「要点のみに触れた本は選ばない」─光文社の小都一郎氏は、自身が担当するビジネス書籍をこのように選ぶと述べる。同氏が編集した『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』は、日本のビジネスシーンに衝撃を与えた。その内容、そして意義とはどういったものなのだろうか。ビジネスプロデューサー・書評ブロガーの徳本昌大が聞いた。

  • 早川書房に12年勤めたのち、フリーランスに転身。その後、光文社で書籍の編集を行っている小都一郎氏。今回紹介する『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』を編集するにあたっては、自身の会社に対する振り返りもあったという

NETFLIXは絶え間なく自らを作り変えてきた

今回話題に上がった翻訳書籍、パティ・マッコード著『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』は、NETFLIXの行った斬新で、ある意味では残酷な人材管理の手法をテーマとしている。

その大きな特徴は、DVD宅配レンタルからストリーミング動画配信、そしてオリジナル作品の制作へと業態をチェンジしていく中で、必要な能力を持った人材に正当な対価を払うとともに、徹底的なリストラを行ったことだ。

業態を変えていく企業というのは、アメリカでも日本でも実は珍しくはない。そのような企業の中でNETFLIXが目立つのは、新しい会社でありながら、3回、4回とチェンジしていったからだ。そして業態の変化に対応するため、十分な報酬で能力の高い優秀な人材を集め、変化にともなって辞めていく人材にもまたしっかりと報酬を支払っているからに他ならない。

だが、労働組合の人から見たらこのような企業などたまったものではないだろう。福利厚生などの労働者の権利が叫ばれる中、あえてベンチャー的な人材活用を行っているともいえる。「強みを持っている人にその強みを発揮させる」ことに対する注力が、NETFLIXの人材活用の興味深いところだ。その分、強みを発揮できない人はNETFLIXでは生き残れない。

「ある意味では日本人の想像するアメリカ企業だと思います。ですが、実は海外も日本と同じで、創業から頑張ってくれた人には会社にいてほしいという気持ちがあり、そういった人は辞めさせにくいのです。労働者が感じることは日本でもアメリカでも基本的に同じなんだなと編集しながら気づきました」

邦題に「人事」という言葉を入れた理由

「日本の会社は簡単に従業員を解雇できませんし、この書籍で語られている内容は日本の現状を考えると厳しすぎるかもしれません。しかし、このような刺激的な内容の本を手に取ってくれる人がたくさんいるということは、そんな日本の現状をイヤだと思っている人がたくさんいるということではないでしょうか」

小都氏は本書への反響を踏まえ、このように答える。NETFLIXはアメリカの企業だが、アメリカでなくても成り立つ企業だ。「日本ではできない」と言っている間に、日本の企業はどんどんグローバルビジネスから取り残されることになりかねない。自分の会社は、そして自分自身は大丈夫なのか……? このような危機感から、小都氏はビジネス書を選び、翻訳していると述べる。本書もそんな危機感から翻訳された一冊だ。

小都氏はこの本を、まず総務や人事の人に読んでほしいと語る。最先端のビジネス本で、総務、人事といった部署がターゲットになることは少ない。だが、これらの部署は会社の根幹をなす重要な部署であり、人数も多い。そういった方に新しいビジネス戦略を知ってもらい、広めてもらいたいというのが小都氏の考えだ。

邦題として『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』とつけたのも、本書が「自由な働き方」や「福利厚生の充実」のような華やかな話を否定しているからであり、そういった内容を期待する人向けの本ではないことを明確に示したかったからだという。

「根回しや忖度で1日の仕事が終わってしまった経験を持つ方は多いでしょう。こういった手続きを『必ずしも悪いことではない』というのが行儀の良い返答なのでしょうけれども、この本はそれらをハッキリ『ダメだ』と言ってくれているわけです」

  • 同著に込められたメッセージについて語り合う小都氏(右)と徳本氏(左)

なぜ若い人が翻訳書を読むべきなのか?

独自の視点でビジネス向けの翻訳書を編集している小都氏。では、どのような基準をもって翻訳する本を選択しているのだろうか。小都氏は次のように説明する。

「僕は長い間、翻訳するべきビジネス書を探していますが、今は1つの選択基準をもっています。それは、基本的にコンサルタントが書いた本は選ばないということです。例えば、学者さんが書いた本には自分で調べてきた研究という裏付けがあり、経営者さんの書いた本には自分の失敗と成功という体験がありますから、説得力があります。自分事として汗をかいていない人の本にはあまり興味が湧かないんですよ。なぜそうなるのか? という部分は自分で考えなくてはいけないと思っています」

翻訳書の良いところは、結論を考えるに至った経緯や悩み、そういったものがすべて書かれている点にあると述べる。だが、コンサルタントが書いた本は要点のみが伝えられていることが多いというのだ。もちろん時間がない人にとってはそのような内容もアリかもしれないが、読んでいる側からすると納得する材料が足りないように感じるという。小都氏は最後に、若い人が翻訳書を読むべき理由について次のように語った。

「日本は世界の中でもたくさんの本が出版されている国です。ですが日本の外にもたくさんの良書があります。それを良い順で読んでいくとすれば、翻訳書だらけになるのではないかなと思うんです。僕はそれが面白くてこの仕事をやっています。新しいことは海外に転がっていますから、そういった最先端の知見を引っ張ってきたいという気持ちが僕は強いですね。上っ面だけに触れて近道をしてはダメなんです。若い人には一次情報に触れてほしいと思います」

  • 要約された情報だけを載せた本ではなく、なぜそうなるのかについて考えている翻訳書を読んでほしいと小都氏は語る

NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く

DVDの郵送レンタルから、映画のストリーミング配信、オリジナル・コンテンツ製作へとビジネスモデルを変化させ、驚異的な成長を続けるNETFLIX社。同社がわずか20年のうちに驚くべき業態進化と成長を遂げた秘訣は、型破りな人事制度に支えられたカルチャーにある。


パティ・マッコード 著
櫻井祐子 訳
定価:1,600円(税別)
発行年月:2018年8月18日