悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、働き方が変わって住む場所について考え始めた人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「どこに住んでも仕事はできるのではないか? と思っています」(32歳男性/事務関連)
新型コロナの発生から、早くも1年以上が経過しました。
相変わらず終息のめどは立ちませんが、そんななか、劇的に変わったのが働き方です。
当初は生活する場所でのリモートワークに抵抗感があった人も、時間の経過とともに「出社しなくても仕事ができる」ことの便利さ、心地よさを実感できるようになったのではないでしょうか?
とはいえ、職種がどうという以前に、もっと根本的な部分、すなわち「生き方・暮らし方」を根本から考えなおす時期が訪れているのだと考えることもできます。
これまでは、携わっている特定の仕事を軸として、暮らし方などを考えてきたはず。しかし今後は「自分がどう生きていきたいのか」を最優先し、「こう生きていくために、「どこで、どのように、なにをしたいのか、なにができるのか」ということを考えていくべきではないかということ。
だとすれば、「ポスト・コロナ社会はどうなっていくのか」について考えておく必要があります。
「ポスト・コロナ」の仕事と暮らしはどうなる?
そこで、まずは『ポスト・コロナ時代 どこに住み、どう働くか』 (長田 英知 著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)を参考に、これからなにが変わっていくのかを確認しておきましょう。
著者は戦略コンサルタントとして、スマートシティやIoT分野における政府・民間企業の戦略立案に携わっている人物。つまり「これからの社会のあり方」を常に見据えている立場にあるわけです。
そんな著者は「ポスト・コロナ社会の働き方・学び方」として、次の3つを挙げています。
1 テクノロジーによるオンライン化の推進
2 評価軸が「労働時間」から「アウトプット」へ
3 仕事とプライベートとのメリハリが鍵になる
まず1は、新型コロナが仕事場におけるテクノロジー導入を一気に加速させるということ。もちろん業種によって違いはありますが、これまでは出勤し、同僚や顧客と対面で仕事をしてきた仕事が多かったはず。
しかし、仕事のほとんどをオンラインで行うことが可能になり、テレワークをする人の数はさらに増えていくわけです。
近い将来、とくに事務職については、平時から多くの業務がリモートで行われるようになるでしょう。またこれまで対面以外は考えづらかった業種や職種でも、リモート化が進展していくことが予想されます。(114ページより)
2は、人と企業のつながりの「幅」と「強度」の多様化。今後は、どれだけの時間をその企業のために費やしたかではなく、「どのようなアウトプットが出されたか」という尺度で捉え、評価をされる時代になってくるというのです。
勤務時間や残業に関わる就業規則を変える必要は出てくるとは思いますが、子供や親の世話をしながら仕事をしても、アウトプットを決められた期限内に出せばきちんと評価されるような人事制度や評価システムが生まれてくると、より多くの人が働きやすい環境が生まれるようになるでしょう。(121ページより)
そして3は、仕事とプライベートのメリハリの重要性が増したということ。
新型コロナを契機として、生活の基本単位である自宅で仕事をすることが求められるようになりました。そのため、自宅の限られた空間のなかで、仕事とプライベートの空間・時間のメリハリをつける必要性が生じたわけです。
これまでは例えば夫婦だけで暮らしているのであれば、1LDKあるいは大きなワンルーム、子供がいる場合は2LDKで十分と考えていた人も多かったと思います。しかしコロナ・ショック以降、プライベートと仕事の時間・空間のメリハリをつけるためには、物理的なスペースがより必要と考える人が増えてきています。(130ページより)
つまり仕事のみならず、暮らし方を含めた大きな視野で「これから」を捉えることが求められているのでしょう。
「田舎暮らし」を快適にする鉄則とは?
