悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回はお正月の特別編として、印南さんの新刊『それはきっと必要ない: 年間500本書評を書く人の「捨てる」技術』のセルフ・ライナーノーツをお届けします。
あけましておめでとうございます。
年が明けても新型コロナの勢いは止まりませんが、行動範囲を制限されるぶん、結果として家族で静かなお正月を楽しむことができているという方も多いのではないでしょうか?
僕も妻の実家への帰省が中止になったため、例年にないインドアな新年を過ごすこととなりました。でも、それが意外に心地よかったことも事実なんですよね。
これまでの正月はといえば、時間を持て余したあげくに「どこかに出かけなくちゃ」などと思って意味もなく街をぶらついてみたり、行き先を決めずドライブに出かけたりしていたのでした。
が、そういうものがなくなった結果、「別に無理して出かけたりしなくたって、"家の正月"の楽しみ方は意外にあるものだな」と、当たり前のことに気づくことができたのです。
家族でゲームをしたり、時間に追われてなかなか読めなかった本をゆっくり読んでみたり、時間に余裕のある正月って、そういう"当たり前のこと"をするのに最適じゃないですか。だとしたら、そんな時間を楽しめばいいのだと、改めて感じたということ。
そしてその結果、「正月にはけっこうムダが多いな」と実感することにもなったのでした。
しかしそう考えると、日常生活のなかにはやはり「必要ない」モノやコトがまだまだたくさん隠れていそうです。
ということで、少々こじつけっぽくはありますが、今回はそんな考え方ともリンクする僕の新刊『それはきっと必要ない』をご紹介させていただきたいと思います。
その名のとおり、モノから考え方まで、僕が「これは必要ないんじゃないかなぁ?」と感じていたものを取り上げ、それが本当に必要か、必要ないなら、そこからどうすべきかなどについて考察したエッセイです。(「はじめに」より)
誠文堂新光社のサイト「よみものどっとこむ」で、2017年1月から始まった同名連載をまとめ、大幅に加筆修正を加えたもの。連載が始まったきっかけは、上記のような「世の中にあるムダ」についてのモヤモヤした気持ちでした。
そういうものが心のどこかにずっとあり、なかなか消えてくれなかったのです。
そこで本書では、「仕事」「コミュニケーション」「インプット」「生活習慣」「メンタル」と、さまざまな角度から「必要ない」モノやコトに焦点を当て、本当に必要なのかどうかを考えなおしているのです。
今回はそのなかから、コロナ禍での心の持ち方にも関連する「『ナーバスになりすぎるコト』は必要ない」に焦点を当ててみたいと思います。
新型コロナウイルスの影響で、社会のシステムが大きく変わりました。そしてそんな状況は、(少し前に問題かした“自粛警察”がそうであるように)心の荒んだ人の数を増やしたようにも思えます。先行きのわからない状況が、人をナーバスにしているのでしょう。
もちろん気持ちは同じなので、僕にも理解できる部分はあります。しかし理解できるだけに、「あえて、物事をいい方向に考えよう」と提案した句もあるのです。かつて、そうすることで乗り越えられた過去が自分にあるから。(188ページより)
そう、僕はかつて、リーマンショックと前後して仕事が激減し、「これからどうしよう?」と極限状態まで追い詰められたことがあるのです。当時は常に気持ちに余裕がなくピリピリしていて、うつの一歩手前まで行ったように思います。
しかしその後、たまたま思いついた「あること」を試し、習慣にしてみた結果、(時間はかかったものの)少しずつ気持ちが落ち着いてきたのです。
それは、端的にいえば「他者との気持ちの共有」。
たとえば道で、知らない人とすれ違ったとします。そういうとき、少なくともひとりで歩いている人であれば、たいていは無表情か、もしくは真面目な顔をしていますよね。自分も含め、普通はそんなものです。
でも、あるときふと思ったのでした。
「いま怒ったような表情をしていたあの人も、家族とか恋人とか、大切な人の前では笑顔になるんだよなー」と。(189ページより)
こういうことを感じたなどというと、「宗教っぽいんじゃね?」と思われる方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。けれど、僕はそういうものを一切信じない人間です。だいいち、そんな崇高なものではなく、本当に"たまたま"頭に浮かんだだけのことだし。
しかし、それはともかく、そんなことを考えたらなんだか気持ちが楽になったのです。そこで、以後も意識的にそう考えてみるようにしてみた結果、少しずつ、でも確実に気持ちが穏やかになっていったわけです。
そして「いくら苦しかったとはいえ、以前の自分はずいぶん攻撃的だったなぁ」と反省することができ、ナーバスになることも減っていったのでした。
そこから得たのは、つらいかもしれないけれど、いま、目の前にある状況を「受け入れる」、そして、「そこからどう進むべきかを冷静に考えてみる」ことの大切さです。そして、その過程において「みんな同じようにつらいんだよな」というような“共有感”が大きな助けになったということ。(190ページより)
そんな実体験があるからこそ、この方法は試してみる価値があると強調したいのです。
最初はうまくいかないかもしれませんが、慣れれば必ず、前向きになれるはずだから。さらにはその結果、ナーバスになる機会も少しずつ、でも確実に減っていくことでしょう。
これは経験則でしかないのですが、世の中は、無理にでも穏やかな気持ちになれれば、結果的になんとかなるようにできている気がします。少なくとも、いつまでもムダな攻撃性を抱え込んでいるよりはマシですし、攻撃性を手放せないと、余計にきつくなっていくものでもあります。だいいち、つらいからって苦しみ続けるより、(あえて自分を騙してでも)笑って生きたほうが楽じゃないですか。空笑いでもいいんですよ。(191ページより)
たとえば、こんな感じ。こういうことを書いている本なのです。
他にも「仕事」に関しては「『自分でやった方が早い』は必要ない」「長いメールは必要ない」、「生活習慣」については「『スマホ依存』は必要ない」、「メンタル」については「『中途半端な善意』は必要ない」などなど、扱っている"必要ない"ものは多種多様。
ちなみに連載スタートから3年も経てば価値観などいろいろなことが変化して当然ですから、時代に合わせて「書きなおし」と呼んでもいいほど加筆してあります。
決して難しい内容ではなく、気軽に読んでいただけるはずなので、手にとっていただけると光栄です。
それでは、どうぞ今年もよろしくお願いします。