悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、ヒステリックな上司との付き合い方に悩む人のためのビジネス書です。
■今回のお悩み
「ヒステリックな上司との付き合い方がわかりません」(46歳男性/販売・サービス関連)
今回のご相談内容を拝見して思い出したのは、20数年前の自分のこと。当時勤めていた会社の上司が、なかなか厄介な人だったからです。
その上司は「声が大きい」タイプで、ちょっとしたことでも必要以上の大声を出したのです。ヒステリックというより単なる癖だったのかもしれませんが、どちらにしても部下からすれば苦手な存在。
だから僕も他の人も、その上司が大声を上げるたびに少なからず萎縮し、「またか、まいったなぁ……」という気分になっていました。
ただ、日常的にその上司の行動や言動をチェックしてみた結果、あることに気づいたのです。彼は基本的に気の小さい人で、そんな自分の弱点を覆い隠すため、無意識のうちに声を張り上げているのではないかと。
で、そういうことらしいと推測できたら、僕のなかの苦手意識も少しずつ薄れていき、それどころか「不器用だけど、憎めない人だなぁ」という思いに変わっていったのでした。
そんな経験があるからこそ、ヒステリックだったり感情的だったりする上司のことは、あえて違った角度から観察すればいいのではないかと考えるわけです。
感情的な上司を冷静な目で見る
『損か得か いつもうまくいかない人生を変える18の思考法』(三浦 将 著、あさ出版)は、人材育成・組織開発コンサルタント/エグゼティブコーチである著者が、人生を改善するための思考法を明らかにした書籍。
著者はここで、感情的になることがいかに損であるかについて、「怒る上司」をモチーフにして考えています。「だから感情的になるのはよくない」ということを伝えるために書かれているわけですが、これを別の角度から捉えてみると、そんな上司の弱さが見えてもくるのです。
たとえば、部下のミスについて、人前で激しく怒った上司がいます。
一見、彼が怒る目的は、ミスへの怒りです。
しかし、実は、これを機に自分と部下の上下関係をはっきりさせることが目的になっていたりしているのです。
厄介なことに、この真の目的を本人もハッキリと認識できていないことがあります。潜在的な欲求に突き動かされ、知らず知らずのうちに声を荒げているなんてことも起こりうるのです。
「怒る時にちゃんと怒っておくことは、相手のためだ」
などと、いくら自分の行為を正当化しても、怒る目的のメインは、マウントを取ることにあるのです。(72〜73ページより)
この場合、上司は感情的になることがどれだけ破壊的な行為であるかを認識していません。それどころか、マウントを取った気になっているわけです。おそらく、そこに重要な鍵があるのではないでしょうか?
今回のご相談にある上司も似たタイプなのでしょうが、感情的に、ヒステリックに相手を威嚇するような上司は、そうすることで自分を大きく見せようとし、あわよくば自分のことを大きく見せようとしているわけです。
でも、だとすれば、そんな目論見は失敗に終わることでしょう。なぜなら理不尽ない感情をぶつけられたとしたら部下は萎縮し、上司に不信感を抱くはずだから。
つまり結果的に損をするのは上司なのですが、本人だけがそれに気づいていないわけです。部下の視点からすると、そこに重要なポイントがあると思います。
感情的な上司を冷静な目で見ることができるのであれば、その時点で部下のほうが精神的に大人だということになります。したがって、もし上司が感情を剥き出しにしても、「そういう人なんだな」と流す余裕を持つことができるのです。
もちろん、反省すべき部分があるのであれば、まず最初に自身がしっかり反省する必要はあるわけですが。
ちなみに冒頭で触れた上司がそうだったのですが、そういう視点を持つと、「この人は決して強くなくて、そして不器用なんだろうな」などと、なんだか憎めなくなってきたりするですからなんとも不思議。
すべてのケースに当てはまるとは限りませんが、そうやってこちらが一歩引いた視点を持つと、結果的にはその距離感が有効な関係に結びつくこともあるのではないかと、経験を踏まえたうえで感じます。
感情的になる理由を考えてみる