さて、新たな生き方、働き方を考えるにあたっては、田舎暮らしをするという選択もあります。インターネットがつながっていれば仕事ができる時代である以上、どこに住もうとも生きていけるはずだからです。
ところが、『誰も教えてくれない田舎暮らしの教科書』(清泉 亮 著、東洋経済新報社)の著者は、そんな考え方を一蹴します。
20代まではアメリカで暮らし、帰国後も移住、転住ばかりを繰り返してきた人物。しかし中年になり、いよいよ本腰を入れて地方に腰を落ち着けようと考えたとき、地方での生きづらさを痛感することになったというのです。
そんな著者は「田舎暮らしを快適にする7つの鉄則」として以下を挙げています。
鉄則1 移住人気と定住しやすさとは一致しない
鉄則2 集落移住ならば、まずは"借住"で
鉄則3 改築・新築は住みながら
鉄則4 挨拶の菓子折りを配る順序がすべて
鉄則5 収入にかかわらず、必ず副業を持て
鉄則6 納得できるホームドクターをまず確保
鉄則7 人間関係に行き詰まったら、即"転住"
これらを確認するだけでも不安になってきますが、つまり田舎暮らしはそれほど楽ではないということなのでしょう。
なお、ビジネスパーソンとして気になる「鉄則5」については、次のような記述があります。
インターネットさえ通じていればどこでも仕事が可能なもの。そういう意味で、年齢を増してもスキルとして重宝される翻訳家やデザイナーといった職種の人々は田舎暮らしも成功しているケースが多い。(249ページより)
しかし当然ながら、そのようなスキルは退職後にすぐ身につくようなわけではなく、キャリアや人間関係がものをいうものでもあります。したがって、移住後に「都会からの遠隔地」という状況がハンディにならないような仕事のスキルを身につけておく必要がありそうです。
また、移住を意識し始めた段階から、地方でもできる副業を考え、そこへの道筋をつけておくことも不可欠。それも移住に際しての大事なことだと著者は強調しています。
「二地域居住」で始める週末移住
いずれにしても、とかく夢を抱きがちな田舎暮らしは決して楽ではなさそう。しかし、そうなのだとしたら、せめて"週末だけの田舎暮らし"を考えてみるのはいかがでしょうか?
参考にしたいのは、『週末は田舎暮らし---ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記』(馬場未織 著、ダイヤモンド社)。著者は家族5人とネコ2匹を基盤として、「平日は東京で暮らし、週末は千葉県南房総市の里山で暮らす」という二地域居住を実践している建築ライターです。
大変だと思われがちな週末の移動ですが、移動先も"我が家"ですから旅行とはテンションが違います。むしろ、金曜の夜に東京から南房総に移動し、開けて迎える土曜日の朝は一週間の中でも特別です。(「はじめに」より)
本書で明かされているのは、著者家族が3年かけて土地を探し、南房総に「もうひとつの家」を持つことになり、歳と里山を往復しながら暮らしてきた体験に基づいて考えてきたという「二地域に暮らすこと」の意味。
都市で生まれ育った「田舎素人」が、悩みやストレスを感じながらも、それを大きく上回る魅力も感じ、ずぶずぶとのめり込んでいく"ありのまま"を伝えようという思いから書いたのだそうです。
暮らしそのものを能動的に楽しめる気持ちさえあれば、二地域居住は多くの人に開かれています。はじめてみることで発展する思いや、ふくらむ愛着がある。はじめる前にそれを先取りすることができないわけで、かといって無鉄砲にはじめるには大事なわけで、仕方がないから「計画」と「勢い」を共に携えて飛び出しちゃった、というのがわたしたち家族の乱暴さでもあります。まあ、例えて言えば、若さで押し切る「できちゃった婚」ではなく、「ある程度、戦略的な「つくっちゃった婚」というかんじでしょうか?
いずれにせよ、はじめることよりも、続けることの方が重要で、今もなお、日々奮闘しながら二地域居住を続けています。(234ページより)
軽妙で肩の力が抜けた著者の文章は魅力的。読み進めていると、二地域居住の楽しさと大変さがひしひしと伝わってきます。そのため読み進めているうちに、「自分もチャレンジしてみようかな」という思いが高まっていくかもしれません。
もちろん、それもひとつの選択肢ではあるでしょう。しかし忘れるべきでないのは、「自分にとって、どのような生き方・働き方が適しているか」ということであるはず。
だからこそ、この3冊を参考にしながら、フラットな視点で自分らしさを考えなおしてみるべきかもしれません。