悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、部下への指導がパワハラと誤解されないかと、悩んでいる方へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「指導がパワハラに受け取られそうで心配です」(40歳男性/営業関連)
指導したら、パワハラだと誤解されてトラブルになってしまうのではないか――。こう感じる方は少なくないようで、以前にも同じようなご相談を取り上げたことがありました。
そもそも、基本的に"人間対人間"です。年齢や性別、育った環境、価値観など、すべてが違う他人同士なのですから、わかり合えなくて当然。ただでさえそうなのに、上司としての立場から指導をしなければならないとなると、自ら火種のなかに飛び込んでいくようなもの。そう考えると、悩むお気持ちもわかる気がします。
とはいえ、あまり神経質になりすぎるのもよくないと思います。上司側に非があるならともかく、そうでないのなら、必要以上に神経質になる必要はないのですから。
気を遣いすぎてしまうと、逆に部下から不信感を抱かれてしまう可能性があります。でも、あえて堂々としていたなら、相手も安心感を抱くのではないでしょうか?
意見の違いなどでぶつかることはあったとしても、堂々としていれば誠実な印象を与えることができるわけです。
また、「パワハラだと思われたらどうしよう」とビクビクしながら指導したら、部下は間違いなくそれを見抜くことでしょう。それでは、結果的に信頼感までを失うことになりかねません。
つまり、(少なくとも、後ろめたいことがないのであれば)堂々と指導すればいいのです。その結果、もし「パワハラだ」と言われたなら、"そうではない理由(なぜ強い口調で伝えているのか、など)"を冷静に、誠実に伝えればいいのです。
そうすれば「パワハラと受け取られる」どころか、やがてはそれが信頼感につながっていくはず。相手も人間なのですから、必要以上に気を使いすぎず、きちんと向き合えばいいのだと思います。
自らを相対化させる機会をつくる
『本気の説教 心に刺さる耳の痛い話』(小笹芳央 著、日経ビジネス人文庫)の著者は、組織人事療育の専門家として、さまざまな業界の人材教育に関わってきた人物。
そのような経験から「成長意欲のある人材」の可能性を認めているのですが、一方、最近は「部下を正しく指導できる上司が少なくなった」「部下を叱れない上司が多い」といった問題が多くの企業で発生していることを危惧してもいます。
「部下のやる気を高めること」と「部下を正しい方向に導くこと」は決して対立するものではないはずですが、多くの会社組織において、個人主義や事なかれ主義が蔓延しているために、部下と正面から向き合って「本気で」「叱る」上司が少なくなったという傾向があるようです。(「はじめに」より)
そうした時代背景を受け、ビジネス雑誌「日経ビジネスアソシエ」で始めた連載をまとめたのが本書。若い社員の育て方に関しては、以下のようなことが書かれています。
社会に出て間もない人はまだ、自分を「壊される」機会が少ない。小さな世界の中心に自分がいて、その周辺に自分を心地よくさせてくれるものだけを配置した環境で育っているので、そのままでは使い物にはなりません。(46ページより)
とはいえ、そんな若者を「社会人」にすることは、それほど難しいことではないともいいます。集団としての「重力」が強く働く場所に放り込み、右往左往させる。そして、失敗させて叱責する。
そうしたことを繰り返していくなかで、徐々に彼らは自らを相対化させることができるようになる。すなわち、強い大人になれるということです。事実、著者自身も若いころ、そのようにして鍛えられたからこそ現在があると実感しているそうです。
早い段階で自らを「自分はしょせん、『その他大勢』なのだ」と相対化することができたおかげで、「会社の一員として」仕事に邁進することができるようになりました。(47ページより)
つまり、ときには厳しかったとしても"指導"は必要なこと。そこで気を遣いすぎるべきではないということです。
設定する仕事の要求レベルを見極める
次に、部下のことを「成長」という観点から捉えてみましょう。『部下育成の教科書』(山田直人、木越智彰、本杉健 著、ダイヤモンド社)の著者は、一般社員層の部下は、順調に成長すれば4つの段階を踏むと主張しています。
(1)スターター(Starter/社会人):ビジネスの基本を身につけ、組織の一員となる段階(71ページより)
(2)プレイヤー(Player/ひとり立ち):任された仕事を一つひとつやりきりながら、力を高める段階
(3)メインプレイヤー(Main Player/一人前):創意工夫を凝らしながら、自らの目標を達成する段階
(4)リーディングプレイヤー(Leading Player/主力):組織業績と周囲のメンバーを牽引する段階
(71~72ページより)
本書では、次の段階へ転換し、新たな段階の役割を果たせるようになる過程を「トランジション(ステージの転換)」と呼んでいますが、今回のご相談のなかにある部下は(1)か(2)ではないでしょうか?
