悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「認知症の母ともめることが増えた」という人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「認知症の母ともめることが増えました」(54歳女性/営業関連)
僕の母は85歳です。幸いなことに元気ですが、とても我が強く、決して自分を曲げないのが困りどころ。そのため、「この先もし認知症になったとしたら、それはきっと大変だろうなぁ」というような不安を払拭できないわけです。
実際にそうなってみないとわからないので、必要以上に不安になっても意味はないんですけどね。
いずれにしても、そんな事情があるからこそ、今回のご相談にも強く共感できたのでした。
ところで、あくまで一般論ですが、親の介護をする際には、ある程度の精神的な距離感を保つことが必要なのではないかとも感じます。
面倒を見るなという意味ではなく、いたわりの心を持って寄り添いながら、どこかに"一歩引いた自分"をキープしておくべきではないかということ。
でないと、結果的には自分をどんどん追い込んでしまうことになりかねないからです。今回のご相談もその範疇に収まる気がするのですが、ご本人が真面目であればあるほど、自分を追い詰めてしまうことになりかねないと思うのです。
では、どうすればいいか?
もちろん正解はないわけですけれど、ある程度、「こういうものだ」と割り切ることが、親にとっても自分にとってもよいのではないでしょうか?
絶対にそうだと断定し切れないのが、つらいところではありますが。
いら立つ自分自身に寛容になる
認知症の人と接していると、思い通りにならないことが起こります。自分のルールにこだわり、素直に周囲の助言や手助けを受け入れられないタイプの人は、ケアに行き詰まりやすいもの。個人的な悩みを抱えている状態で、ケアをする場合にも、心身に負荷がかかりすぎ、不調におちいりやすくなります。(12ページより)
認知症専門医である『認知症の親を介護している人の心を守る本』(西村知香 監修、大和出版)の著者も、このように指摘しています。
抱え込んでしまうから、認知症の人との生活のなかで、ついイライラしてしまうわけです。いらだちを抑えられず、相手につらく当たったり、そういう態度をとった自分に嫌悪感を覚えたりして、心がくじけてしまいがちだということ。
そこで、いらだったら次のように考え、いらだちから抜け出すことが大切だと著者はいいます。こうした考え方を繰り返すと、次第に寛容さを身につけることができるというのです。
自分のいらだちに気づく(46ページより)
イラッとしたら、まずその事実に気づき「私はイライラしている」と心のなかでつぶやいてみる。すると一瞬、いらだちが止まるというのです。いらだちの種類によっては、ストレスの限界であることも。そういう意味では、自分の気持ちを客観的に理解する判断材料にもなりそうです。
本当はなににいらだっていたのかふり返ってみる(47ページより)
いらだちの原因は本当に認知症の人の言動だったのか? 別の人が同じことをしても、同じようにいらだったか? 自問自答してみるということ。そうすれば、いらだちの背景にある問題に気づけるかも。
いらだつのはしかたのないことだと、自分を許す(47ページより)
いらだちの本質がわかってきたら、次にすべきは「それを避けることができたか」について考えること。いらだちは、さまざまな事情が重なって起きているはず。だから仕方がないことだと認め、自分を許すことも重要だということ。
それでも「よくがんばっている」と自分を認める(47ページより)
多くの負担を抱えながらも、投げ出さずに介護している自分のがんばりに目を向け、きちんと認めて自分をほめることも大切。
自分に対する厳しい態度をやわらげる(47ページより)
思うようにいかなくても自分を責めず、自分自身に寛容になる。そうすれば自然に、認知症の本人にもおおらかに接することができるようになるそう。
親と子どちらも犠牲にならない「息抜き介護」
次に進みましょう。
『認知症の親へのイラッとする気持ちがスーッと消える本』(榎本睦郎 著、永岡書店)の根底にあるのは、「認知症の親のつらい気持ちに気づき、寄り添った接し方をしよう」という考え方。
