている点です。多くのビジネスパーソンにとって、それは強く共感できることではないでしょうか?
忙しい毎日を送っていると、睡眠の悩みは後回しにしてしまいがちかもしれません。しかし現実問題として、睡眠は仕事のパフォーマンスはもちろんのこと、日常生活全般にも影響を与えることになります。決してないがしろにできない問題なのですから、ぜひともこれらの書籍をヒントに、よりよい睡眠を実現する方法を見つけ出していただきたいと思います。
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。