悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、部下のモチベーションを上げたいと思っている方へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「部下のモチベーションを上げるのが大変である」(49歳男性/IT関連技術職)
程度の差こそあれ、人はとかく、所属する組織や上司のことを否定したがるものではないでしょうか? 環境に慣れてくると、少なからず不満のたぐいは出てくるものですからね。僕自身にもそうだった過去があるので、なんとなくそんな気がします。
もちろん、本当に不満に感じていて、改善を強く望んでいるというケースもあるでしょう。しかしその一方には、「なんとなく嫌だな」というように、漠然と不満を感じているにすぎない人もいるはずです。
どうあれ、そんな思いはモチベーションの低下につながりやすいもの。だからこそ組織や上司は、部下がそうなってしまわないように日ごろから配慮すべきなのでしょう。
大切なのは、「きちんと部下を指導できているだろうか?」など、上の人間として自分を客観視すること。その結果、もし反省すべきところがあったなら反省し、改善するように心がけるわけです。
また、少しでも部下が前向きになれるようなアイデアを考え、実行することも重要。もちろん簡単なことではありませんけれど、上に立つ人間である以上、それを避けるべきではないはずです。
いずれにしても「フラットな視点」、いいかえれば「客観性」が重要だということになるのかもしれません。そこを欠いている人がいるからこそ、昔からこの問題は解決しないのだとも考えられるのですから。
「仕事が進捗した」と感じられるよう仕向け評価する
そう、「どうやったらモチベーションを高められるのか」ということは、いまに始まった問題ではなく、長らく人を悩ませてきたことでもあるのです。
ところが巷にあふれる「モチベーション本」は、30〜50年前のモチベーション論ばかりで、現代の知見がまったく活かされていない。『モチベーションの新法則』(榎本博明 著、日経文庫)の著者は、そう指摘しています。
そこで本書では、「今でも十分通用する古典的名著と言うべきモチベーションの基本理論を紹介するとともに、最新のモチベーション理論やそこから得られた画期的な知見もふんだんに紹介」しているわけです。
今回のご相談に対しては、第3章「ちょっとした声がけの効果」が特に役立ちそうです。なぜならここでは、「モチベーションは気分に大きく左右される」という観点から、上司のちょっとした声がけの効果について考え、そのコツを紹介しているから。
上司に声をかけられると、部下は「自分のことを気にかけてくれている」と感じ、それがモチベーション・アップにつながるもの。
それどころか、「困ることや気になることがあったら、なんでも言ってよ」「わからないことや迷うことがあったら、遠慮なく聞いてよ」などと声をかけられ、話を聞いてもらえると、ますますモチベーションが上がることになります。
ポイントは、心地よい気分とエネルギーの満ち溢れた状態に持っていくこと。そのためには、どうしたらいいのでしょうか? そのことについて考えるとき、「インナー・ワーク・ライフ」が重要な意味を持つようです。
T・MアマビールとS・J・クラマーは、頭脳労働が中心となる知的労働者のパフォーマンスに影響する重要な要因として、仕事に絡んで個人が心の内面に抱く認識や感情に着目し、それをインナー・ワーク・ライフ(内的職務体験)と呼んでいます。(80ページより)
その考えに基づく実験からわかったのは、最も印象的な「今日の出来事」が仕事に対する認識や感情を生み、それが仕事へのモチベーションに影響しているということだそう。
重要なポイントは、上司の行動が従業員の日々の感情や認識に影響し、モチベーションを左右し、ひいては仕事のパフォーマンスを決定するという事実です。そして研究によれば、上司の行動として最も重要なのは、次の2つの要因だったのだとか。
(1)仕事を進捗させること
(2)人間として尊重すること
(85ページより)
従業員のインナー・ワーク・ライフに最も強く影響する要因は、「仕事が進捗したと感じられるかどうか」だったそうです。だとすればそれを実現できるように仕向け、結果を正当に評価することも、部下のモチベーション・アップにつながるということになります。
コミュニケーションの「場」をつくる
