悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、テレワークのコミュニケーション不足に悩む方へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「最近テレワークが中心で、コミュニケーション不足を感じる。順調に進んでいる間はよいが、顔が見えない時間が長いことで、問題を抱えていることに気付きにくかったり、伝えたいことが本当に伝わっているのかモニタ越しではわからなかったりということが多く、新しい生活様式はすごく難しい」(55歳男性/IT関連技術職)


テレワーク/リモートワーク関連の書籍は、これまでにも何度かご紹介してきましたが、そのたび感じたのは「戸惑う人」の多さです。従来の働き方の多くが通用しなくなったのですから、当然といえば当然ですよね。

特に問題なのは、業務の進め方よりも、今回のご相談にある「コミュニケーション」のあり方。そこにはどうしても、世代格差の影響が出てしまうからです。

物心ついたときからインターネットやSNSが身近にあった若い人にとって、“顔の見えないコミュニケーション”はさほど問題のないことなのかもしれません。ところが、今回のご相談がまさにそうであるように、“対面”を前提として仕事を進めてきた世代の場合はそうとも限りません。

だからすれ違ってしまうわけです。しかもそれは世代感覚なので、どうにもならない部分もあってなかなか厄介。でも、だからこそ“上の世代の理解”が大切なのではないかと個人的には思います。

豊富な経験に裏づけられた上の世代の考え方だって、もちろん理にかなってはいるでしょう。しかし、必ずしもそれを下の世代と共有できるとは限りません。働き方自体が変わった以上、それは仕方のないことなのですから。したがって、「新たなスタイルになじめない」と嘆くのではなく、「なじむ努力」をすることも必要だと考えるのです。

「なんで俺(の世代)が譲歩しなきゃならないんだ」という不満もわかりますが、目の前にある"新たなスタイル"こそがいまやスタンダードなのだと意識を変えてみるべきだということです。

そして凝り固まった考えを捨て、頭を柔軟にして“新たなスタイル”を受け入れ、理解し、使いこなすーー。そんな姿勢が大切なのではないでしょうか? 今回はそのような観点に立ち、参考になりそうな3冊を選んでみました。

思慮深いコミュニケーションで理解と良好な関係を深める

2010年のある日、70年の歴史を持つ業界リーダーのカプラン社が、完全なリモートワークを取り入れたまったく新しい構造の組織へと移行したのです。この過激な改革から学んだことを、後にまとめたのがこの本です。これは働く人による働く人のための本です。本書は働く側の視点で書いたリモートワークの本です。(10ページより)

『リモートワーク・ビギナーズ 不安を取り除くための7つのヒント』(テレサ・ダグラス、ホリー・ゴードン、マイク・ウェバー 著、上田勢子 訳、明石書店)の冒頭にはこう書かれています。

  • 『リモートワーク・ビギナーズ 不安を取り除くための7つのヒント』(テレサ・ダグラス、ホリー・ゴードン、マイク・ウェバー 著、上田勢子 訳、明石書店)

舞台であるカプランテストプレップ社は、アメリカ、カナダ、ヨーロッパに170カ所のオフィスを持ち、教育業界で長い歴史と実績を誇る企業。にもかかわらず突然、在宅勤務のバーチャル主流のスタイルへと大きく舵を切ったというのですから、なにも知らされていなかった社員は戸惑ったことでしょう。

しかし結果的にそれは成功だったようで、ここにはリモートワークから多くのものを得た人たちの声が反映されているのです。

バーチャルの世界のコミュニケーション方法は多彩です。誰かと廊下ですれ違ったり、デスクで会ったり、ランチに誘ったりすることはできないものの、メールやインスタントメッセージのアプリなど、新しいコミュニケーションのために用意されたツールを使いこなせば、可能性は大きく広がるわけです。

それらを利用するうえでは、(たとえば見えやすいようにステータスを大きく設定するなど)細かい配慮も必要。そのぶん抵抗感もあるでしょうが、それもまたコミュニケーションのひとつであると考えれば、気持ちは楽になるのでは?

