悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、パワハラ上司を訴えたいという人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「パワハラ上司をどうしたら訴えられるか?」(53歳男性/事務・企画・経営関連)
もちろんパワハラ(パワーハラスメント)は「あってはならないこと」ですが、残念ながら、なくなる気配がないのも事実。パワハラによる過重なストレスが原因で心を病んでしまう人も、決して少なくありません。
しかも厄介なのは、「なにをもってパワハラと呼ぶべきか」という問題に曖昧な部分があること。
悪意があってパワハラをしているというのならまだしも、パワハラをしているように見える当人が「善意」で強いことばを投げかけているというケースもあるため、線引きが難しいわけです。
今回のご相談にも、そのあたりに判断しづらいところがあります。
「パワハラ上司をどうしたら訴えられるか?」という問いかけは「自分がパワハラをされている」という前提に基づくものだと思われますが、情報が限られているだけに、現実問題として「パワハラと決めつけていいのか」どうかを判断しづらいということ。
しかし、いずれにしても、パワハラ問題と対峙する際に持つべきは「客観性」ではないでしょうか。いまある状況を、冷静に判断すべきだということ。そこで、まずは「パワハラの定義」を改めて確認するところからスタートしてみましょう。
「パワハラ」の定義を確認する
参考にしたいのは、『教養としての「労働法」入門』(向井 蘭 著、編集、瀬戸賀司、星野悠樹、樋口陽亮、友永隆太 著、日本実業出版社)。
タイトルからわかるとおり、「労働法」の観点から、労働時間、休暇、配転、解雇規制など労働法の全体像を解説したもの。必然的に内容はやや固いのですが、パワハラについてもわかりやすくまとめられています。
パワハラ事例の増加を受け、厚生労働省は2011年7月から「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」を開催し、パワハラの定義や行為類型等に関する検討を行なったそう。
そして2012年1月30日には「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」が公表され、同年3月には「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」が取りまとめられました。
そこで定義されているパワハラとは次のとおり。
【定義】
職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。
【行為類型】
暴行・傷害(身体的な攻撃)
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
私的なことに立ち入ること(個の侵害)
(274ページより)
これはほんの一端に過ぎず、以後もパワハラについての詳細な定語が紹介されています。繰り返しになりますが、本当に訴えるのであれば正統性、客観性が必要とされるだけに、まずはご自身のケースがこれらに当てはまるかどうかというところから、慎重にことを進めていくべきではないかと思います。
さらには、
パワハラをなくしていかなければならないのはもちろんですが、一方で適切な業務指導が萎縮する事態も避けなければなりません。
そのため、雇用管理上講ずべき措置を取るにあたって、具体的にどういった言動が適切であるか、まずは個々の企業内において労使でハラスメント認識の共有化を図る必要があります。(275ページより)
この部分も、心にとどめておく必要はありそうです。
録音やメモで被害の状況を記録しておく
では、いじめ・パワハラの対処法についてはどのように考えるべきなのでしょうか? この問題について参考にしたいのは、『身近な労働相談―ケーススタディ労働法』(水谷英夫 著、日本加除出版)。
著者は、職場のいじめに関する著作も多い、労働法に精通した弁護士。そのような立場に基づき、全国の労働局や弁護士会で扱われた相談のなかから「備えておくべき知識」を紹介しているのです。
パワハラ問題に関しては、まずQ&Aが例示されています。
Q:上司と仕事のやり方をめぐって口論になってから、必要な書類が配られなかったり、他の社員の前で怒鳴られたり、同僚からの陰口や無視などが続いており、精神的に苦痛となっていますが、どうしたらよいでしょうか。
A:いじめやパワハラは、加害者本人の不法行為や使用者の責任を追及できるので、まずは、上司に対していじめ・パワハラをやめるよう要求し、それでもやまない場合は使用者に是正措置を要請する必要があります。(182ページより)
いじめの被害にあったらするべきは、日時、場所、どのような被害にあったか、相手に伝えたこと、近くに誰かがいたかなど、具体的な状況をできるだけ詳細にメモすること。
そして、その上で自分がどのように感じているかを説明し、相手に行為をやめるよう要求するべきだそうです。
口頭で申し入れても効果がない場合は、文書で行い、いじめが行われていたこと、やめるように要求したことの証拠とすることも考えられるといいます。
いやがらせのひとつとして「仕事を与えられない」場合は、常に業務を行える状態を整え、指示の内容を確認するなど、「働く意思」があることを対外的に示すことも必要。
いやがらせとして「仕事の指示を変更する」といったこともあるため、あとで「言った」「言わない」ということにならないように、録音やメモをとっておくことも忘れずに。
とくに悪口や暴言などについては録音しておき、その上で労働組合や弁護士、あるいは弁護士会の人権救済部門に相談するとよいそうです。
## 「職場内解決」という手段もある
ところで今回のご相談のように、パワハラが行きすぎた場合には訴訟のことも考えなければならないかもしれません。一方、「職場内解決」という手段もあると指摘しているのは、『職場でできるパワハラ解決法』(金子雅臣 著、日本評論社)の著者。長きにわたる労働相談の実績を持つ、労働ジャーナリスト、一般社団法人職場ハラスメント研究所代表理事です。
争いごとがあれば、真っ先に裁判を考えたくなるかもしれませんが、費用がかかるほか、弁護士を探す手間などもあり、ハードルはなかなか高いもの。
しかも高い費用と時間を使って裁判をしたからといって、それに見合うだけの納得できる解決が得られるとは限りません。
それならば、どのような解決方法があるのでしょうか。その答えこそが和解という解決方法なのです。(中略)簡単に言えば、利害関係のない第三者が入って、言い分を双方から聞いて、当事者の対立についての調整を行なって円満な解決をめざすというものです。(119ページより)
白黒、勝ち負けではなく、相互の了解を求めるため、さまざまな価値判断を含めて両者の歩み寄りを求めるということ。
つまり、ある部分においては譲歩しても、別の部分では利益を得ることもあり、それらを統合して双方が納得ずくで話を進めるのが和解。白黒をつけるよりも、利害関係を調整することに主眼を置くやり方であるといえるのでしょう。
和解とは当事者の納得を求める点から究極のウィンウィンゲームであるとも言われます。和解では白黒の決着をつけることが目的ではないので、解決に双方が不満を残さないため、一刀両断的な解決は求めようとはしません。合理的で実情にかなった現実的な解決を徹底的に求めることになります。しかも、最終解決を求めて行われるため、今後の紛争の火種は残さないように包括的な解決が求められることになります。(120ページより)
成り行きで発展してしまった対立は、一度始まってしまえば当事者にはなかなか止めることができないもの。したがって、そういった場合には誰かが止めに入ってくれることが期待されるわけです。
職場内での言い争いなどの場合、ほとんどがこうした条件に当てはまるケースだと著者は指摘しています。
「辞めろ」「辞めてやる」というような究極の争いは、誰にとっても利益はないもの。ましてや身内の端でもある争いを社外に持ち出すべきではないからこそ、場合によっては「職場内解決=和解」という選択肢もあるということです。
今回のケースがそこに当てはまるかどうかは定かではありませんが、訴えることだけが手段ではなく、さまざまな方法があるということは記憶にとどめておくべきかもしれません。