悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、新しい仕事に苦戦する人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「部署が変わり、新しい仕事を覚えるのが大変」(58歳女性/事務・企画・経営関連)
今回のご相談にお答えするにあたっては、2つの方向性があるなと感じました。
まず最初は、新しい仕事を覚えるための「策」をご提案するという方法です。ただ、結局のところそれは一時しのぎにすぎません。
なんらかのテクニカルな手段を使えば、とりあえず"目の前の壁"を乗り越えることはできるのかもしれません。しかし、それでは本質的な解決にはならないわけです。
なぜなら生きている限り、そして仕事をしている限り、おそらくこの先も似たような壁は目の前に現れるはずだから。したがって、直近の問題に"とりあえず"対処するだけでなく、将来を見据えた考え方をしなければならないと感じたわけです。
だとすれば結局のところ、求められるのは「強い精神力」なのではないでしょうか?
たとえば新しい仕事を覚えるにあたっても、実務的な問題より重要なのは精神的なストレスであるはず。
「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」「なかなかうまくいかない」「どうしても慣れない」など、新しい仕事を覚える際には、そこについてまわるストレスともうまく折り合いをつけていかなければならないということです。
逆にいえば、強い精神力さえ培うことができれば、根底に本当の意味での"強さ"を持つことができれば、なんとかなるのです。もちろんその場においての苦労はあるに決まっていますけれど、それらに対しても"乗り越えるべきもの"として冷静に対処できるようになるわけです。
そして、そこまで到達できれば、目の前の仕事のことでの悩みは取るに足らないものだと思えるようになるかもしれません。もちろん相応の時間はかかるでしょうが、時間をかける価値はあるはず。
自分が変わり新たな可能性に出会うチャンスに
『自分の「殻」をやぶる生き方』(岩泉拓哉 著、すばる舎)の著者は本書の冒頭で、自分の視野を広げることの重要性を説いています。もしもいま、自分のやり方がうまくいっていないのであれば、ビジネスの無限の可能性に目を向けるべきだと。
成功のパターンは無限であり、過去のやり方がうまく機能しなくなったのであれば、そこに新たな手法を加えていけばいい。(中略)
自分が変わることは、これまでの自分を否定することとは全然違う。むしろ、自分でも気づかなかった、新たな可能性に出会うための挑戦だ。あなたにとっては、飛躍のチャンスなのである。(「今、あなたが変わるとき……まえがきに代えて」より)
この考え方は、今回のご相談にも当てはまることではないでしょうか?
著者は、鳥取県の山奥の禅寺に生まれ、18歳で得度し僧籍を得たという人物。大学卒業後は大手証券会社、出版社でサラリーマン生活を送り、37歳でマスコミ関連の会社を設立したのだといいます。
本書はそのような経歴を軸として、仕事に対する独自の考え方を綴ったもの。ストレートで個性の強い文体ですが、だからこそ納得せざるを得ない力が備わっています。
自らの意思で自分の限界に挑戦する。それは、言うほど、易しいことではない。しかし、見方を変えれば、まだまだやれるということでもある。 やるだけのことはやった、と言える努力をしたか否か、それは、自分自身が一番わかっている。もうこれくらいでいいのではないか、という先にこそ、仕事の付加価値は生まれているのではないだろうか。(38ページより)
もちろん本気で取り組んだからといって、必ずしもうまくいくわけではないはず。「新しい仕事を覚えるのが大変」という壁をすぐに乗り越えられるとは限りませんし、失敗も多いことでしょう。
しかし、そうした経験は、現時点での自分の力を知り、目標との差を意識する格好の機会となるものだと著者は言います。逆に、無意識のうちに逃げ道をつくって、そこに安住してしまうことこそが本当に怖いのだとも。
つまり、悩みながらも努力を重ねていけば、そこで初めて、自分が優先して取り組むべきことが見えてくるということなのです。
「やりがいのある課題」と考えて歓迎する