いずれにしても、トランジションの入り口の門をくぐった部下は、新たな段階で期待される役割と現状の自分とのギャップに苦しむことになります。よほど成長意欲の高い部下なら、自らの意思で努力を続けるでしょうが、必ずしもそのような部下ばかりではありません。
では、どうすればいいのでしょうか?
その答えは明快です。実際の仕事体験から学び取ってもらうしかないのです。(中略)その体験は本人にとってチャレンジを伴う困難なものであり、また興味深いことに、その体験とは失敗体験やうまくいかなかった体験も多いのです。失敗したという事実、うまくいかなかったという悔しさや苛立ちが、自分を変えよう、変わらなくてはいけないと思う要因となり、さらには、うまくいかなかった原因を振り返ることで、何をどのように変える必要があるのかのヒントを得ることにもつながるのです。(89~90ページより)
つまり、こうした仕事体験をトランジションの時期にタイミングよく割り当てることも上司の指導のひとつ。簡単なことではありませんが、部下にどんな仕事を割り当てるのか、仕事の要求レベルをどの程度に設定するかを決められるのは上司だけ。だからこそ、その役割は大きいということです。
未来への夢と希望を明示する
最後にご紹介したいのは、『経営者のノート 会社の「あり方」と「やり方」を定める100の指針』(坂本光司 著、あさ出版)。2010年に刊行された『経営者の手帳』の新版であり、タイトルからもわかるように、経営者の観点から会社の「あり方」「やり方」を定めたものです。
つまりは基本的に経営者向けではあるのですが、そもそも会社は「働く人」なくしてはあり得ません。したがって、「各人にどのように働いてもらうか」と考える必要のあるリーダーや上司にとっても、充分に参考になる内容なのです。
たとえば、次のような文章があります。
人間は誰でも、夢と希望が見える仕事や苦労は、どんなにつらく大変でも、耐えて前へ前へと進むことができる。耐えることができないのは、夢と希望が見えない仕事や苦労である。誰だって、苦労のための苦労など1日もしたくはない。だからこそ、業種・業態、そして企業規模を問わず、企業の経営者や幹部社員は、社員に、企業の未来・夢と、社員個人の夢を明示しなければならない。(209ページより)
もちろん、その未来や夢は、経営者だけが満足できるものでも、社員だけが満足できるものでも意味がありません。組織を構成する全員が願うものでなくてはならないということ。
企業としての未来・夢とは、企業の社会的公器としての将来的なビジョン。そして個人の夢・希望とは、社員とその家族一人ひとりの未来。だからこそ、夢や希望を与えることが、なにより重要なのです。
人財不足や離職の増大、さらには社員のモチベーションの低下に嘆く多くの企業の最大の原因は、今日への不満からというより、夢と希望が見えない明日への不安からなのである。(209ページより)
この点を確認していただくだけでも、経営者に向けて書かれた本書が、部下を持つリーダーにも役立つ一冊であることがおわかりになるのではないでしょうか?
いずれにしても、絶対に避けたいのは部下を「お客さま」として扱うこと。それではフラットな指導などできないからです。だからこそ、愛情と、適度な厳しさを持って臨むことが大切なのではないかと思います。