とはいえ限界もあるわけで、そんな人のためには、「息抜き介護」も必要だと著者はいいます。
「家族が介護することが親孝行」「世間体が悪い」などと考えず、介護保険サービスを利用することにも前向きな意義があるということ。
介護は親と子、どちらも犠牲になってはいけません。だからこそ、介護保険のサービスを上手に使うべきです。たとえばデイサービスには、生活リズムを作るよいペースメーカーになること、自宅にいるよりも頭と体によい刺激が与えられること、入浴させてもらえるので、入浴拒否の人にとっては非常にありがたいことなどーー医師の目から見た利点がたくさんあります。(150ページより)
そこで、「息抜き介護のポイント」を確認しておきましょう。
息抜き介護のポイント(1)介護サービスを最大限に利用しよう(151ページより)
デイサービスやショートステイを利用することは、認知症の方にとっても「生活リズムが整う」「脳の刺激になる」「体力の低下をカバーできる」などのメリットがあるもの。しかも介護者は休息でき、メンタルバッテリーが充電できるわけです。
息抜き介護のポイント(2)介護認定の申請は箇条書きで準備(152ページより)
必要なサービスを受けられると、介護負担も軽減することに。介護認定を受ける際には、症状を(1)生活の能力について(中核症状・できなくなったこと)、(2)困っている問題行動(妄想や俳諧など)の2つに分けてメモしておき、認定調査員に渡せば適切な評価を受けられるそうです。
息抜き介護のポイント(3)接し方のワザを身につけて上手に手抜きを(153ページより)
介護ストレスを軽くするには、介護にかける時間を減らすワザが必要。そこで、本人の訴えに耳を傾けつつ、基本的には否定せずにうまく受け流し、問題を先送りすべき。ポイントは、「私は味方だよ」という雰囲気を醸し出すこと。
息抜き介護のポイント(4)抱え込まず、愚痴や弱音を吐き出す(154ページより)
認知症介護は長期戦なので、ひとりで不安や悩みを抱え込まず、地域包括支援センターやケアマネージャーに遠慮なく相談を。
息抜き介護のポイント(5)本人のために施設入居を考える(155ページより)
老人施設への偏見や入所を戸惑う人も少なくありませんが、栄養の管理された食事や適度な運動、仲間との交流で脳の血液循環がよくなるなどメリットも多数。家族にも余裕ができるため、著者がいうように施設入所も選択肢のひとつにすべきかもしれません。
親の本心をわかろうとする気持ちで
さて、『親の「 老い 」を受け入れる』(長尾和宏、丸尾多重子 著、ブックマン社)には、次のようなことばがあります。
親の気持ちは、
子どもにだってわかりません。
でも、「わかろう」とすること。
それ自体が、愛情なのです。(34ページより)
思い返せば子どものころは、「お母さんはちっともわかってくれない」というような思いを何度も経験し、そして大人になったはず。
他人には理解できても、親子だからこそ、わかってもらえないことはたくさんあったのではないかと思います。
しかし、それから数十年。今度は親が「うちの子どもは私のことをわかってくれない」と思い、嘆くようになったわけです。ときには反抗され、イラッとしてしまうこともあるでしょう。
でも、そんないまこそ、一度深呼吸をして、自分の子ども時代を思い出してみてほしいと著者は記しているのです。子どものころにどんな思いを抱いていたか、深く思い出してみるべきだと。
その結果、「私のことを信じてほしい」「もっとこっちを向いてほしい」と思っていたことに気づくかもしれません。すると、いまだからこそ、親のなかにも同じ気持ちがあると実感できる可能性が生まれるわけです。
大切なのは、親の本心をわかろうとする気持ち。わからないことに、苛々したり、疲れないでほしいのです。会話をするときは、必ず見つめてあげてください、食事をするときは、話しかけながら、笑いながら食べさせてください。(36ページより)
それは、決して簡単なことではないでしょう。けれど、ご紹介した本を参考にしながらトライ&エラーを繰り返していけば、少しずつ気持ちは楽になっていくのではないでしょうか。