著者のことばを借りれば、『happy@work 情熱的に仕事を楽しむ60の方法』(ジム・ドノヴァン 著、弓場 隆 訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、仕事の場において、熱意や満足度、生産性を飛躍的に向上させる方法を紹介したもの。
すべて著者の実体験に基づいていて、どれも日々の生活のなかで実践されてきたものばかりなのだそうです。
各項目が独立しており、それぞれに日常生活で応用できるアイデアが盛り込まれています。そのため始めから順に読んでいくことはもちろん、自分にフィットした項目を抜き出して読むこともできるのです。
たとえば今回のご相談については、「問題をチャンスに変える」という項目が参考になりそうです。
名作『かもめのジョナサン』(新潮社)で知られる作家のリチャード・バックは、「恩恵のない問題はない。われわれが問題を探し求めるのは、そこに隠されている恩恵を必要としているからだ」と書いている。
ただし、本当に重要なのは、問題を探し求めるかどうかよりも、問題に遭遇したときにどう対処するかである。わたしがずっと前に学んだ素晴らしいテクニックは、「問題」を「やりがいのある課題」と言い換えることだ。たんなる言葉のトリックのように見えるかもしれないが、よく聞いてほしい。
「問題」なら避けたくなるが、「やりがいのある課題」なら、思い切って乗り越えようとする対象となる。一見取るに足らないこの言い換えは、状況にどう対処するかに大きな影響を与える。(14ページより)
そのとおりではないでしょうか? 「問題」をやりがいのある「課題」とみなし、そのなかに恩恵が隠されていると考えるなら、それを活用することができるわけです。覚えるのが大変な新しい仕事も、やり方次第では自身の才能をアピールするためのチャンスともなりうるということ。
そこで、なんらかの課題が巡ってきたとき、それを避けるのではなく歓迎しようと著者は提案しています。
さらに、それをチャンスに変えるために「なにができるか」を自問し、それを活用するための最善の方法を模索すればいいのです。
仕事を楽しむ行動ステップ
「問題」ではなく「やりがいのある課題」と考えて歓迎しよう。
その課題をチャンスに変えよう。
(16ページより)
厳しくとも「現在」に目を向ける
さて最後は、上記2冊とはタイプの異なる一冊をご紹介しましょう。『ビジネスマンの教養』(佐々木常夫 著、ポプラ新書)。
歴史に残る先人たちのことばのなかから、著者の心に深く残り、自身の人格育成に影響を与えたものを選んだもの。
ことばを通して伝えられる先人たちの生き方が、いまの時代を生きる私たちに勇気と希望を与えてくれるという考え方に基づいて編まれているのです。
もの寂しげに過去をみるな。
それは二度と戻ってこないのだから。
抜け目なく現在を収めよ、それは汝だ。
影のような未来に向かって進め。
恐れず雄々しい勇気をもって。
ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー(120ページより)
これは19世紀アメリカの詩人、ロングフェローのことば。ここで重要なポイントは、過去の記憶の多くは、甘く美しい思い出とともに蘇ってくるものであるという点です。
ある研究によれば、人は過去の記憶について、良い思い出、悪い思い出、どちらでもない思い出を、だいたい6対3対1ぐらいの比率で覚えているといいます。おそらく人が精神的なバランスを保つうえで、この比率がいちばんいいということでしょう。(120ページより)
たしかに私たちは過去を振り返る際、「昔はよかった」と口にしがち。たとえば新しい仕事を覚えるのに四苦八苦するなかにおいても、「前の慣れた仕事のほうが楽だったな」というようなことを考えてしまうものです。
しかし、それは偏ったものの見方である可能性が高いということ。本当はその時々で、楽しいことも苦しいこともたくさんあったはずなのに、それを忘れてしまっているわけです。
だとすれば、いまは「なんて苦しい毎日なんだろう」と思うことが多かったとしても、10年後や20年後に現在を振り返れば、「あのころはつらいことのほうが多かったけれど、楽しいこともあったな」と思えるようになっている可能性もあるのです。
ロングフェローが言うように、もの寂しげに過去を振り返っていても無意味。なぜならそれは、過去を理想化して見ているだけだから。
でも大切なのは、厳しくとも「現在」に目を向けることであるはず。そのほうがずっと建設的な生き方ができるということです。