次にご紹介する『最強のモチベーション術』(太田 肇 著、日本実業出版社)は、著者のことばを借りるなら「現実の会社や職場の中で人間が何を考え、どのように行動するか」というところから、モチベーションについて解説した書籍。
モチベーションを向上させるための方法がさまざまな角度から解説されていますが、ケースごとの対処の方法を紹介した第4章では、「職場のコミュニケーション不足」を指摘しています。
コミュニケーションは、モチベーション術(動機づけ)の基本である。コミュニケーションがなければ、いくら努力しても、それを正しく方向づけることはできないし、リーダーシップの発揮も、承認も行なえない。また、日常のコミュニケーションのなかには、内発的動機づけの要素が含まれている。コミュニケーションそのものが、人をやる気にさせるのだ。(180ページより)
ただしインターネットの普及後は、意識してコミュニケーションをとらなくてもそれなりに仕事はできてしまうものでもあります。しかしそれでは、大切なコミュニケーションの機会が失われてしまって当然。したがって、コミュニケーションの「場」を積極的につくっていくことが必要になるわけです。
朝礼やミーティングなどの「定番」のみならず、工夫すれば場はいくらでもつくれるものです。たとえば著者は、メンバーが持ち回りで特技や、仕事のうえで心がけていることなどを発表し、それをもとに全員で話し合うような機会を設けることを勧めています。
承認欲求を満たすことができるだけでなく、情報共有にもつながるからです。また同じように、イベントやレクリエーションも有効。
イベントにしてもレクリエーションにしても、成功の秘訣は強制と煩雑さをなくすこと。「参加しなければならない」というプレッシャーを与えたのでは逆効果ですし、準備に時間や労力をとられるようでは長続きしないからです。
会社によっては、先輩社員が後輩に指導する「メンター制度」を取り入れているところもあるが、人には相性というものがあるし、メンターにも向き不向きがあるので機会的に割り当ててもうまくいくとは限らない。むしろ先輩と後輩が自然に触れ合える機会を増やしたほうがよいだろう。(180ページより)
そう考えると、アイデア次第でできることはたくさんありそうです。要は柔軟にさまざまなことを試してみて、各人の内部に眠る意欲を活性化させればいいということなのでしょう。
「意欲が欠けてしまう4つの理由」から考える
意欲に関していうと、『のびのび働く技術』(リズ・フォスリエン、モリー・ウェスト・ダフィー 著、石垣賀子 訳、早川書房)の著者は、“意欲に欠けてしまう4つのおもな理由”を以下のように定義づけています。
(1)自分の仕事を自分でコントロールできない(裁量がない)。(2)自分のしていることに意義があると思えない。(3)仕事を「学べる機会」と捉えられなくなった。(4)一緒に働く人が好きではない。(70ページより)
逆にいえば、これらをクリアにすれば、部下のモチベーションはおのずと向上するわけです。よって本書ではそのための策をこと細かく解説しているのですが、(1)に関連した「自分の裁量を増やすには」のなかでは、上司の側にもできることが紹介されています。
上司からは仕事の手順の説明よりも最終的に出してほしい結果を明確にしてもらう(70ページより)
チームの一員であっても、仕事を進めるプロセスを自分で構築できるとモチベーションはぐっと上がるもの。そこで上司は、最終目標とする結果に至るまでのやり方をチームに決めてもらうのです。
管理職はオフィスアワーを設ける(71ページより)
オフィスアワーとは、部下が上司に聞きたいことを聞きに行ける場。つまり上司としては、部下の仕事ぶりを常に監視するのではなく、自分で問題解決に取り組んでもらったうえで、部下が困ったとき、必要なときだけ相談に乗ってサポートすればいいわけです。
試しにこの2点を意識してみれば、それだけでも部下の意識は変わるはずです。
著者は、モチベーションは働きかけ次第で上がられるものだと主張しています。主体的に働けている感覚は、焼き方次第で引き出せるものだとも。そればかりか、仕事に意義や目的を見出すことも可能であり、仕事を学びの場としてとらえなおす、職場で親しい同僚を増やすなどの選択肢も。
つまり実際のところ、部下をその気にさせる方法はいくらでもあるのです。そこで、つい忘れてしまいがちなことを再確認するためにも、本書を参考にしてみてはいかがでしょうか?