そういう意味では、なぜ上司が感情的になっているのか、つまり「感情が生まれる理由」について考えてみることも無駄にはならないことがわかります。そこで参考にしたいのが、『感情はコントロールしなくていい 「ネガティブな気持ち」を味方にする方法』(石原加受子 著、日本実業出版社)。
心理カウンセラーである著者は本書の冒頭で、「ネガティブな感情は、自分が自分を守るため、あるいは愛するための、自分に無意識からのメッセージ」であると定義づけています。
だとすれば、ヒステリックな上司についても同じことが言えるでしょう。怒りの感情が生まれる理由を突き詰めれば、上司の気持ちも多少が理解でき、多少なりともそれが関係性の改善につながっていくはずなのです。
ネガティブな感情であれポジティブな感情であれ、理由がなくて起こることはありません。
なんらかの理由があるから感情が起こるのです。
自分にとって好ましいことが起これば、ポジティブな気持ちになります。
自分にとって不都合なことが起これば、ネガティブな気持ちになります。 感情によって、自分に何が怒っているかがわかります。とくにネガティブな感情であれば、それによって、自分のどこに問題があるのかを探り当てることができます。
感情は自分の問題点を見つけ出すツールなのですから、「感情を抑えたり、コントロールする」というのは、はっきり言うと間違っているのです。
そう言う意味で、感情は、自分にとっての「情報」だと言えるのです。(15ページより)
さて、ここで上記の文章の「自分」を「上司」に置き換えてみていただきたいと思います。すると、上司の気持ち(弱さ)が見えてくるのではないでしょうか?
たとえば上司が部下を怒鳴ったとしたら、その原因のひとつは、部下に腹が立ったことであるはず。しかし本当は部下に対してではなく、別のことでイライラしていて、その怒りを部下にぶつけてしまったということも推測できます。
あるいは上司の根本的な問題として、人や社会に対しての認識が間違っていたり、根底にある意識そのものがネガティブであったりすることも考えられるでしょう。
そう捉えてみると、部下の目には「なぜ上司が感情的になっているのか」が明らかになるはず。だからこそ、怒鳴られても萎縮したり反感を持ったりするより先に、冷静な視点を持つことが大切だと考えるわけです。
マインドフルネスで自身を癒やして答えを探す
とはいえ冷静に心を落ち着かせることは、口で言うほど簡単ではありません。そこで最後に、危機的な局面に立たされたとき、精神的な助けになりそうな一冊をご紹介しておきたいと思います。
精神科医である著者が、危機的な状況下での生き方を説いた『危機を乗り越えるマインドフルネス』(藤井英雄 著、みらいパブリッシング)がそれ。
ここでいう「危機」が指しているのは、おもにコロナ禍。しかし広い視野で捉えると、今回のご相談のような仕事に関わる問題など、さまざまなことがらにもあてはめることができるのです。
私は自らのネガティブ感情をマインドフルネスによって克服してきました。マインドフルネスとは「今、ここ」の現実に気づき、客観視することでネガティブ思考を客観視して手放し、ネガティブ感情を癒す、とても素晴らしいツールです。
不安と恐怖と猜疑心、そして怒りなどのネガティブ感情にとらわれている時にハッと我に帰り、ネガティブ感情にとらわれている自分を客観視して手放すことができたなら、一歩引いた視点に立ち、ほっと一息ついて新しい可能性と選択肢を見出すことができるでしょう。(「はじめに」より)
つまり大切なのは、それがいいことであれ悪いことであれ、楽しいことであれつらいことであれ、いま現実的に目の前にあることを受け入れること。そうすれば自ずと、「どう対処すべきか」「どう進んでいくべきか」についての答えが見えてくるわけです。
なぜなら、そうすることによって冷静さや客観的な視点を持つことが可能になるからです。
これら3冊を通じてお伝えしたかったのは、つらいときこそ、大きな視野に立ってみるべきではないかということ。そうすれば、やがて適切な答えにつながっていくものだと考えるからです。
たとえばそのいい例が、冒頭で触れた「声の大きい」上司。「不器用だけど、憎めない人だなぁ」という思いに至った結果、それまで苦手だったはずのその人との関係がよくなっていき、それからはいい飲み友だちにもなったのです。視野を変えることができたからこそ、そんな仲になれたのだろうなと、いまでも思い出します。