コミュニケーションのスタイルが変わっただけなので、そのスタイルを身につければいいだけのことなのです。

大切なのは、相手の意図が理解できているかどうかを確認すること。「相手がなにを言おうとしているのかわかっている」と思い込むべきではなく、わからないことがあれば質問する姿勢が大切だという考え方です。

往々にして、私たちは書かれた言葉の意味を、書き手の意図よりもネガティブなものとして受け取る傾向があります。送信ボタンを押す前に、もう一度自分の書いたメッセージを読んで、意図したトーンが伝わるかどうかを確認してください。(80ページより)

バーチャルな世界でのコミュニケーションでは、気をつけなければならないことがたくさんあるもの。だから「面倒だ」「伝わりにくい」という感情を抱いてしまうのかもしれませんが、思慮深いコミュニケーションを選択することによって、理解と良好な関係が深まるのだと著者は記しています。

「雑談ができる環境」を保つ

一方、リーダーシップという観点から新しい働き方について考えているのは、『新時代を生き抜くリーダーの教科書 不確実で予測不能な時代の生存戦略』(越川慎司 著、総合法令出版)の著者。

  • 『新時代を生き抜くリーダーの教科書 不確実で予測不能な時代の生存戦略』(越川慎司 著、総合法令出版)

全国の普及率が10%未満であったテレワーク(遠隔業務)が今や働き方の通常オプションへと変わり、オンライン会議ツールで飲み会をするようにすらなりました。儲け方(ビジネスモデル)も変わっていきます。しっかり管理さえしていれば、確実に成果が出るということではなくなったのです。かつての成功を順守させるのではなく、失敗の先に成功があることをメンバーに教えて正しい方向へ導く必要があります。(「はじめに」より)

つまり、これからのリーダーには、そうした考えをもとにメンバーをまとめあげ、方向性を示して先導していくことが求められるということ。そのため本書でも、テレワーク/リモートワークに関する心構えやメソッドにも多くのページが割かれています。

たとえばコミュニケーションについて著者は、「心理的安全性」があるチームは発言数が増え、生産性が上がると主張しています。逆に言えば、メンバー間のコミュニケーションで使うビジネスチャットやオンライン会議では、「心理的安全性」が担保されていないとうまく対話ができないということです。

具体的には、「オンライン会議では、ビデオをオンにして冒頭の2分は雑談を行う」など、お互いに意見が言い合える関係を構築することが大切。さらにはオンライン会議の冒頭で各自の役割を明確にすれば、参加者が孤立することも防げるそうです。

雑談で心理的安全性を確保する上で重要なことは、はじめにくだらないことを言うことです。そうしないと、周りの人たちは精神的なハードルが高まり発言しにくくなります。安全性が確保されていなければ話さないほうが安全なわけですから、発言量が減り結果的にその会議の目的を達成しません。(174ページより)

「くだらないことを言う」とは意外な発想ですが、たしかに職場でもテレワーク/リモートワークでも「雑談ができる環境」が保たれていれば、場所に関係なくコミュニケーションの機会は増えることになるでしょう。

新しい価値観を理解する

いずれにしてもテレワーク/リモートワークの時代には、上司のあり方自体が問われているとも言えそうです。そこで最後に、『私が「ダメ上司」だった33の理由』(午堂登紀雄 著、日本実業出版社)をご紹介したいと思います。

  • 『私が「ダメ上司」だった33の理由』(午堂登紀雄 著、日本実業出版社)

著者は、稚拙なマネジメント能力のせいで、自らが立ち上げた組織を空中分解させてしまったという経験の持ち主。

自分の理想を追い求めるあまり社員と向き合うことをしなかったため、部下の反発にあい、嫌われ、その結果、部下が次々と辞めていくという悪循環を生んでしまったというのです。

つまり「上司失格」だった自身の失敗をもとに、「やってはいけないリーダーシップ」について考察したのが本書だということ。

今回のご相談と紐づけることができそうだと感じたのは、第4章「やる気」内の「部下の『価値観』が理解できなかったという項目です。

若者の価値観や行動を「理解できない」「信じられない」と感じる人もいるでしょう。しかしそれは時代性の違いであり、そういうものだという前提で接していく必要があります。
人の価値観や常識は時代背景に大きく影響を受けます。
いまの若い世代の価値観も意識も、いまという時代の産物です。だから自分が部下だったときのことを振り返って接しようとしても、時代環境が違うのであまり役には立ちません。
同様に、これら感受性の違いや価値観の違いを嘆いても否定しても意味がありません。(141〜142ページより)

これは「やる気を引き出す」ことについて書かれたものですが、そのまま新しいテレワーク/リモートワークに対する姿勢にも当てはまるのではないかと思います。

そういう意味では、基本に立ち返ってみるためにも本書を参考にする価値はあると考えるわけです。


新しいものやスタイルは、たしかに受け入れにくくもあります。しかし多くの場合、それは考えすぎでしかないと考えるべきです。その証拠に、人はすぐに慣れることができます。"慣れないもの"も、あっという間に"すぐに慣れるもの"になるのです。

そこで「新しい生活様式はすごく難しい」ではなく、「新しい生活様式はすごく楽しい」と考えてみてはいかがでしょうか? ご自身がそういうスタンスに立てば、部下や若い人たちも、モニターの向こうから手助けをしてくれると思います。